音楽配信サービスを始める「ジェイZの本当の狙い」は何か

ジェイZ(Jay Z)が米国時間30日に、少し前に居抜きで買っていた「Tidal」という有料の音楽ストリーミング・サービスを再始動させると発表した。「jay z tidal」で検索すると日本語の記事もたくさん見つかるので、このニュースをすでに見聞きされた方も少なくないかと思う。

米国のメディアでは、ビジネス系からエンタメ系、IT系まで、たくさんのニュースサイトがこの話題を採り上げていた。配偶者のビヨンセやリアーナ、カニエ・ウエスト、アリシア・キーズ、コールドプレイのクリス・マーティンといったジェイZと近しい間柄の連中に加えて、マドンナ、ニッキ・ミナージュ、ダフトパンク、アッシャーなどまで顔を揃えての発表ということで、この発表が大きな話題になったのも無理はない。

ただ、たとえばBloomberg記事の見出しにあるように「ジェイZらがTidalを使ってSpotifyなどの既存サービスに挑戦」(”Jay Z and Friends Challenge Spotify With Tidal Streaming”)という問題の捉え方は本当に正しいのか、そういうシンプルな「対決の構図」の設定はちょっと違うのではないか・・・といった疑問も浮かぶ。

ジェイZくらい目端の利く商売人なら、すでに約6000万のユーザーをもつSpotifyやあるいはAppleという後ろ盾があるBeats Musicなどに対して、いまさら正面から立ち向かっていっても勝ち目がないことくらいは承知しているのではないか。それを承知の上で、このサービスを始めるのではないか・・・今回はそういう仮説をちょっと検証してみる。

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今回のニュースを採り上げた記事のほとんどで言及されていない点がいくつかあるが、それを並べてみると次のようになる。

(1)ジェイZが今年はじめに、Def Jamレーベル時代につくった自分の作品の音源(マスター録音)ならびに出版権を手に入れていた。

(2)ジェイZが自分のレーベル「Roc Nation」に所属する作詞家・作曲家のつくった楽曲の出版権を、Warner/Chappell Musicに管理させる契約を2013年2月に結んでいた。

(3)ジェイZが、RocNation Sports(プロスポーツ選手などの代理業)を通じて、大リーグ(MLB)をはじめとするスポーツ・ビジネスの仕組みにある程度精通している可能性が高い。

そうして

(4)レコード化(商品化)された音楽の売上全体の77%をトップ1%のアーチストが稼ぎ出している、という状況。

(1)の点は、2013年2月および2010年9月のForbes記事で指摘されているもの。ジェイZは2004年にDef Jam Recordsの社長になったが、社長を引き受ける条件のひとつがこの「10年後の権利譲渡」だったという。なお、これらの記事を書いたZack O’Malley Greenburg は、ジェイZについての書籍(「Empire State of Mind: How Jay-Z Went From Street Corner to Corner Office」)を出版したこともある人物だそうだ。

ジェイZは、その後2007年にDef Jamを辞め、翌年には興行会社のLiveNationに金を出させてRocNationレーベルを始め、その楽曲販売はSony Musicに任せ、そして2013年4月にはSony MusicからUniversal Musicへと鞍替えし・・・といろいろな動きがあってややこしいが、いずれにしてもジェイZがこの権利取得を視野に入れて次の打ち手を考えていたことはほぼ間違いなさそう。なお2010年の記事のほうには「自分の作品のマスター録音と音楽出版権を手に入れたジェイZの懐には、毎年推定500万ドル程度のお金が流れ込む」「その資産価値は最大で5000万ドル」といった具体的な数字も出ている。

(2)については、さほど詳しい説明はないが、Warner/Chappell Music側の窓口とされるJon Plattという人物がジェイZと旧知の仲であることはわかる。なお、Plattは昨年「Billboard Power 100」の一人に選ばれていたそうだ。

このふたつの点から推測できるのは、自分の作品を自分の裁量で配信できる何らかの手段(オンラインのサービス)をジェイZが持ちたいと考えていた、という可能性。そして、ゼロからサービスをつくるという選択肢もあったけれど、それよりも「手頃な値段で手に入る既存のサービスを買い取って転用したほうが早くスタートをきれる」という判断がジェイZや関係者の側であったのではないか。冒頭で「居抜き」という言葉を使ったのはそういう理由からだ。

なお、ビヨンセにしても、たとえばPepsiCoとマーケティング関連の複数年契約を結ぶなどして収入源の多角化を進めている。収入源の多角化が進めばそれだけ契約するレコード会社(ビヨンセの場合はSony Music)への依存度は下げられ、それと反比例する形で交渉力を高めることも可能になる・・・いずれは自分の楽曲に関する権利を自分でコントロールするような状況が来るのかもしれない。

(4)の「1%の人気アーチティストが売上全体の約8割を稼ぎ出す」(”The top 1 percent of bands and solo artists now earn 77 percent of all revenue from recorded music.”)というのは、昨年11月に出ていた「The Shazam Effect」というThe Atlantic特集記事のなかにあるもの。データの出所については”media researchers report”とあるだけで、具体的な名前などは見つからないが、たとえば一昨年暮れに出されたビヨンセのアルバムがこれといった前宣伝もなしにいきなり100万枚(コピー)くらい売れていたことなども考えあわせると、十分にありそうな話にも思える。そして、こちらのほうが重要だが、今回Tidalに参加を表明したアーチスト全員がこの「1%」に含まれていることはほぼ間違いない。つまり、すでに有名なアーチストなら「Spotifyの無料版などをつかってユーザーの目に触れる機会を増やす必要などない」ということだ。

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「Tidalを始めるジェイZには、そもそもSpotifyなどに真っ向勝負を挑むつもりなどないのではないか」と先に書いた。真っ向勝負というのは、簡単にいえばユーザーの奪い合いのことだが、Tidalの場合は「毎月10〜20ドル」という有料サービスのみというハードルがあるので、そう簡単にたくさんのユーザーを集められるとは思えない。

では、ほんとうの狙いは何か。

この問いの答えはおそらく「既存の各サービスに対する影響力の確保あるいは交渉力の強化」だと私は思う。つまり、Spotifyなどとユーザーを取り合うのではなく、そうした他のサービスから受けとる実入りをどれだけ増やせるか、という点のほうがコンテンツの作り手にとってはより重要なのではないか、ということだ。

この点で参考になるのが、(3)の点に関連する米国のスポーツビジネスで、NFL(フットボール)、MLB、NBA(プロバスケットボール)、NHL(アイスホッケー)、それにNCAA(大学スポーツ。中心はフットボールと男子バスケ)の有力カンファレンスあたりは、いずれも何らかの形で自分たちがコントロールできるテレビ局を保有している。MLBの例でいえば現在Fox、TBS(Time Warner系列)、ESPN(Walt Disney系列)の大手テレビ局3社とゲーム中継の配信契約を結んでいるが、それとは別にMLB Networkという自分たちのケーブルテレビ局も運営している(wikiのページには「 Comcast、 Time Warner、DirecTV、Time Warner Cable、Cox Communicationsの各社が少数株主として参加」とある)。また、ヤンキースやドジャーズ、レンジャーズのように、メディアもしくはケーブル会社と共同でスポーツ局(地域スポーツ放送網、RSN)を運営する動きも拡がっている。

スポーツのリーグや各チームがテレビ局を運営する狙いは、たとえば「売れ残りの在庫(対戦カード)を減らす」「新たな商品をつくる」(ゲーム中継以外にトークショーなども放映できる)などいくつか考えられるが、大手放送局などへの影響力確保という副産物もそのなかに含まれているのではないかと思う。

ここでコンテンツという商品の流れを機能別に整理・比較してみる。

[コンテンツ制作/権利保有 — 流通/配信 — インフラ&集金 — 消費者]

・スポーツ中継
チーム&リーグ — テレビ局 — ケーブル事業者/衛星テレビ事業者 — 消費者

・音楽ストリーミング
アーティスト&レーベル — レコード会社 — ストリーミング事業者 — 消費者

個々の役割の違いなどはあろうが、大まかな流れはほぼ一緒であることがわかるかと思う。

昨年秋にあったテイラー・スイフトとSpotifyとの衝突で浮き彫りになったように、アーティスト側からみた現在の音楽ストリーミングサービスの問題は、iTunesのようなダウンロード販売に比べて、自分たちの実入り=レコード会社から先(上流)にわたる分け前が少なすぎる、というもの。ただし、スイフトには自分の知名度=ファンの支持以外にこれといった交渉材料がなかったので、Spotifyから「自分の作品を引き上げる」という対抗手段しかとりようがなかった。それと比べてみると、Tidalという交渉材料を手にしたジェイZらには、「こっちの条件が飲めないなら、別に扱わなくてもいいよ」といえる余裕ができるし、また「譲歩してくれるなら、別の形で優遇してもいい」などといった手も使えそうだ。そうしながら複数の事業者を競り合わさせるような状態に持っていければ、スポーツ中継の場合と同様にコンテンツ制作者/権利保有者にとって有利な状況がつくれる。また思い通りにことが運ばなくても、「(iTunesなどでの)ダウンロード販売からライブコンサート」という旧来通りのマネタイズの方法は当分は残される(有名アーチストの強み。マーケティング=宣伝だけならほかにいくらでも手段がある)。

なお、Tidal発表のニュースを採り上げたThe Hollywood Reporter(THR)の記事には「Tidalの新たな船出を歓迎する」とするUniversal Music会長のコメントも出ているので、あるいは「レコード会社側が有名アーティストを前面に押し出して、ストリーミング事業者に圧力をかけようとしている」との見方もできるかもしれない。

スポーツ中継の場合は、放映権の価格上昇分をほぼそのまま消費者が支払う料金に転嫁するかたちで、わりと最近までうまく全体がまわっていたという(ただし最近では、「さすがにそろそろ限界か」という話もよく目にするになっている)。無料がデフォルトになった音楽ストリーミングサービスで、それと同じような動きが生じるかどうかというのは今後の注目点のひとつになろう。

なお、WSJ記事によると、ストリーミング事業者からレコード会社に渡る金額は昨年米国だけで8億ドルに達していたという。またTHR記事には、音楽配信の有料サービスを使っているユーザー数が世界全体でも推定4000万人しかいないとある。Tidalにとっては、自社サービスのユーザーを増やせるに越したことはないが、労力に対する見返りが大きいのはやはり既存のSpotifyなどからの分け前を増やすことのほうではないか。

それとは別に、ジェイZが具体的にどの程度の目標を想定してTidalの事業を進めようとしているか、というのも気になるところ。前述のTHR記事には、ジェイZが昨年12月にそれまで大手の投資会社(PEファンド)、KKR(Kohlberg Kravis Roberts)で働いていたバニア・シュローゲル(Vania Schlogel)という女性をRockNationの投資責任者(chief investment officer)として雇い入れた、という記述がある。また1日付のBillboard記事にもこの女性のインタビューが掲載されている。シュローゲルの前職での肩書きは「プリンシパル(principal)」だったそうで、ある程度大きな金額を動かすことに馴れた人物である可能性は感じられる。そういう人間の「間尺に合う金額」というのがどれくらいなのか・・・Beatsの30億ドルという売却額も思い浮かぶし、逆に10億ドル以下の金額でSamsungあたりに事業を売却するようだと、なんともがっかりさせられそうな気もしてしまう。

【参照情報】
Jay Z Enters Music-Streaming Wars With Tidal
Jay Z enlists top acts to promote new streaming service
Jay Z and Friends Challenge Spotify With Tidal Streaming
Jay Z Reveals Plans for Tidal, a Streaming Music Service
I’m pretty sure I hate Jay Z’s music streaming service. Here’s why.

New Deal For Jay-Z, Hip-Hop Hegemony For Universal
Jay-Z’s New Publishing Deal Is Just The Beginning
Jay-Z’s $50 Million Music Box
Jon Platt: The 2014 Billboard Power 100

Why Does Spotify Pay So Little? [An Analysis]
Jay Z’s Net Worth: $520 Million in 2014
Tidal Addresses the Backlash: ‘There’s So Much More to Do’

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