ラスベガスとベンチャースピリットについて

2018年に全世界の家電メーカーが集まる見本市CESに参加したついでに同じラスベガスにあるマフィア博物館があったのですが、これが非常に面白かったです。

マフィアが作った街ラスベガス

CESは2018年の1月5日〜9日のあいだ開催され、CESそれ自体も(ここではあまり書けないような企業の方向性などの面で)得るものが多くあったものの、まず面白かったのがラスベガスという街それ自体の印象です。

全ての道と建物が巨大で、ゴージャスで圧倒されたのですが、私なりに一言で要約すれば「子供が図鑑や旅行番組を見てスゴイ!と思ったものをそのまま建てまくった感じ」です。輝くネオンにかたどられたジャングルや火山、サバンナの動物、エジプト、中国、ベネチアといった意匠があちこちにあり、薄っぺらいと思う一方でプリミティブな欲求を刺激されるようなワクワク感もあります。

そして、ラスベガスのそんな町並みは、高度な教育を受け就職するという人生のコースからはみだしたマフィア達が身一つでのしあがり夢を実現して築いた街である、というに歴史に起因しているように思います。

ラスベガスの起源は1820年代にモルモン教徒によって発見されたオアシスですが、今のカジノ付きホテルが並ぶ観光都市への道を歩みはじめたのは1931年に財政難のネバダ州が賭博を合法化してからのことです。
そこに活路を求めて乗り込んできたマフィアのベンジャミン・シーゲルが建てたのがホテルフラミンゴでした。

その後賭博の味をしめた多くのマフィアが街になだれ込みます。
そして、ホテルとカジノとショーホールを一体化し、安い宿泊代と芸能界のコネを用いたショービジネスで客を集めカジノで利益を吸い上げる、という現在まで通じるビジネスモデルを完成させます。
もっとも、マフィアに対しては社会の目が厳しくなり現在ではカジノ経営から完全に放逐されているわけですが、それでもラスベガスという街へのマフィアの貢献については市民達の間では常識となっており、旧市街の外れには彼らを記録するマフィア博物館がひっそりと立っています。

CESが終了した翌日、夜中のフライトまでの時間を潰さなければならなかったわたし達は暇つぶしに昼頃に旧市街に行き、カジノや路上バーを楽しんだ後に観光サイトで偶然見つけたその博物館に行くことにしました。

Give The People What They Want

マフィア、という言葉でわたしのようなベンチャーに勤める人間が最初に思い浮かべるのはPayPal マフィアという言葉です。
Paypalマフィアは時価総額500億ドル超を誇る決済サービスPayPalを起業したピーターテイールを中心とする元従業員たちの人脈で、イーロンマスクやyoutubeを起業したチャド・ハーリー、likedinを創業したリード・ホフマンなど錚々たるメンバーを排出しています。

しかし、彼らが本当の意味で怖ろしいのは、単に仲が良いというだけでなく、スタートアップ界隈の経営者という狭い領域の中で密に情報を共有しあい、さらにはお互いに出資まで行っていることです。

ほとんど社長が右も左も分からないところからスタートする起業において、そのように「なにをすればいいか」のコツと情報共有と出資を気心の知れた仲間ら得られるのには計り知れないアドバンテージがあります。

それこそが「マフィア」と自他共に呼んでいる理由であり、また国境を超えてPaypalに集った人間同士がそうしたように、実際のマフィアも、19世紀初頭にイタリアから移住してきた貧しい移民たちの互助会としてスタートします。

博物館はマフィアの行動原理を以下のように述べます。

Give The People What They Want(人民に望むモノを与えよ)

これには含みがあります。
19世紀になって移住してきたイタリア系の人々は歴史的にはかなり後発組であり、既存の産業のヒエラルキーに入るのが難しかったのです。なので、そこからさらにあぶれた人々が社会に提供する「モノ」というのは必然的に「非合法」の領域に押しやられた売春や麻薬、そして1920年に制定された禁酒法下のお酒などになっていきます。
そして、これだけは覚えて帰ってくれ、というくらいに博物館で強調されていたのですが、禁酒法下での密造酒で富を蓄えたマフィアはあるイノベーションを起こします。
それは、アメリカ国内のイタリアマフィアの組が対等にコミッションを形成して紛争や後継問題を解決し、地域の枠を超えて時に協力する、組織犯罪(organized crime)の形態が確立する事です。

組織犯罪は今でこそ日本のヤクザ組織などで当たり前かもしれませんが、当時の常識からいえば、そもそも「犯罪」などというものをビジネスとして組織的に行うという事自体が画期的だったのです。
それまでの犯罪行為は出身地域でまとまり腕力でのし上がった小グループ同士が地元で小さな経済圏を争っていたわけですが、実力行使ではなく合議によるコミッションで意思決定を行い、地域や民族集団の枠組みを超えて連携することでマフィアはより高度な犯罪を行えるようになります。
たとえば密輸には国外から税関を通り抜けて各州までのマーケットにとどけるまでの間に様々な障壁がありるので各地域の組織が連携する必要がありますし、また暴力の行使に関してもある地域から「鉄砲玉」を調達するための仲介業が発生するようになります。

また、組織犯罪が成熟してくるとマフィア達は出資をあつめ商業施設の創設などの近代的なビジネスにも参画できるようになります。
旧来のしきたりから言えば傍流なユダヤ系のシーゲルがファミリーから「投資」を集めてゴージャスなカジノホテルを建設できたのも彼の盟友であったラッキー・ルチアーノが完成させたこの枠組のおかげであり、ラスベガスのホテル・フラミンゴは組織犯罪というビジネスモデルの集大成ともいえます。

マフィア博物館の展示は、一通りアメリカのマフィア史を振り返ったのちに、ラスベガスという市の歴史を振り返るコーナーで終わります。

私が一通り博物館を見終わって私が思い浮かべたのは、UberとAirBnbのことでした。
UberとAirBnbは(あるいはPaypalマフィアが排出したYoutubeも?)最初は法律的にかなりグレーなところからスタートしています。
Uberは日本でいうところの白タク規制、AirBnbは旅館営業法に抵触します。
しかし、世間の目や「お上」を意識する多くの日本企業とは異なり、彼らは明らかにそれが非合法であることを理解していながらサービスをリリースしてしまうのです。
たとえば、AirBnbの場合は2014年の時点ですらニューヨークのホストの3分の2が集合住宅に関する法律に違反する違法ホストであったと言われています。また、Uberも自治体から運行業者としての許可を貰う前からエリアへの進出を開始し行政から指摘を受けたら反撃するという「怒られてから考える」形式でビジネスを展開していきます。

彼らのそういったやり方は当然、禁酒法が既得権益者だった炭酸飲料業界からも賛成され当時芽吹きかけていたアメリカのワイン産業を壊滅させたように、既得権益であったらタクシー業界やホテル業界、さらに市民団体から猛バッシングを招きます。

とはいえ、法律で業者数が制限されておりどんなに交通渋滞が激化しても政治への圧力によって枠を増やそうとしなかったアメリカのタクシー業界や、不動産という強力な参入障壁のせいで流動性が低いホテル市場への不満は高く、それを背景に空いた車内スペースや部屋を活用して市民への利便性を提供していった彼らへの支持は広がっていきます。

マフィアが禁酒法下で法制定前よりも多くの量の酒を市場に流通させ激増する違法酒場に手がつけられなくなっていったように、2012年には5000人に満たなかったUberのドライバーはその4年後には160000人に到達して全米のタクシー数の50%に至るまで増殖し、また、AirBnbの時価総額はニューヨーク市内にある全てのホテルのそれの合計額を上回るようになります。

そして最終的に、彼らは業界団体やAppleやGoogleなどのプラットフォーマーはおろか政府ですら潰せない存在になります。

現在は州の空港にもUber専用スポットが用意され、また、AirBnbも行政に潰されるどころかオバマ大統領から彼の政権下を代表する若手アントレプレナーとして国際会議に招待されるまでに至っています。

私はマフィアを賞賛したり(*)企業に対して理由があって制定された法律を無視することを称揚しているわけでは決してありませんが、「UPSTARTS -UberとAirbnbはケタ違いの成功をこう手に入れた」の中で登場するトラビスの法則という概念が登場します。

トラビスの法則とは「当社製品が既存品と比べ物にならないほど優れているため、それを手にしたり使ってみたりした消費者は、ある程度でも政府が市民の声に耳を傾けなければならない世界であれば、それを強く求めたり、その存在する権利を守ったりしてくれる」というものなのですが、この問い自体は法的にグレーでない企業であっても考えるに値する問いだと思います。

たとえば、日本のLineWorksさんなどは「企業側からすればあまり好ましくないもののあまりにも社会に普及しすぎていて半ば公然となっていたLineでのビジネス相手との遣り取りをどうするか?」という問いへの応答として登場したサービスであると思います。

日本で「ヤクザ博物館」を作ることは可能か?

このようにマフィア博物館は、マフィアの歴史についてわかりやすい説明や示唆に富んでいて非常に面白かったのですが、もう一つ触れるべきなのは、その異様に攻めた内容の展示です。
たとえば、私などはスティーブ・ジョブズの感動的なスピーチから雑にパクってきたこの組織犯罪の図に思わず笑ってしまったのですが、

Mob’s Greatest Hits というタイトルで抗争で殺されたマフィアの死体写真をばーんと乗せたり…

こちらのJoe and Mary Restaurant Brooklyn(実際に存在したブルックリンにあるマフィアの溜まり場のレストラン)の注文表の下にマフィアが実際に使っていた武器が展示されていたり、

下手をすると違法行為のやり方を子供に教えてしまうようなマフィアのノミ行為の説明があったり、

さらにこちらでは観客達が実際の電気椅子に座ってワイワイはしゃぎながら写真を撮ったりしていたのですが、

私が(というかこの博物館を訪れたことのある日本人であれば恐らく誰でも?)思ったのは「日本でもこういう、面白おかしく、かつヤクザになど死ぬまでべきではないという教訓になるようなヤクザ博物館を作れないのだろうか?」ということでした。

私が帰国後このことを皆に話したら「いや、日本じゃ無理でしょう」と仲間たちから一笑に付されたのですが、それはそうかもしれないなと思うものの、とはいえ「アメリカ人ができるんだったら日本人にだって出来るのでは?」とも思います。

私は大学生のころヤクザ映画ばかりみていた一時期があり、今でも時折、たとえば床屋に行った時に本棚の代紋TAKE2を読んだりするくらいには「キワモノ」として興味を持っています。

また、「いや、日本じゃ無理でしょう?」という応答の裏側におそらくある以下のような見解を思い浮かべることもできますが、それに対する私の応答を記してこの文章を終えることにします。

問1 「ニーズはあるのか?」
応答「あると思う。むしろ、現実には暴対法が施行され犯罪組織を形成するのが非常に厳しくなっているにもかかわらずヤクザをテーマにしたエンタメやゲームは今でも毎年のように登場して人気になっていることは異様なことだと思う。それが不合理なルールに縛られながらメンツだの殺すだの言ってテンション高めに日々を生きている人々をキワモノとして面白がっているのか、それとも仁義だの兄弟の盃だのといった価値観に本当に心酔してでのことなのかはわからないが、そういう興味に対する警察なり国なりからのオフィシャルな回答として、ヤクザの歴史と彼らがやってきたことを事実にもとづいて展示するヤクザ博物館はあっていいはずだ。」

問 2「ヤクザを称揚することになりかねない」
応答「対象を称揚することと対象をリアルに描写することはイコールでは無いだろう。たとえばそれまでのヤクザ映画へのアンチテーゼとして、実録モノとして『仁義』や『親子の盃』に命をかけることが如何に意味が無いかを描いた『仁義なき戦い』シリーズをみてヤクザになりたがる人間などいない。博物館というのはある対象を評価が確定し終わったものとして陳列するためにあるのであって、マフィア博物館がそうしたように、ヤクザ博物館がヤクザを恐竜の化石や武家屋敷のように歴史上の評価が確定し終わったものとして陳列することには意義がある」

問3「今現在生存している関係者との利害はどうするのか?」
応答「単純に、異議を訴える人々の見解も同時に併記すればいいと思う。たとえば1980年にあった韓国のクーデターを描いた2005年のドラマ『第五共和国』は、ドラマの最終話のテロップで現在も生きている関係者からのドラマの描写に対するクレームを列挙しているが(『私はここでデモ隊を鎮圧しろと命じてはいない』『私が◯◯にそうしろと示唆した事実はない』…etc)、それでいいのではないか。」