敢えて制約を与えたほうがスピードが出せる
マネジメントなんて少なければ少ないほうが良いと思っていたのですが、最近考え方がガラッと変わって、会社の長期目標を達成するための組織設計を意識するようになりました。
思考実験
もし「好きに目標立てていいし何でもやっていいけど成果出してね」みたいなマネジメント(?)をしたとします。
そうすると、メンバーは自分で考えてチームや会社にとって良さそうな何かを持ってきます。
自主性はとても大事なこと。まさに狙い通りです。メンバーがやりたいことを叶えてあげるためにマネージャーが環境を整えてあげます。
最初のうちはこれで良かったのですが、環境を整えるにも時間や労力がかかります。マネージャーがいちいちやってると手に負えないので、メンバーが使えるものは何でも使って(時には社内の誰かに頼んだりして)いい感じにやり始めます。
問題は主に2つです。コミュニケーションとはコストがかかるものであるということと、会社というのは(実は)制約の中でゴールを目指す組織だということです。
コミュニケーションコスト
マネージャーとメンバーの間で「これやっていい?」「いいよ/ダメだよ」で済めばマネージャーが考える時間だけで終わります。
と思ったら間違いで、実際にはマネージャーは関係各所にヒアリングしたりマネージャーのボスに相談したりしてから判断をすることになったりします。状況が動いてからでないと判断できないこともあります。
巻き込む人数が多くなればなるほど時間がかかります。
メンバーが社内の誰かに直接頼んだとしても同じことです。社内のキーパーソンは色んな人の依頼に答えて仕事が進まなくなり、各メンバーは社内の誰が何に詳しいか知らなければ成果が出せない状態になります。
制約を知る
会社には予算もあれば、メンバーも限られていれば、これまで築いてきた事業もあれば、パートナーとの関係値もあります。これらはすべて制約です。
その制約を踏まえて何かしらの中長期的なゴールを目指しているはずです。半年後まで見据えられる会社であれば半年後の、5年後まで見据えられる会社であれば5年後のゴールを描いているはずです。
経営者とマネージャーはその制約とゴールを共有するチームです。マネージャーはさらにその一部をメンバーと共有するチームです。
「(与えられた制約の中でゴールに向かって進む限りにおいては)好きに目標立てていいし何でもやっていいけど成果出してね」というのが、冒頭の例には隠れているのですね。
自主性が失われるのでは?
メンバーは制約がキツくて自由も無くてつまらなさそうに思います。
本当にそうでしょうか?
完全に自由勝手に好きなことができないという意味では窮屈でしょうね。もし仮に自分で起業したとしても制約とゴールはあるはずなので、それと似たようなものです。
結局制約があるのであれば、それをあらかじめ明示したほうがマイクロマネジメントが減ります。自分が何をやって良いかを手探りしながら見つけるほうが自由が無いように思うこともあります。
「この範囲であれば、君がやってもダメだったら自分がやってもダメだと思えるぐらい信頼しているから、任せるよ」
という連鎖で組織設計すれば、ちゃんと自主性も発揮できるのではないかと思います。
何が言いたいか
制約とゴールを分割してメンバーに任せるというマネジメントであれば、マイクロマネジメントにならないのではないかと思いました。
選択肢が減れば考えることも減って(コミュニケーションも減って)、やりたいことがすぐにできるようになってスピードが上がるはずです。
この制約とゴールこそがジョブデスクリプションなのですね。
(こんな理想的にいかないだろ、と思った人は鋭い。まだ上記を実践したわけではないので、やってみたら課題も見えてくると思います)