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読み手と書き手という”一対一”の関係に対するMedium流のアプローチを妄想してみる

爛熟期にある現代SNSと懐かしき掲示板の時代を比較しつつ

「記事の投げ専屋」の人たちはとりあえず措くとして、Mediumのレスポンスは「元ストーリーのユーザとそれに対してレスポンスしたユーザ」という”一対一”ではなく、元ストーリーはあくまで端緒に過ぎず、そこから複数のユーザのレスポンスへと広がっていき、”一対一”を離れたネットワークを形成していく――というのが本来のMedium運営者側が期待している方向性なのかなと妄想しています(あくまで妄想。こんなことはMediumの中の人しか知らないことですし)。

facebookとかの一般的なSNSに慣れきった我々にとって、Mediumのストーリーに対するレスポンスは、その元ストーリーに対するコメント――すなわち元ストーリーが”主”でそれに対するレスポンスが”従”というふうにイメージしてしまうのですが、そうした”一対一”の主従関係からユーザを解放しようとしたのがMediumのストーリーとレスポンスのデザインではないか(とあくまで妄想 ^^;)。

SNSが流行するもっと昔昔、ネット上での交流といえば掲示板がありましたが、この懐かしの掲示板をSNS流にアレンジしたものとでもいえばいいでしょうか(ブログとMediumの比較はよく目にするので、今回はあえて掲示板というもっと古いものを引っ張り出してみました)。掲示板のスレッドを立ち上げる人はそのスレッドを統べる主というわけではなく、あくまでそのきっかけに過ぎない。そこに皆が寄り集まって色々と、――会話は一対一であったり、時には複数人とのやりとりだったりして、そこからさらに枝葉が分かれて雑多な会話を繰り広げていったあの懐かしき時代。

自分はMediumのストーリーとレスポンスという仕組みにそうしたものを求めてしまうのですが、ロートルの懐古趣味似すぎないのかなぁ、とこの話題について綴るたびに溜息をついてしまうのでありました(^^;)。

まあ、「記事の投げ専屋」の人はプロフィールをざっと見れば一目瞭然ですし、そういう人は軽くスルーしつつ、元ストーリーの書き手は決して主ではないのだから、勝手気ままにレスポンスをして、誰かがこの自分のストーリーを読んでくれれば、くらいの気持ちでMediumと付き合っていくのも一つの方法かと感じた次第です。