雑念Vol.9/Thought Vol.9

もうそろそろシンガポールに来て5年が経ちます。過ぎ去った事は性格上、凄い勢いで忘れていくのだけど、ちょうどOWNDAYSの再生ストーリーも海外編に突入したので当時の事を少しだけ振り返ってみようかと思います。

2013年くらいの話

当時、家業である建設業の2代目として毎日忙しくも楽しく働いていた。2008年頃、25歳で東京から家業のある兵庫県に戻り、家業に入ったタイミングは建設不況真っ只中で業績も厳しいものだった。その後色んな巡り合わせもあって業績も上向き、2013年当時には会社全体に明るい雰囲気が戻ってきていた。まだまだ重厚長大な建設業界では経験不足ではあったものの、そろそろ代替わりという事で、代表取締役の登記も終えた様なタイミングだったと記憶している。

昔から落ち着きの無い性格で、家業の建設業に従事しながらも、気持ちの赴くままに色んな事業に手を出しては大変な目に合うという事を繰り返していた。例えば、世の中の流れを先取りし過ぎて建設業向けSNSのサービス運営に乗り出してみたり、脇が甘く不動産の取引で騙されてみたり。。その中の一つとしてOWNDAYSの経営はフランチャイズとして2011年頃から始め、紆余曲折がありながらも関西地方でジリジリと店舗数を伸ばしていた。

忙しい時は営業や資金繰り、銀行対応を昼間に行い、夜は夜勤で建設現場に出て働き(技術者の国家資格も持っています)、週末はOWNDAYSの店舗に立ち眼鏡を販売する。そんなよく分からない生活だったけども、当時の自分はとにかく何者かになりたくて、日々消費される20代の貴重な時間に焦り、闇雲にもがいていた様な気がする。今考えると非効率極まりないいけど、当時はどうして良いかも分かっていなかった。ただ広い世界で自分を試し、成り上がるという青臭い熱だけは持っていた様に思う。

そんな折、再生ストーリーにもある通り、オンデーズの社長である田中修治から、飲みに行く誘いの様な軽いトーンでシンガポールで一緒にOWNDAYSをやらないかという誘いを受ける。その時は本当にお互い軽いノリだったのだけれど、そのシンガポールという響きは当時自分が感じていたモヤモヤの中に刺した一筋の光だった。

30年後も同じ場所で、同じ仕事をしてる未来を想像出来てしまう事が怖かった。地道に黙々と同じ場所で質の高い仕事を繰り返す父親の事は尊敬しているけれども、自分にはまた違った人生があるという心に芽生えた衝動は隠すことは出来なかった。計画が具体化していく中でその思いは徐々に抑えがたいものになっていった。…


雑念Vol.8/Thought Vol.8

野生のサイと虎に会えると聞いて、ネパールの首都カトマンズから車で5時間掛けて3度谷を越え、Chitwanという地域まで行ってきました。

OWNDAYSではEye Campという活動を行っています。経済的な理由や災害等で視力矯正器具を手にする事が出来ない人達へ眼鏡を提供する。日々の事業の中で得た収益の一部をこの活動に充てていて、今までインド、ネパール、フィリピン等の途上国や熊本、東北等の被災地で活動を行ってきました。数えた事は無いけど、述べ5000人以上には視力を届けてきたんじゃないかと思います。

社会貢献や慈善活動だとかで、会社の好感度が上がるのをシメシメと思いながら、色んな人からお褒めの言葉を頂くのだけど、僕らは真面目に打算的な計算を持って活動を続けています。僕らは商売人なので稼いだ収益をそっくりそのまま寄付する事は出来ません。それはちょっとスタンスが違う。

何百個も眼鏡を用意して、山を越え谷を越え、世界各地から選抜されたOWNDAYSのスタッフを引き連れてネパールの奥地まで実際に足を運ぶ。いやらしい話、結構な労力と費用が掛かります、実は眼鏡を100本支援しようとすると、大体1000本位の眼鏡を販売して収益を得る必要がある。

それだけの費用と労力を掛けてでも、継続的にEye Campという活動を続けている理由は多分こんな感じだと思う。

1、スタッフにユニークな体験や経験を提供できる。

インドやネパールの奥地に行き、貧困を目の当たりにしながら現地の人と触れ合い、自らの価値観や文化の違いを比較し、思考を激しく揺さぶられる様な経験は中々出来るものじゃない。その経験を通じて、スタッフに何か気付きが芽生えて、それをお客さんや同僚に少しでも伝えてくれれば、僕らOWNDAYSは何か一味違った眼鏡屋になれると思う。「生活において視えるという事が如何に貴重であるか。」という命題が分かっているスタッフがいる眼鏡屋の方が断然お客さんに響くと思う。

2、マーケティングの素材としては非常に秀逸。

店頭のスクリーンやSNSでも活動の内容を流し、お客さんに活動の内容を伝え、頂いた収益の一部が活動に使われる事をアピールする。僕もそうなんだけど「明日食う米を削って見知らぬ誰かの為に施しをする事は難しいけれど、自分の負担にならない範囲でどこかの誰かの為になる事はやってみたい。」というソフトな社会貢献意欲を持っている人は結構いるんじゃないかと思う。そういう人達の心の柔らかい部分を刺激して、OWNDAYSで眼鏡を購入してもらう事を企んでいる。…


雑念Vol.7/Thought Vol.7

35歳くらいを迎えると、人は精神のバランスを崩しやすくなるらしい。嘘の様なホントの話。

社会に出て約10年を過ぎる頃、突然自分のアイデンティティが揺らぐ。社会に出てきて何も出来なかった赤ん坊の様な時期を過ぎ、それなりに出来る事が増えてきて、自分の人生にリズムの様なモノが生まれてくるタイミング。自分は何がしたいのか。自分は何が出来るのか。天啓の様に命題を突きつけられ、自らのアイデンティティが揺さぶられる。

社会に出て様々な人に出会い、知識や経験を得る総量が増え、そして情報と比較の海に溺れていく。その混濁とした海の中で海流を掴み、先に進んで行く。でもその行く先に対して漠然とした不安が生まれてくる。

「あれ?コレこっちでいいんだっけ?」

と、そんな感じの感覚が精神のバランスを損ねる一因なんじゃないだろうかと思う。僕も今33歳だから何となくそのバランス崩壊がなんたるかが少し見えてきた。

個人的にはそれを第三次性徴期と呼びたい。

もう子供じゃない。夜の校舎窓ガラス壊して周ったあの頃の様に、手当たり次第に自分や他人を傷つける青臭い感覚とはまた少し違う。

漠然とした不安を抱えながらも、そのバランス崩壊は一面においてポジティブなモノなんじゃないかとも思う。何かが見つかりそうで見つからない、ツルンと一気に飛び出しそうで喉元に引っかかる。そんなもどかしさから生まれる複雑な感情。それは産みの苦しみに似ている。産んだことはないけど。

思い返せば20代の頃はそんな事は微塵も考えなかった。ただ生き残る為に、自らが豊かになる為に四方八方に自分のアテンションを拡散させて生きてきた様に思う。

色んな脈絡のない事にも手を出しながら10年を過ごすと、自分のアイデンティティなんてモノは内なる自分に何万時間問い掛けようが答えは見つからないのだと最近思う様になってきた。それは結局のところ他者との関わりの中で輪郭が見えてくるモノなんじゃないかと。巷に溢れる自己啓発本や怪しげなセミナーなんかでは決して見つからない。

成し遂げたい仕事を自らのアイデンティティの中心に置くのであれば共に働く仲間やお客さんとの関わりが必要だし、愛する家族を自らのアイデンティティの中心に置くならば勿論家族そのものの存在が必要になってくる。

色々な人達や経験に触れ、ストンと腹に落ちる微かな感覚を丁寧に拾い集めて、自分だけのオリジナルなアイデンティティを形成していく。社会に出てからの10年というのはそのピースの収集期間なんだと思う。…

About

Také Umiyama

Managing Director of OWNDAYS/Gourmet Digger/Traveler

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