生命から学ぶ、変化し続ける時代を生き抜く心得

高橋祥子
8 min readJul 29, 2018

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私の持論で、生命の仕組みについて学ぶと、個人の生き方や組織の作り方にも役立ち、課題解決力も上がるというのがあります。特に経営者や企業の人事に携わる人は、みんな生命の仕組みについて学ぶといいと考えています。

たとえば企業の運営においてありがちなこういう問いも、生命の仕組みに則って考えるとわかりやすくなります。
・退職率は低ければ低い方が良いのか?
・朝型勤務を推奨すべきか?
・縦割り社会は悪か?
・職場で男女以外の性を認めるべきか?

機会があれば全体をまとめたいと思いますが、今回はその中でも活かせると思う考え方を掻い摘んで書きたいと思います。

なぜ、生命は「死」の仕組みを手放さないのか

生命科学に関わる仕事をしていると、よく「人類は不死を実現できないのですか?」という質問をいただきます。

秦の始皇帝が不死を求めたという話があるくらい、昔から人類は不死を切願してきましたが、そもそも何故わざわざ「命を創って壊す」という一見非合理なことを行っているのか、という問があります。

「不死」を実現できるのかという問いに対する回答をする前に、当前ですが「不死」の枠を定義する必要があります。

もしたとえばSF漫画「銀河鉄道999」に出てくる、魂を機械に移植した「機械人」のように、意識だけをそのまま残してロボットに移植した状況も「不死」に含めるというのであれば、いずれは実現可能だろうという回答になります。

しかし実際は、生命における死の特徴は「連続性」の喪失です。例えば体が思考に及ぼす影響とは極めて大きいため、意識だけを切り出したとしても、体がついていた頃の意識が再現性を持って連続的には機能しません。

たとえば夏目漱石の作品や思考をAIに入れてロボット化したとして、もし体がない状態で、月夜を見て肌で感じる夜風の心地よさや、月の光としんとした静けさや人の息づかいや温度の対比に現れる美しさなど、体で感じる微量なインプット情報がなければ「月が綺麗ですね」という表現は出てこないだろうと思います。

つまりその定義に立つと、いくら「機械人」でも連続性を担保した不死は実現できないということになります。

逆にそこからわかるのは、ヒトや生命にとって「死」の仕組みがもたらす恩恵は「非連続性」の意図的創出ということです。

生命は非連続性の創出により環境の変化に対応してきた

それでは、生命がなぜ意図的に「非連続性」の創出を行っているかという話になります。

以前のブログで、環境が変化することを前提にしてゆらぎの構造を持つことが必要だと書きましたが、生物は変化しつづける外界の環境に対して、連続的な変化だけではなく、非連続的なジャンプをすることを、生き残る術として持っています。

それは何故なら環境の変化の方が、生命の個体の中で連続的に起こりうる範囲の変化を超越しているからです。すべてのモノがエントロピー増大に従うが生命が唯一の逆エントロピーの力を持っていることが要因の一つです。

それでは、生命が何によって非連続性を担保しているかというと「多様性」と「新陳代謝」です。

会社などの組織にとっても多様性が重要であると言われて久しいですが、これも生命としての仕組みを考えると理にかなっています。普段、ゲノム情報を扱っている立場からすると、全く同じゲノムを持つ人は存在せず、本当に多様なものが人類を構成しているんだなと身をもって実感することができます。

実はこの多様性と新陳代謝は似たようなことを言っており、縦軸の非連続性と横軸の非連続性の創出を行っています。

なので、図にすると両者は似たような図になります。

新しいものがと古いものが入れ替わっていくという新陳代謝によって、連続的な性質では抜本的に対応できないほど変化し続ける外界に対応しています。違う個体として遺伝子が受け継がれていく生命の仕組みはまさにそのものです。

そのため、種の存続にとっては個体の入れ替わりが必須です。個体の存続にとっては、細胞の入れ替わりが必須です。日本村社会や終身雇用的価値観の中ではあまり議論されませんが、会社の存続にとっても、適切な組織の中の入れ替わりが必要となります。

細胞が定着すればするほど、ヒトは老化していきます。人が定着し過ぎればしすぎるほど、会社や組織は老化していきます。個人の人生にとっても、例えば過去の成功体験だけが定着して新しい経験に入れ替わっていかないほど、個人は老化していきます。

どのような個体、組織、国、世界、環境、全てにおいても、その世界を構成する要素の新陳代謝と多様性による非連続性の創出が、外界が環境が変化する前提における生き残る戦略です。

例えば、細胞で言うと、個体をより良い状態に保つためにに積極的に引き起こされるプログラミングされた細胞死である「アポトーシス」という現象があります。これはまさに、新陳代謝を促すことで非連続性の創出を行い、個体として生き残る方を優先しています。

また、例えばセントラルドグマを構成するRNA(リボ核酸)も、不安定性を担保することによって、合成と分解を常に繰り返し、変化する環境に対して細胞の恒常性を保っています。

江戸時代に松尾芭蕉が「不易流行」と表現しているのも理にかなっており、変化のない本質的なものの中に、新しい流れを取り入れていくという一見矛盾するように見えることが実は必要であると伝えています。

さて、冒頭に挙げたありがちな問いも、生命の仕組みに則って考えるとわかりやすくなります。

・退職率は低ければ低い方が良いのか?

勤続年数の長さを誇る組織は、体の細胞の入れ替わりのなさを個人の体が誇っているようなもので、これまで話してきた非連続性の創出ができていないということになります。
特にベンチャーだと、成長する過程で幹部人材やメンバーの入れ替わりが起こることはよくありますが、生命の誕生から成長の過程では、そのステージによって必要な細胞が変わっていくことは自然なことで、逆に必要な細胞が入れ替わらないと成長することができません。(すべて入れ替わるというよりは、上記の不易流行のとおり変わらない部分があるという前提です。)

・朝型勤務を推奨すべきか?

最近の遺伝子の研究でも、朝型、夜型に関する遺伝子が明らかにされつつあります。これは実は当然で、集団での生活によって生き残ってきた人類にとって、皆が同じ時間に寝るのはとても危険なので睡眠時間の多様性が遺伝子に刻まれていることは健全です。ですので、一律全員に朝型シフトを推奨するのは遺伝子的にかなり不自然ということになります。

・縦割り社会は悪か?

実は生命はとても縦割り社会です。約10億年前に単細胞だった生命が多細胞化してから、細胞は機能を縦割りして分業化することで全体が機能しています。しかし、現在言われがちな縦割り社会が機能していないこととの違いは、生物においては分業化された自律分散型の細胞同士の中で細胞間ネットワークが極めて精緻に機能しているということです。縦割りの組織構造自体が悪というよりは、細胞間ネットワークの設計の機能不全が悪ということになります。

・職場で男女以外の性を認めるべきか?

お茶の水女子大学が、心が女性であればトランスジェンダーの学生を受け入れるというニュースがあるなど、近年ではよくLGBTについての話題があります。トランスジェンダーは環境要因も寄与するという諸説があり、まだ原因は解明されていませんが、一定程度遺伝子の要因もあると考えられています。
元々は生物に性別はなかったところから性別ができて有性生殖のシステムが生まれたのは、その方が多様な子孫を残せるため外界の変化に適応するうえでは有利だったという説も考えられています。その進化の背景を考えると、性の多様化は未来の生命の進化の予兆のようなものかもしれないと私は考えています。つまり、考えなしに性の多様性を弾圧することは、これまでの生命自体を否定する自己撞着的な考え方ではないかと思います。

多様性と新陳代謝にフォーカスして書いてみましたが、また機会があればまたいつか全体をまとめたいと思います。

私は生命の起源や仕組みを心底尊敬しており、その世界に思いを馳せると、近視眼的で硬直した世界から解放されるような気持ちになります。

ここに書くことで、少しでも皆さまに共有できれば嬉しいと思っています。

まとめ

・生命が持つ「死」の仕組みは、変化し続ける外部環境を前提として「非連続性」の創出を意図的に行っている。

・多様性や新陳代謝は生命存続のための「非連続性」の創出に貢献する仕組みで、それは個人の身体や人生にも、組織や企業の作り方にも通じる。

もっと考え方を知りたい方は・・

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高橋祥子

ジーンクエストというゲノム解析ベンチャーの代表取締役を務める高橋祥子のブログです。京都大学農学部、東京大学大学院農学生命科学専攻応用生命化学科博士号。