黄金律の中に音楽を感じるデザインとは
他の人のことは分からないけど、自分の場合。
デザインに魂を入れる。というか、よりよいものに仕上げていくために自分がやっていること。いいと思った方向に念を込めて、何度もディティールをつめていく。いいと思っても何か違うと思ったら、さっくり捨ててしまう。それはまるで音楽や彫刻を創るのにも似てる気がする。そういう作業をしていくと、デザインにほのかに命のような暖かい何かが灯り、それが人を感動させたり、納得させたりすると信じてる。
一方、その同じものを人に説明するときは、非常にロジカルに行う。その根拠、本質、時代性、普遍性などいくつもの方向から説得力を持って語れるようにしている。そして完璧な骨格を持ったものとして提案をしていく。
魂を入れるというとてもフィジカルでアーティスティックな部分と世の中に定着させるというとてもロジカルな部分は、実はこのように表裏一体なのであるが、世間一般、多くの場合、デザインはアートではない、解決方法だ、とか、デザイナーとは医者のようなもので、相手の悩みを聞く能力が求められるとか、まことしやかに言われている。でもそういう言葉を実際に行使できる人(例えば佐藤可士和さんとかそうだと思うが)の多くは、デザインにアート性が必要ということは、人間という肉体として、自らの感覚としておそらく理解できているはずだと思う。逆に言うと、どちらかが欠けているものには、普遍的な美しさと機能は宿らないと思っている。
デザインする対象が様々な場合、この二つの概念の割合はいろいろ変わってくるけれど、どちらか一方ということはまずないのです。
デザインシンキングというのはマーケティングやコンサルティングの領域であってデザインの領域ではないような気がする。どの領域であっても社会に有効なものであれば、デザイナーが特別目の敵にすることもない。でも方程式や黄金律の中に音楽や文学を感じることができるのが、より良いデザイナーだと思ってる。そして自分もそうなりたいなと思ってる。