地方にこそ文化が必要な理由。

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家族で福岡に越してきて、もう5年目になる。越してきた理由は、僕がこちらの仕事にしっかりコミットしたいということだったり、妻がフロントラインの仕事に復帰したいということだったり(第一子ができてからは、東京で長らく本社業務に就いていた)、子育て環境を充実させたいということだったり。それら一切合切を叶えてくれるのが福岡で、その期待は概ね外れていなかったので、もうしばらくはご厄介になると思う。

さて、そんな中、2年ほど前から県南の筑後や佐賀に重心を置いた活動を、自分としてはそれなりの時間と労力を割いて立ち上げ、進めてきた。そして、こういった地域の文化を生み育て、あるいは編集することを通じてその土地の魅力を高めていく事業の担い手を「コミュニティ起業家」と呼び、スピーディーなキャピタルゲインを前提にした投資家中心の起業シーンとは一線を画す存在として、人材発掘やインキュベーションのあり方を探っている。その一環として(なのかな?笑)、昨年の4月には、プロフェッショナルMTBライダーとして活躍した山田大五朗さん、そして八女の文化商社・うなぎの寝床で代表を務める白水高広さんとともに、新しい自転車文化を伝えるブランド・Bike is Lifeを創業し、今年3月のプロダクトリリースに向けて、準備を進めている。

なぜ、文化の担い手たる事業者「コミュニティ起業家」にたどり着いたのか。それはずいぶん昔の体験に遡ることを、昨日、白水さんと話していて思い出した。

2012年の春、東日本大震災からちょうど1年が過ぎた頃、僕が当時ディレクターを務めていた東京大学i.school(現・i.school)の通年生(熾烈なセレクションを通過して1年間のプログラムに参加する、東大在学中のイノベーション・エリートたち)の発案で、被災地・気仙沼とイタリアの魅力ある地域を結びつけ、人的・文化的な交流を生み出すことから新たな地域発展のモデルを形成しようというプロジェクト・Maruが立ち上がり、ミラノ在住のデザイン研究家・安西洋之さん、ミラノ工科大のAleesandro Biamonti講師(当時)の導きで、ミラノデザインウィーク(通称・ミラノサローネ)に参加することになった。

ミラノ工科大学デザイン学部で実施したワークショップの模様 (© Maru Association)

ミラノに加えて、Biamonti氏が気仙沼の連携先候補として推薦してくれたバジリカータ州トラムートラという地方都市を中心に、約1週間の滞在だったと記憶しているが、その序盤にi.school生たちが中心になって企画した、復興のデザインに関するワークショップをミラノ工科大学デザイン学部で開催した。ワークショップそのものは、正直、さほど実りがあるものではなかったが、とりわけ印象深かったのが、イタリアのデザイン学生たちとのランチでの会話だった。

ピエモンテ、ピサ、サルデーニャなどイタリア各地から集まってきた彼らに卒業後の希望を聞くと、一様に故郷に帰りたいと言う。商業主義に染まったミラノの生活に比べて、故郷の暮らしは美しく、文化的で、人生を謳歌できるというのだ。翻って、日本の状況はどうだろう。ショッピングモールやロードサイドショップ、コンビニエンスストア、そしてネットショッピング。いまや、日本のどこに暮らしていても、安心で快適なものやサービスを誰もが簡単に手に入れられるようになった。しかし、その裏側で、規格に合わない地域固有の文化はひっそりと僕らの周りからなくなっていった。地域ならではの暮らしを形作る道具立ては、もはや過去の遺物になりつつある。日本の地方は、雇用がないことを問題にしがちだが、文化が失われていることこそが大問題なのだ。

劇作家で教育者としても広く活躍する平田オリザが2016年にリリースした『下り坂をそろそろと下る』(講談社現代新書)に、こんな一節がある。

「地方には雇用がないから帰らない」という学生には、ほとんど会ったことがない。彼らは口を揃えて「地方はつまらない。だから帰らない」と言う。

そして、こんな一節も。

政治家は(中略)、工場団地を建て、公営住宅を整備すれば、若者たちは戻ってきてくれるという幻想を追っている。

さらに、平田は、政治家や行政がこの幻想を否定することはできないという。なぜなら、

これを言った瞬間に、「いまの自分の支持者たちはつまらない人たちだ」と公言してしまうことになるから。

つまり、地方創生の切り口は「文化資本の強化」以外にないのだが、この「建前」と「本音」のギャップに阻まれ、地元の政治家や自治体はこれを乗り越えることが困難な状況にあるのだ。だからこそ、民間が文化資本を産み育てる担い手になることが求められ、それが成立している地域がUターンやIターンを惹きつけている現実がある。

コミュニティ起業家の話に戻る。地域文化を生み育て、あるいは編集することを通じて地域の魅力を高めていく事業の担い手のことだ。事業を通じて文化資本を強化していくこういった存在は、今はマイノリティであっても確実に存在する。こういったプレイヤーを「天然育ち」に任せるのではなく、育成するための社会的機能の整備が大事だと、僕は思っている。そのための構想や先行して進んでいる国内外の事例を、稿を改めて紹介したい。

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Hiroshi Tamura // Re:public Inc.

Co-founder of a think and do tank based in Tokyo and Fukuoka that investigates in sustainable innovation ecosystems since 2013.