Taiyo Mikuni
15 min readMay 26, 2015

ローレンス・レッシグ — 草の根活動家に転じたエリート法学者の「謀反」(没原稿)

以下はもう半年近く前に某社に納品したのだけれど、いまだに掲載されてはいないようなので、結局没となってしまったか・・・そういう素性の原稿。

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ローレンス・レッシグというとひと昔前ーー『Code』(邦題『コード』)、『The Future of Idea』(同『コモンズ』)、『Free Culture』(同『フリー/カルチャー』)などを出した2000年代前半に、日本でもわりと大きな注目を集めていた法律学者(註1)だが、そのレッシグが中心となって企画立案し、自らも身体を張って参加した「New Hampshire Rebellion」(NHR)という行進=草の根の政治活動についての記事が、MediumのBachchannel(註2)で先ごろ(=12月半ば)に公開されていた。米国政治の現状に対するレッシグの絶望感の深さといったものとともに、それでも希望を見出そうという彼の強い意志のようなものが感じられる話である。

The New Hampshire Rebellion — Larry Lessig’s Long Walk — Medium

Flore Vasseurというフランス人ジャーナリストがまとめたこの同行レポート、仏語のオリジナル記事が世に出たのが今年6月のことで、今回Mediumに転載されたのはその翻訳・アップデート版だそうだ。

www.youtube.com/Bkzw7Fjf4zI?rel=0
[New Hampshire Rebellion: The First 480,000 Steps for Reform]

■凍えつく真冬のニューハンプシャーを行脚する理由

NHRの行進(第1回目)は今年1月に行われていたものだそうだが、よりによって1月のニュー・ハンプシャーの田舎道を半月かけて185マイル(約300キロメートル)も歩き通すというのは、どうみてもタダゴトではない(時には氷点下のみぞれが降るなかを歩いたこともあった、などとある)。法学の分野で優れた業績を積み上げ、このままいけば最高裁判事も狙えそうなエリート学者をそうした極端な行動に駆り立てたものは何なのか・・・この記事はそんな書き出しで始まっている。

“Rebellion”(反乱、謀反)という言葉にどうしても目がいってしまうが、むろん武装蜂起などのことではないーー本文中に「civil disobedience」という言葉があるので、むしろ合法的な抵抗運動といったほうがいいかもしれない。ただ、レッシグらがなんとかしたいと思っているのが、現在の選挙制度の根幹に関わる事柄だから、つまりは既存の二大政党やそれらを支える「システムを動かす側」との軋轢が生じる可能性は十分に考えられ、それだけ余計に厄介な問題に彼らが取り組んでいると推測できる。

この文章にはキーワードとでもいうべきふたつの人名が繰り返し登場してくる。ひとつは「アーロン・スワーツ」(Aaron Swartz)で、もうひとつは「ドリス・ハドック」(Doris Haddock、ただし「グラニーD」(Granny D)という愛称のほうがもっぱら使われている)。

前者のスワーツは、昨年1月に自ら命を絶ったインターネット関連の活動家。Wikipediaの項目には「合衆国のプログラマー、ライター、政治活動団体設立者、インターネット活動家。またRSSが普及するための技術的な基盤を作った人物(略)reddit(ソーシャルニュース)の元共同経営者の1人」「14歳の時に、スワーツはRSS 1.0を立案する審議会のメンバーに」「2002年(15〜16歳)の時に、クリエイティブ・コモンズのXMLアーキテクチャーの開発に参加」などといった説明がある。またこの青年の功績や彼に死(享年26歳)に至った経緯についての詳しい記述とともに、15歳のスワーツとレッシグが並んで立っているところを撮した写真もある。

後者のグラニーDという女性は、88歳の時(1999年1月)に選挙資金改革を訴える徒歩の旅を1人で始め、カリフォルニアからワシントンDCまで18ヶ月かけて歩き通した人物(2004年には94歳で連邦議員に選ばれた)だという。他人からは無理と思われることを実際にやってのけた「反骨の人」「従順でない米国を体現する人物」として知られているようだ。

長い距離を歩いて異議申し立ての意思表示をする、あるいはそうした行動を通じて賛同者を見つけ出すというのは、このグラニーDのやり方をお手本としたもの(もっと遡れば、アフリカ系市民などへの差別撤廃などを掲げてあるいた「公民権運動」の行進などの例も思い出される)。そして、ニューハンプシャーという場所が選ばれたのは、ここが大統領選・連邦議員選挙の度に最初に予備選が実施される場所だから。文中に「2012年の選挙の際にはバラク・オバマが20回も足を運んだ」とあるのはその重要さ、影響力の大きさを示すための傍証だろう。ここでの予備選で注目を集めた争点は、その後に続く各州での予備選でもアジェンダに乗る可能性が高いといった事情も大きいらしいが、同時に有志で構成するちっぽけな組織で戦わなくてはならないレッシグらにとっては、まさに「一点突破」を狙った戦術、という雰囲気も感じられる。

そんなニューハンプシャーという土地で、スワーツの命日にスタートし、グラニーDの誕生日に終了したこのNHR行進。来年1月にはその第2回目が、今度はヨリ大規模に大規模に行われる予定だそうだ。

NHRebellion — 2015 January Walk Routes

■「謀反」の決起につながった同志の死

Vasseurが書いた記事のなかには、レッシグがスワーツのことを「自分の息子同然の存在」であり、かつまた「同志」として見なしていた節もある、といった指摘がある(スワーツは一時期レッシグが籍を置くハーバード大学のエドモンド J. サフラ研究所で組織不正を研究する研究員をしていたことがあった)。

この2人が同志として立ち向かっていたのは、現在の米国政治にみられる構造的腐敗もしくは腐敗の仕組み(”a system of corruption”)ともいうべきものーー「ほんの一握りの人間が金にモノをいわせる形で自分たちに都合のいい議員候補を決め、一般の有権者は単に投票するだけ」「そうして選ばれた議員や、あるいは官僚経験者の間では、後にロビイストに転じてしっかり稼ぐというある種の『ビジネスモデル』ができあがっている」「こうした政治の仕組みができあがってしまい、米国の『建国の理念』=『共和国の理念』が損なわれた」「いまからでは不可能にみえるかもしれないが、そうした腐敗の仕組みを終わらせないといけないし、またなんとかする方法はある」・・・そういう危機感や想いといったものがあったと書かれてある(米国が理念の上に人工的につくられた国である分、あるいは民族国家ではない分だけ、この理念=アイデアというのがより重要なのかもしれない)。またこの危機意識と問題提起は、NHR行進の翌月にTEDで行われたレッシグの講演のなかでも明解に示されている。

[Lawrence Lessig: We the People, and the Republic we must reclaim]
(スライド=視覚メッセージを多用しながらテンポよく自分の考えを伝えていくデモ。TEDサイトの当該ページには日本語キャプションつきの動画とスクリプトもあるので、詳しく知りたい方はそちらを参照戴きたい)。

また今年3月にTEDTalksで行ったNHRに関する講演では、レッシグが自らとスワーツとの出会いーー自分が政治改革の問題に意識を向けるようになった切っ掛けについても語っていたようだ。

[Lawrence Lessig: The unstoppable walk to political reform]

7年ほど前、著作権の問題にもっぱら関心を向けていた当時のレッシグに、スワーツは「われわれの政府の仕組みに根本的な腐敗があるというのに、どうやって著作権やインターネットに関する問題を正そうというんですか?」などとふっかけたらしい。それを聞いてムッとしたレッシグは「畑違い」(”not my field”)だと答えたが、「それは学者(academic)として、ということでしょう?では、市民(citizen)としてはどうなんですか?」とスワーツに食い下がられ、結局「この国の民主主義を動かしているOSの中核部分にある欠陥(flaw)をなんとかしたいと思うようになった」といった経緯があったという。

このスワーツがMITのサーバにあったJSTORという学術論文データベースにアクセスして大量の論文をダウンロードした、その方法と量が問題視されて米警察当局に逮捕されたのが2011年1月(同年7月に起訴)、そして翌月に迫った公判開始を前にして命を絶ったのが2013年1月。この悲報を聞いたレッシグは直後に、スワーツの逮捕ー起訴は「検察のイジメ」などとするブログを記していた。

Vasseurは、レッシグがアーロンという存在について次のように語っていたと記している。

「アーロンは危険な存在だったが、それは彼が世界を変えたいと考えていたからで、インターネットを自由なものにするというのは、世界を変えるための方法だった。クレジットカード情報を盗んだとか、政府のウェブサイトを遮断したとか、機密情報にアクセスしたからといったことが(危険とされた)理由ではなかった」とレッシグは私に語った。彼がすでに何度もそうした考えを口にしてきたことは明らかだが、スワーツの名前を口にするレッシグの声はいまだに震えていた。

そんな同志であり息子同然の存在でもあるスワーツを失った悲憤から、レッシグは居てもたってもいられなくなり、それで思いついたのがNHRであり、この雪中行進だった・・・この記事からはそんな印象が強く伝わってくる。レッシグ個人にとってこの行進はスワーツの供養に、そして草の根の政治改革運動全体は弔い合戦となっているのかもしれない。

この行進中に、参加者が白頭鷲(米国の国鳥)の姿を目にして感激しているなかで、レッシグが「あの立派な猛禽類(白頭鷲のこと)がたくさんの鳥の命を奪うが、いまの米国も世界でそれと同じことをやっている。つまり、われわれが世界の問題ということだ」(“This magnificent raptor kills the majority of birds, just like our country; we are a world problem.”)と口にした、という一節もこの記事中には出てくる。自ら愛国者を任じ、だからこそ政治制度(の土台となる選挙制度)の改革を志し、雪中行進のような極端な行動に出ざるを得なかったはずの人間が口にした実に複雑な心情の吐露、といったところかもしれない。

そのほか、この文章のなかでは、レッシグらが今年あった中間選挙に向けて、「Mayday PAC」という政治資金集めの組織を立ち上げたことーークラウドファンディングの仕組みを使ったこの資金集めを通じて、彼らが阻止をねらう「Super PAC」の廃止に賛同する候補者を支援したこと(毒をもって毒を制す、か)、このMayday PACにあわせて1000万ドル(10 million)を超える献金があつまったことーー一般市民からの小口献金のほか、ピーター・ティール、リード・ホフマン、ショーン・パーカーといったペイパル・マフィア人脈の連中からも15万〜50万ドルといった大口の献金が寄せられたという(註3)ーー、このMayday PACキャンペーンの「ベータ版」にあたる秋の中間選挙では、候補者7人を支持して2勝5敗とかなり厳しい結果に終わったこと、さらにNHRの行進に参加したさまざまな人々ーー若者から引退者まで、あるいはかつてベトナムなどで戦った元軍人や、兵役を拒否し(徴兵に抵抗し)その後はさまざまな手間賃仕事(odd jobs)でしのぎながら社会の周縁で生き延びてきた活動家、現役の消防士やFBIでホワイトカラー犯罪の捜査に携わる数学者等々の話など、いろいろと興味深い話も書かれている。

なお、レッシグは政治の問題に肩入れするようになってから、食事をビーガン(菜食主義の一種)に切り替えたらしい(ジャンクフードはいっさい口にせず、肉やパンもごく少量に留め、代わりにたくさんの野菜とアーモンドを摂るようになった、などとある)。この転向の動機については、レッシグが米国における食料の問題を「ワシントン(政官界)がロビイストにひれ伏した典型的なケース」と捉えているため、という説明がある・・・かなり一途な性格の持ち主なのかもしれない。

この長編記事には少々物足りない部分もあり、たとえば巨大な多国籍企業やその株主といった選挙権を持たない法人格が米国政治に及ぼしている大きな影響力の問題について、レッシグがどういう捉え方をしているかといった点には触れられていない(そこまで話を拡げると、まったく動きがとれなくなる・・・ということかもしれない)。

いずれにせよ、レッシグがTEDの講演(2013年のほう)のなかで「Lesterland」という喩えをつかって提起していたこの問題ーー「選挙に立候補した人間を投票で選ぶのは有権者=一般市民だとして、その候補者を誰が、どういうやり方で決めるのか」というのは、米国に限らず、民主主義・国民主権を採用しているほかの多くの国々の現状にもあてはまりそうな問題にも思える。

註1)ローレンス(=ラリー)・レッシグ

この記事の冒頭のほうで、書き手のVasseurはレッシグについて次のように記している:

ラリー・レッシグは米国の知識人の世界ではUFOのような存在。共和党、民主党の双方から一目置かれ、シリコンバレーやウォール・ストリートにも影響力を持つ。そんなレッシグについて、スティーブン・レヴィはかつてWIRED記事のなかで「サイバー法関連分野ではエルヴィス・プレスリーのような存在(“the Elvis of Cyberlaw”)」と記していた。

註2)MediumのBachchannel
Mediumは、Twitter共同創業者のエバン・ウィリアムズらが立ち上げたパブリッシング・プラットフォーム兼パブリッシャー(”platisher”という呼び方も散見する)。Backchannelは、スティーブン・レヴィ(80年代からRolingstone、Newsweek、WIREDなどでテクノロジー分野の話題を追い続けてきた大ベテラン記者)が今年秋から拠点にしている媒体。

註3)Mayday PAC
政治献金や選挙資金関連の話題をカバーするOpenSecretsのデータベースを調べると、中間選挙終盤の10月下旬にはリード・ホフマンが100万ドルを追加で提供していた、といった情報も見つかる。またエヴァン・ウィリアムズも大口の献金(20万ドル)をしているので、Flore Vasseurのこの記事がMediumに掲載されたのはそうしたつながりからかもしれない。

Mayday PAC — Donors

註4)主な大企業各社(IT/ネット/通信/娯楽産業)のロビー資金(OpenSecret.org)

Google $13,680,000 (2014)
Apple $2,920,000 (2014)
Facebook $7,350,000 (2014)
Microsoft $6,080,000 (2014)

AT&T $10,960,000 (2014)
Verizon $10,220,000 (2014)
Comcast $11,940,000 (2014)
Softbank $3,464,415 (2014)
Disney $2,477,000 (2014)

【参照ビデオ】
Lawrence Lessig: We the People, and the Republic we must reclaim
Lawrence Lessig: The unstoppable walk to political reformThe Internet’s Own Boy: The Story of Aaron Swartz
New Hampshire Rebellion: The First 480,000 Steps for Reform

【参照情報】
ローレンス・レッシグ「皆で共和国本来の国民の力を取り戻そう」
Information about our January 2015 Walk Routes
Aaron’s Walk: The New Hampshire Rebellion
The New Hampshire Voters Marching in the Freezing Cold to Get Money Out of Politics
Campaign Finance and the Nihilist Politics of Resignation
Lawrence Lessig’s Supreme Showdown
The Internet’s Own Boy: The Story of Aaron Swartz
PROSECUTOR AS BULLY
「これは検察によるいじめだ」(ローレンス・レッシグ)
スーパーPAC
LinkedIn Cofounder Reid Hoffman Donates $1 Million to MayDay PAC
Mayday PAC Lost Nearly All Its Races This Year, But Refuses To Concede Defeat
Comcast’s Real Repairman
Google’s Washington Insider
Project Goliath: Inside Hollywood’s secret war against Google