映画「キャストアウェイ」を観て〜人生で大切な3つのこと〜

*以下ネタバレ注意

photo Alvaro Martinez Flores(unsplash)

「もし無人島に何か一つだけ持っていけるとしたら、何を持っていく?」

こんな問いは、友達との会話の中、受験の自由英作文のお題、心理テストなどでよく見かける。私も冒険好きなものだから、「無人島生活」なんてワードを聞くと胸が踊る。しかし無人島で生活することはそんなお気楽なもんじゃないなということをこの映画を観て思い知らされた。

本作はトム・ハンクス演じるチャック・ノーランド(世界を駆ける宅配業者FedExのシステムエンジニア)が、愛する恋人ケリーとの結婚を控えた矢先に起きた飛行機事故、無人島への漂流(cast away)から脱出、そして、帰還した後に彼を待ち受けるもう一つの漂流を乗り越えていく物語。(ちなみにAmazon プライムビデオに入っているのでぜひ。)

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「私たちは何の為に生きているのか?」「人生で何をしたいのか?」なんてことは誰もが考えることだろう。でもなかなか答えは見つからなくて、モヤモヤしてしまう。就職活動をしている時や、働き始めてからも考える。漫然と過ごす人生よりも、明確な目的やビジョンがあったほうが何事も楽しいから。こうした人生の軸はそう簡単に見つかるものでもないかもしれないが、それを考える際のヒントがこの映画にはある。

さて、最初の質問を少し変えよう。
「無人島へ漂流したあなたの心を支えるのは何か?脱出するのは何のためか?」そんなことを考えながら観ると良いのではないだろうか。

チャックが無人島で1500日を生き延びて帰還することができたのは

・愛するケリーの存在
・サバイバル精神
・ウィルソンの存在

のおかげである。

この3つは人生において普遍的な教訓を教えてくれるものである。

■愛する人がいるから、人は生きてゆける

飛行機に乗る前、チャックはケリーからケリーの写真が入った懐中時計を貰った。この懐中時計は無人島生活でケリーの化身として、チャックの心を支え続けた。夜にチャックがペンライトでチカチカと時計を照らしたり、雷光が彼女の写真を照らしていたが、それは彼にとってケリーが「希望という名の灯台」だったことを意味している。チャックが目指すべき先をケリーはずっと照らし続けていてくれたのである。

(unsplash Matt McLean)

しかし、帰還後のチャックを待ち受けていたのは、厳しい現実だった。4年という歳月は長すぎたのだ。チャックの通っていた歯医者と妻が結婚しており、子供までできていた。無人島で歯の痛みに苦しんでいたチャックは「歯医者をここへ呼べたら何でも差し出す」とこぼしているが、皮肉にもそうなってしまった。

ケリーは心のどこかでチャックが生きていることを信じて止まなかった。そしてチャックと再会することで、過去へと押し流したはずの時間が逆流し、気持ちを抑えることができなくなった。二人は抱きしめ合い、キスを交わし、互いの愛を確認した。二人の思い出が詰まった車に乗って、そのまま駆け落ちすることもできたであろう。しかしチャックは、ケリーやその家族のことを考え、愛するがゆえにケリーと別れることを決めたのである。「自分の責任の取れる範囲で、好きな人のために無茶をする。」愛とはそういうものなのかもしれない。

人が誰かを愛しく思う度合いは、互いが離れているほど強くなる、という一種の逆説がここにはある。しかし、愛しているからこそ離れねばならない、という逆説もまた成り立つとすれば、一体、人はどうやって人を愛すればよいのだろうか。(「雑感雑記」http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~tsuchi/zakkan-My2ndHome2.html

チャックは結果的にケリーを失ってしまったが、彼の中でケリーはずっと心の中でそばにいてくれた。生きる希望になってくれた。そこには紛れも無く「愛」があった。

■人生はサバイバル。諦めない者だけにチャンスはやってくる。

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無人島生活でのチャックの成長には目をみはるものがある。

トライアンドエラーや身の回りにあるもの全てを生かそうとするクリエイティビティによって、絶望的な状況下で生き延びてきた。

そして彼の試行錯誤する姿勢が顕著に見て取れるのが、自殺しようと思った時だ。崖のうえから首をつって死のうと思ったが、彼はその前に人形でテストをした。その結果、木の枝が折れてしまい、望むような自殺をすることもできなくなった。

(unsplash : Will van Wingerden)

そこで、チャックは「なんとしてでも生きよう。何の希望もなくても息をし続けよう。」と思い、生き続ける道を選んだ。そして潮が運んできたパネル(帆)によって、島から脱出することができた。この帆は諦めない者だけにやってくる機会だ。

チャックは1500日間の無人島生活を生き抜き、やっとの思いで帰還するも、愛する人を失ってしまい、精神的にも漂流してしまった。それでも彼は息をし続ける。そうすればまた「希望」を潮が運んできてくれることを知っているから。

■ウィルソン、それは心の中のもう一人の自分

この映画の登場人物はチャックとケリー、そしてウィルソンであるが、このウィルソンこそがこの映画の真の主役であると言えるかもしれない。ウィルソンは、チャックが火起こしをする際、手を切って出血してしまい、八つ当たりして投げたバレーボールについた血の手形をアレンジした、チャック唯一の話相手だ。

resource : cast away

バレーボール相手に話しかけるなんて正気の沙汰ではないと思うかもしれない。芸人のコントに登場するような状況だ笑。しかしこんな状況をも、観ている者に引き込ませたのは、トムハンクスの演技力の賜物である。また一貫して無人島でサバイバルしてきたチャックの精神状態を考えれば、むしろ自然のことのようにも思わされる。彼は話相手を作ることで正気を保っていた。人は一人では生きていけないのだ。心の中のもう一人の自分を具象させたのが、ウィルソンだったのである。

ちょうどイカダを作って脱出を試みていた最中、チャックは限界的な状況の中で精神が狂い、ウィルソンを外へ蹴りだしてしまった。しかしすぐ正気を取り戻したチャックは、夜の海に飛び出し、必死になってウィルソンを探す。返事なんてするはずがないのに「ウィルソン!ウィルソーン!」と連呼する。波打際にウィルソンを見つけると、ダイビングしてウィルソンを抱きしめた。彼にとってウィルソンは無人島生活を一緒に乗り越えてきた友なのだ。

そしていよいよ船出の時。ウィルソンをイカダの先端に結びつけ、二人で荒ぶる海へと漕ぎ出す。しかし、途中の嵐でイカダは崩れ、ウィルソンも海へ放り出されてしまう。チャックが目覚めた時にはウィルソンはすでにイカダから離れた場所に。チャックは海に飛び込み、命綱を握りしめ、友の救出に向かった。しかし押し寄せる波のせいで近づくことができない。

どんどん遠くなっていくウィルソンに向かって「許してくれ!」と叫ぶチャック。漫画ONE PIECEでのメリー号との別れのシーンを彷彿させるようなシーンだった。ずっと一緒に苦楽を共にした友を、助けたくても助けられなかったチャックは、イカダの上で打ちひしがれ、泣き崩れてしまう。この姿から、ウィルソンが単なるバレーボールなのではなく、魂が宿った人だったのだと改めて思い知る。これを可能にしたトムハンクスの演技力には脱帽である。

(unsplash : Avel Chuklanov)

物語のラスト、ドライブする彼の助手席には、新しいバレーボールがあった。無人島の漂流の時にはウィルソンがいつもそばにいてくれた。そして帰還するも愛する人を失ったチャック。今度は人生という大海に漂流してしまうことになった。だが彼はもう大丈夫だろう。なぜならそこにはウィルソンがいるから。

ただそこに居るだけのウィルソン。<私>の分身であると同時に、<私>の友人でもあるウィルソン。それは<私>の中に棲む知られざる<他者>の表象なのかもしれない。<私>における、<私>の構成契機ですらある、しかもそれが意識され、対象化されることの決してない<他者>としての<不在>、そうしたものが<いつもそこに居る>という形で具現化されたもの、それがウィルソンだとするなら、人はたとえどんな困難な状況に投げ捨てられ、難破しても、各自の<ウィルソン>が居てくれるだけでもなんとか辛うじて生きていくことができるのではないか。なぜなら、<ウィルソン>は確かに孤独の象徴であるけれど、同時に他者へと開かれた窓でもあるのだから・・・(「雑感雑記」http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~tsuchi/zakkan-My2ndHome2.html

再び登場した神レビューだが、ここで言っていることが全てだ。
「ウィルソンは自分の分身であり、他者であり、誰しもが持っている人生のパートナーである。」

■まとめ

(unsplash : Tobias Greitzke)

世界は混沌だ。社会の変化は急激で、未来がどうなるかなんて誰にも分からない。それは漂流しているようなものだ。

だけど、、

あなたの大事な人はあなたの進むべき道を照らしてくれる。

どんなに辛くても、あなたが諦めず、前進するなら道は開ける。

自分としっかり向き合い、対話することで生きていける。

とは言っても、私たちは弱い生き物だ。人生で困難にぶちあたり、くじけることもあるだろう。その時にはこの映画を見返したい。チャックとウィルソンはいつも私たちを勇気づけてくれるから。

END