本の友人

多分、私は他の人に比べれば、それなりに本を読む人間だと思う。

純粋に本を読むことは好きで、
外出時には大抵カバンの中に読みかけの本を忍ばせるし、毎日の出勤中にも電車内で本を読む。
本屋をみかければ大抵足を運び、小説、新書、参考書、雑誌などジャンルも特に限定せずに、毎月数冊は買い足している。

それなのに何故か、どんなに気に入った本があったとしても薄い布を一枚挟んだような距離感を、私は感じている。

その理由を考えたとき、これまでに出会った、本を読む楽しさを教えてくれた人たちのことを思い出した。

本と、とても仲の良い人を私は知っている。


まず思い出したのは、小学生からの幼馴染の近所に住む双子。

彼らは近所の公民館の図書室にある本をほんとんど読破していると自慢していた。
それはあながち嘘でもなく、私に「今日はこれがおすすめ」と無造作に本を取り出し、ちゃんとストーリーの解説と、おすすめポイントを身振り手振りつきの抑揚のあるプレゼンテーションをしてくれた。
今思い出しても説明の仕方はとても端的で、よく特徴をつかんでいたと思う。

その双子は、一番最初の、本と「仲の良い人」。
私は二人から聞く本の話が大好きだった。


高校生になる頃、同じ通学路で学校へ通う同級生はいつも電車の中で文庫本を読んでいた。
彼は、その少し派手な見た目に似合わず地元の本屋でアルバイトをするほどの本好きだった。

彼と少し仲良くなって電車の中で話すようになり「本を読むとき、物語の中のどこに自分を置いて読み進めてる?」と質問された。
嬉しくて、どう答えたらいいのかとドキドキした。


大学生のとき、通っていた学校のわりと近くに小さな古本屋があった。

おじいちゃんが一人で店番をしている、木々に囲まれた古本屋。
小説も絵本も参考書もビジュアル本もまんべんなく揃える店内の、積み重なる本の中から何を選んでも、お金を払う際にはひとことコメントやエピソードを添えてくれた。

本を手に取り話をしてくれる時の表情とその語り口には、シンプルな優しさがあった。


私から見た彼らと本は、まるでとても仲の良い友人のようだった。
みな本にやさしく寄り添うように、やさしい目元で見つめ、対話をしていた。

手荷物が重くなると分かっていながら、それでも懲りずに鞄の中に本を入れ持ちくのは、私の彼らへの憧れ故なのだろう。

本の隣にはいつも彼らがいて、こっちへおいでと手招きをしてくれた。

私が本を手に取り読み続けるのは、そんな彼らとの思い出があるからこそなのだと思う。