「知ったかぶり」という病

どうしたことか。

「知ったかぶりシンドローム」が、治らない。

もうすぐ30のオトナだ。「知ったかぶり」なんて子どもだまし、何の得にもならないことは分かってる。

むしろ、尊敬すべき大人物は、どんな立場でどんな経験をお持ちでも、「知ったかぶり」とは無縁の世界を生きていることも知っている。自分の専門分野ですら、高を括らず、いつもゼロベースでモノゴトを考えられる方が、いつも新しいアイデアで世の中を変えてきている様を、リアルなビジネスの現場でいくつも見てきた。

だからこそ、さっさと「知ったかぶり」なんて辞めたいわけだが、どうしたことか、やめられない。

謙虚に謙虚に…と脳内念仏を唱えていても、その矢先、ついつい見栄をはっちゃう自分がいる。単に「知っているふりをして話を合わせる」といった事象がまさに「知ったかぶり」の症状であるわけだが、最近では、それ以上に、もっと深いところで重症化しているように感じる。

根本的に、発想そのものが「知ったかぶり」になっているというか。。。

未知の課題に対して、本当はあの手この手で考え悩みぬいて、立ち向かっていかなければいけないのに、何か他人の知識を援用して、ほんの上澄みの、極々浅い部分の脳みそだけ使って、答えちゃっている感じといえばいいのだろうか。それはそれである程度はうまくいくわけだが、あくまで“ある程度”止まりであって、むしろファッキンな状況というか。。。

これは年を重ねることで自然完治は望めそうにない。

いや、このまま放置していたら、重症化しそうだぞ。

死ぬまで「知ったかぶり」するなんて、死ぬほどイヤ。生き恥。

はてさて、いつからこんな残念な悪習が染みついてしまったのだろうか。

思い返せば、きっかけは、シューカツ(就職活動)というやつだったかもしれない。大学3年生のころ。

もちろん、何でも知ってることがシューカツのコツであるわけではなく、むしろ逆で、謙虚さをパフォーマンスできる人なんかは、面接にも強かったように記憶している。

ただ、そんな謙虚さを示しつつも、どこかしらで、己の知識量だったり、入社への熱意だったり、日ごろのアンテナの感度の高さだったりを示したいがために、うまく「知ったかぶり」を織り交ぜていたように思う。

世のシューカツ生がすべてそうだったかは存じ上げないが、少なくとも、私や私の周りにいたリクルートスーツ集団の多くは、そのような対応を空気のように行っていたような。

ときに、耳元をかすった程度の浅い知識しかないコトバに対しても、「あ、はいはい。その話ですね」といった具合に乗っかた。

特に凄まじい特殊能力も、親戚知人を辿れるコネクションもなかった田舎者は、あの手この手で「必死なシューカツ生」として、奮闘していた。

で、新入社員になった。

最初の一年は、社内外のオトナたちについていくのが必至で、先輩に隠れて、必死で予習復習した。ブックカバーをつけるのは漫画ではなくビジネス書だった。ビジネス書読んでるなんて、ガムシャラに努力しているようでカッコ悪い、読まれているところを先輩やお客さんに目撃されたくない!なんて思ってたからだ。

タイトルからして薄っぺらいことしか教えてくれなそうなビジネス書も、入社数か月のビジネスマンにとっては目鱗な話が多く含まれているように感じてしまって、読み漁っていた。

ある会議で新出単語が出てくれば、その日中にはキャッチアップして、会議に臨んだ。発言だってした。

なんていうか、“そこそこ”頑張った新入社員だったと思う。

で、時は流れて、入社7年目の中堅手前・28歳会社員になった(業界や会社でマチマチだろうが、ピッカピカの新人君、というカテゴライズは似合わないのは確かだろう)。

今思えば、この「必死のシューカツ生」時代とか、「“そこそこ”頑張った新入社員」時代とかが、「知ったかぶりシンドローム」の大いなる元凶なのかもしれない。

「知ったかぶり」は、「必死のシューカツ生」「“そこそこ”頑張った新入社員」にとって、処世術だったからだ。

「知ったかぶり」が、病としての顔は見せずに、妙薬として、功を奏してしまっていたからだ。

日々、経験がないことばかり起こる新入社員時代、すがったのは知識だった。

知らず知らずのうちに、かじった程度の知識をもとでに、あれこれ議論をするのが上手くなっていった。

あら簡単、立派な「知ったかぶりシンドローム」の、完成である。

若かりし頃、お世話になったにもかかわらず、病扱いなんて、なんと恩知らずだろうか。

申し訳ございません「知ったかぶり」様、しかしいやはや、もうお付き合いはご勘弁願いたい限りに候う。

はてさて、時代の流れなぞと添わせて言い訳を考えだすと、きりがない。

❶ただでさえ人口少ない世代(同世代より上の世代のほうが圧倒的に多い)ゆえの自己防衛本能なのか(マイノリティは、いつの時代も武器が必要で、そこに「知ったかぶり」がすっぽりFITしたのかもしれない)。

❷技術もトレンドも目まぐるしく進歩して、情報の渦にのまれてがちな時代なわけだが、”ワカモノ”であったが故に、最新ニュースに知らんぷりできなかったからなのか。

❸教育の考え方も大きくシフトしてて、「年功序列なんて生きた化石。年齢に関係なくグイグイ上を目指すべし」という風潮が、極々一部の企業だけじゃなくて、都心部に本社を構える企業には(少なくとも建前だけは)浸透していった中で、ワカモノだからと甘えたこと言ってらんねぇよと肩ひじ張っていたからなのか。

こんな感じで、いくらでもご託(言い訳)は並べられる。

これらをまとめて、無理やり「ミレニアル世代は、❶❷❸のような傾向もあって、『知ったかぶりシンドローム』にかかりやすいので、お気を付けください」なんて勧告を出せなくもなさそうだが、そんなコトにさして意味はない。

かかりやすかろうがかかりにくかろうが、かかったものは治さなければならない。

むしろ私に今必要なのは、「ミレニアル世代は『知ったかぶり』しやすいらしいよ」なんていう傾向値の話ではなく、この病から抜け出す方法論のはずだ。

そんな僕のことを見透かしてか、いま勤めている事務所のボスが、僕に一冊の本をオススメしてくれた。

いやー、すんばらしい。素晴らしい処方箋です、間違いなく。ただし、用法容量は、なかなかクセがありそう。

どう読み解いて、自分の血肉にしてやろうか。