【本】アルジャーノンに花束を(ダニエル・キイス)

僕が大学生の頃に受けた講義で、ダニエルキイスについての話があり、教師として彼が関心を持っていた「知性のあり方、教養のあり方」に強い興味を持ったのを思い出して久々に読んだ。読んでみて、この本が持つテーマの深さに感動した。

この本のテーマは、「知能はひとと共感を邪魔するのか」というもの。著者は序文でこういうことを書いている。

私は次の二つのアイディアをしまっておいた。教養は人と人とのあいだに楔を打ちこむ(障壁を築く)可能性がある。そして物語作家の疑問。〝いったいどうなるのだろう、もし……?

このテーマを取り上げることによって、あるべき教育のあり方を示したかったんだと思う。以下のようにも書いている。

おそらく彼はこう示唆したいのだろう。つまり、知識の探求にくわえて、われわれは家庭でも学校でも、共感する心というものを教えるべきだと。われわれの子供たちに、他人の目で見、感じる心を育むように教え、他人を思いやるように導いてやるべきだと。自分たちの家族や友人ばかりではなく――それだったらしごく容易だ――異なる国々の、さまざまな種族の、宗教の、異なる知能レベルの、あらゆる老若男女の立場に自分をおいて見ること。こうしたことを自分たちの子供たち、そして自分自身に教えることが、虐待行為、罪悪感、恥じる心、憎しみ、暴力を減らし、すべてのひとびとにとって、もっと住みよい世界を築く一助となるのだと思う.

こう考えて読んでみると、本編の中の台詞にも感じるものがある。

主人公の先生として接してきた女性が、主人公の急激な知的成長に際してのセリフ。

「チャーリイ、あたしを困らせないで。あたしにはわからない。もうあなたはあたしの知能程度を越えてしまったのよ。数カ月したら、いいえ何週間かしたら、あなたは別人になってしまう。もしあなたが知能的に成熟したら、あたしたち、おたがいに意思の疎通ができなくなるわ。情緒的に成熟したら、あたしを必要とさえしなくなるわ。あたしだって自分のことを考えなければならないのよ、チャーリイ。しばらく様子を見ましょう。辛抱強くね。

また、ずば抜けた知性を得た主人公が、周囲がどのように自分を扱ってきたのかを悟った時のセリフ。

私を嘲笑することができるかぎり、私をさかなにして優越感にひたっていられる、しかし今では白痴に劣等感を感じさせられている。私のめざましい知的成長が彼らを萎縮させ、彼らの無能さをきわだたせているのだということが私にもわかりはじめた。私は彼らを裏切ったのであり、彼らはそのために私を憎んでいるのである.

また、主人公が、彼に知性を与える手術をした医者の知能を超えたタイミングで書き残したメモの内容。

ストラウスはまたまた、だれにでも理解できるようにもっと易しく、わかりやすく話したり書く必要性を指摘した。彼は言語がときとして心を通わせる道ではなく障壁であることを気づかせてくれる。知能というフェンスのあちら側にいる自分を発見するとは皮肉である。

詰まるところ、共感できる力以上に必要なモノは無いと思わさせる内容だった。本当に素晴らしい小説だ思う。

Show your support

Clapping shows how much you appreciated Yasushi Ihata’s story.