情熱が脈動する鮮麗な世界に生きるための、未来差分と初速の考え方

取材等でときどき聞かれる「なにがきっかけで情熱が芽生えたのですか?」という問いに対してこれまで興味を抱いてきませんでしたが、ベストセラーとなった著者ユヴァル・ノア・ハラリのサピエンス全史の続編の「Homo Deus」を読んだことがきっかけで、一度考えてみようと思いました。

人類のこれまでの史を書いてきたサピエンス全史とは対照的に「Homo Deus」はこれからの人類の未来がテーマです。人類が飢餓や貧困を克服してネガティブな面を克服しつつあるからといって人類の継続的な幸福が達成されるわけではなく、今後の人類の最重要課題の一つとして残るという話が書かれています。

期待値に現実が追いついたときに幸福ではあるものの、それは刹那的であり、継続的に達成されることはないという課題を人類はどのように克服していくのかという話です。(まだ日本語翻訳されていませんが、日本語で概要を知りたい方は落合陽一さんの解説記事がわかりやすいです。)

その中で人類の継続的な幸福の達成のキーのうちの一つに、人生のドライビングフォースとなる情熱があるのではないかと、その性質を考えてみました。

私個人の話でいうと、私は生命科学の領域に情熱を注いでおり、「なぜ生命科学の分野に携わろうと思ったのですか」「なぜ起業しようと思ったのですか」という質問を高頻度で聞かれます。たとえば何かのきっかけで突然情熱が湧いたから、というような話はないのですか、と聞かれたりします。

例えばこどもの頃に、生命科学の分野にいきなり唐突に情熱が目覚めたわけではなく、高校や大学で勉強や研究をしていくうちにこの世界はすごい、自分が関わることで一歩進むかもしれないと思い頭の中で情熱が鳴るようになってきました。

起業も同じで、ジーンクエストを立ち上げる前の1社目はとりあえず登記して自分で手を動かしてゲノム関連のデータ解析の受託業務を個人的に始めました。そしたら、個人の属人的な力だけじゃなくてチームで仕組みを作ってより大きな事業をやりたいという情熱が湧き出てきました。

情熱とは行動することで湧いてくるもので、情熱があるから行動が起こるわけではないのだな、ということを体感しました。そのようなことを考えていたところ、先日東京大学の池谷裕二教授の記事を目にして、体感していたのと似たようなことだなと思いました。何もない状況で、新規の外界からの刺激を含む行動なしに唐突に情熱が生まれることは稀です。

人間は、行動を起こすから「やる気」が出てくる生き物なんです。
「簡単にやる気を出す方法を教えてください!」→脳研究者「やる気なんて存在しない」|新R25

情熱は「未来差分+初速」から生成される

情熱とは行動することで湧いてくるものであり、情熱があるから行動が起こるわけではない、と前述しましたが、それを様々な人のケースに当てはめて分解して考えてみました。

結論から書くと①行動を起こしたときに想定されるいい未来と、現状のままの未来との間に「差分」が見えており、かつ②それに対して行動の「初速」が伴っていること、が情熱の源泉である、ということです。

未来の思い描く状況と現在の状況に差分があり、さらに現状維持するとその思い描く未来には到達できないことがわかっているとき、その差分を解消しようと行動が生まれます。

いい未来を思い描く想像力が高い人に行動力がある人が多いのは、未来における差分が頭の中で明確に描けるからです。もし現在の生活に十分満足しており、未来もそうであるという「現在=未来」の状態なら行動を起こす必要はありません。

また、その差分を頭の中でイメージできたとしても、現在の行動の初速がそれに伴っていなければ情熱は生まれません。逆に、私の起業のように行動を起こすことによって、未来の差分が見つかったり、見えやすくなったりすることもよくあります。

よく揶揄される「意識高い系」の人は、差分を語れても行動の初速が伴っていない人だなと思います。

また例えば、企業や組織の中で働いていて、自分が行動してもしなくても結果が変わらないとわかっている環境のときに情熱が生まれないのは、未来の差分が見えたとしても、その差分の解消に対する初速をつくることができないからです。もし差分を描けているのであれば、それに向かって初速を出せる環境にさっさと身を置いた方がいいです。

「考えるより行動を」という話もよくありますが、私の認識では半分正解で、初速を伴う行動を起こすこと、かつそれが未来における差分解消に向かっていくという「差分+初速」の行動が情熱を生むと考えています。

未来差分を構想する方法

周りの経営者や研究者にヒアリングしていて気付いたことの一つは、いい未来を想像して現状との差分を想像するのがうまい人と、意識的に「差分づくり」をしている人がいるということです。

前者の差分を作るのがうまい人は、たとえば合成生物やバイオロジカルテレポーテーションに取り組んでいるクレイグベンターや、テスラやニューラルレースのイーロンマスクなど、コンセプトメイキングがうまい人です。日本の起業家にもそういうタイプの人がいますが、発想力が高い人は未来差分を頭の中に常に明確に描いています。

また後者でいうと、自分より先端を行っている、あるいは規模の大きい次元の企業や経営者の情報を収集することで、自ら目線を上げることを意識して行っている人もいます。たとえば、人に会って刺激を受けるのも、差分が自分にとってより明確になるからです。熱は炎のように伝染するという話を以前書きましたが、それも同じような原理だと考えています。

私個人にとって意識的に行なっている差分作り方は、最先端の論文を読むことで、世界にはこんなにも天才が全力で新しいことを取り組んでいて成果を上げているのかと思うと、圧倒的な未来の差分が見えてきてわくわくしてきます。逆にどうしようもなく辛い出来事があっても、未来差分を思い出すことで何度も再起してきました。

静的な行動と動的な行動の違い

もう一つの「初速」という要素、本来は大事なのは初速だけではなく、継続的に進んでいくことですが、主観的に捉えると常に現在が0時点なので、現実的には常に初速が大事となってきます。

行動の初速といっても、気をつけなければいけないのは、静的な行動と動的な行動は異なるということです。

たとえば企業の経営者で毎日スケジュールが埋まって走り続けているのに情熱が静まっている人は何なのかというと、行動をしているように見えて実は「静的な行動」になっています。

物理の慣性の法則のように、人は過去の初速さえあれば、慣性で行動ができてしまうものです。たとえば毎日忙しく仕事に取り組んでいる人でも、自分にできるとわかっていることだけをやり続けることはできますが、それは電車に座ってる人と同じようなものです。

端から見たら動いているように見えても、昨日の自分、1か月前の自分、一年前の自分と比べると動いていないという「静的な行動」をしています。その場合は初速が伴っておらず、情熱も生まれません。

法人も同じで、動いてるように見えて静的な動きの場合は明らかなことのみを惰性で取り組んでいるうちは情熱が生まれることはありません。

情熱があるから進化するのではなく、常に進化し続けようとする人は情熱が溢れてくるということです。

年を重ねるほど情熱が湧きにくくなる理由

もちろん年配の方で情熱的に生きている方もたくさんいらっしゃいますが、一般的には年齢を重ねるほど情熱は湧きにくくなってきます。

生物学的に老化とは、修復システムが衰えていくことによって結果的にDNA損傷や老廃物の蓄積などの風化作用に、徐々に負けていくプロセスですが、それと似たようなものだなと思います。

未来を描く力と、それに対する初速のバランスが取れなくなってきます。たとえば何かで世界一になりたいと思っても、小学生なら初速を持って行動できても、50代になるとどれだけの初速をもってしても体力的・時間軸的に不可能になってきます。それと同じように、大きな夢との釣り合いが取れなくなってくるのだと思います。

ツァラトゥストラは「君の最高の希望を聖なるものとして持ち続けよ」と語っていますが、つまりここでいう「未来の差分」を描き続けるということはやはり大事なのだというです。

情熱が脈動する、鮮麗な世界に生きるため

もし最近、個人的に情熱が滾るようなできごとがなかったという人がいれば、情熱がある人のそばにいって差分を分けてもらったり思い出したり、まず初速を出してみたりするといいのではないかと思います。

もとの命題に戻って、人類の継続的な幸福の達成のために私たちができるを考えると、未来的差分を発信して行動することも一つの解だと思いました。

たとえば起業家なら「こんな世界も創ることができる」と、生命科学者なら「ここまで生命の可能性を広げることができる」と、宇宙飛行士なら「人類はここまで未踏の地に行けるのだ」と、政治家なら「こんなにいい社会へと変えることができる」と、未来の差分を世界に映し出し、それを自分がやるのだと初速を出して生きていく、ということです。

情熱が響く世界に生きていたいなと思いつつも、周りには情熱を燃やしている人が多く、大袈裟かもしれませんが皆さんと同じ時代に同じ星に生まれてよかったなと、心から思っているところです。そんな鮮麗な世界に生きることを愛しながら、初速を出して生きていこうと改めて思いました。

まとめ

・情熱は「未来の差分+行動の初速」から生まれる。

・行動には静的なものと動的なものがある。

・未来の差分を見据えて発信し、今日から初速を出して生きるのが大事。