つまりこれ、「合っている演奏」と言う意味で、多くのピアニストの奏でるピアノの音(ピアノに限定した話ではないのですが‥)が「立って」しまう理由の一つとして、「私は楽譜通りに間違っていない演奏をして居ます。」と言う過剰PRをしていることに多くの演奏家が気付いていません。
音楽は『聴く』人々のために在るもの
Didier Merah
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「合っている演奏」と言葉は興味深いですね。自分はこの言葉、そこにはすでに「答え」が用意されており、奏者は「楽譜」を「問題編」として、それにふさわしい「回答」をするものとみなしている――と理解しました。すでに「答え」が用意されている”芸術”――なかなか皮肉が効いていて面白いと思いました(^^;)。

楽譜に綴られているはずの”もの”――先人の魂に去来した神からの恩寵たる「音楽」は、ただの「旋律」に過ぎなかったでしょうか。絵画であれ文学であれ、芸術と呼ばれるのものにはおしなべてその形式の向こうに”何か”があり、その謎を解明することが芸術家の本分のひとつであり、それを受け手に淀みなく伝える行為もまた大切な仕事のひとつに違いないと自分は感じています。問題集の答え合わせなんていうのは、もっとも芸術的行為からはほど遠いように自分には思えるのですが……いかがでしょう。

Didier Merahさんの音楽にはその”何か”が確かに秘められてい、自分はそれに惹かれているのだと思いますね。

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