エンジニアリングマネージャーが成人発達理論の視点で育成を考えてみた
このポストはEngineering Manager Advent Calendar 2018 16日目の記事です。
はじめに
こんにちは。
エンジニアリングマネージャー(EM)をしている@tany3_です。
先日の Engineering Manager Meetup #3 とても楽しかったです。私は勉強会のあとにある懇親会が苦手だったのですが、テーマがある懇親会は居心地がよく、次回も参加したいと思える数少ない勉強会でした。心理的安全性保護士というパワーワードが発明されたのもいい思い出ですw
今回は育成にまつわる考えを少し整理してみました。
エンジニアリング組織における人の育成は、技術スキルだけに留まることはありません。成長に痛みがあるときは、仕事に対する考え方や認知フレームを調整しエンパワーメントすることや、自発的・自律的に育つようメンタリングなどを行っていきます。
どんなに高い能力を持っていたとしても、それを発揮することがなければ成果には結びつきません。私はエンジニアリングマネージャーとして、ひとりひとりが持っている能力を引き出して発揮していくことのお手伝いをしています。
今回は「成人発達理論」の視点から育成に対する向き合い方についての整理を試みます。
目次
- 成人発達理論について
- 成長を支援する方向性
- どのように垂直方向の成長に向き合うのか
- エンジニアリングマネージャー自身は何をすればいいのか
1. 成人発達理論について
成人発達理論で有名なのはマズローの理論ですが、この分野には様々な理論があります。ここではロバート・キーガンが提唱した成長モデルについて考察し、日々の育成にどう適用すれば良いのか考えていきます。
成人発達理論は、人の成長におけるプロセスやメカニズムを解明する学問領域です。ロバート・キーガンの成長モデルでは、人間の成長は知識・スキルだけでなく質的な成長も含まれる、と定義しています。
質的な成長とは、人それぞれが持つ知性・意識であり、事実に対する認知のクセや自己に対する認知の解像度を表すものです。そして、知識やスキルを発動させる知性や意識そのものは、一生をかけて成長・発達するという前提に立っています。
例えば「成長が止まっている人」なんて表現をしますが、本人としては能力を伸ばし、それを発揮していくための次の打ち手が見つからず苦労しているのかもしれません。そういったメンバーがいたときに、どのように向き合っていけばよいのでしょうか。
§ 発達段階
人はそれぞれ固有の色眼鏡をかけて生きています。
発達段階は、その色眼鏡を「他者の捉え方」「自己認識」「価値観」「欲求」「支配欲求」「コミュニケーション」「組織における地位・役割」を特徴値として5段階に分類した概念です。発達段階が進むほど物事を広く深く捉えることができると言われています。
以下に発達段階の特徴を簡単に記載します。
— 発達段階2:道具主義段階
- 自分の認識を客観的に捉えることができる
- 自分の認識と他者の認識を区別できる
- 自分の欲求・願望に基づいて行動している
- 主要な関心事が自分への支援・自分への欲求が満たされることである
— 発達段階3:他者依存段階
- 自分独自の視点があり、他者の視点(例えば組織の視点)と区別できている
- 他者の視点・感情に影響を受けることができる
- 自分と他者の双方を考慮できる
- 周囲に対して従属的である
— 発達段階4:自己著述段階
- 自分の価値観・感情・思考を持っている
- 自分の価値観を他者に押し付けることはできないと分かっているが、解決策が見つからなくて葛藤している
- 成功体験を自己から切り離すことができず、同じやり方を繰り返す
- 発達段階5に相当することを語りはじめる
— 発達段階5:自己認識段階
- 自己が変わる可能性に気づいており、自己が変わることに自分のリソースを注いでいる
- 組織の利益を超えた目標を持って活動することを自己成長への可能性だと信じている
- 言語は現実を説明するには十分でないという認識を持っている
- 上記の特徴を体現しているため、それをあえて語ることが無い
日々のフィードバックや評価の場面において「より全体を見られるようにしよう」などというセリフを見聞きすることがあるのではないでしょうか。これは言い換えると「発達段階を上げよう」と質感が似ています。
ここで強調しておきたいのは「会社や組織にとって都合のいい捉え方をせよ」という話ではない、ということです。発達段階は、発達段階5に見られるように、組織の枠にとどまるものではないからです。
§ 発達段階に優劣はない
もうひとつ、ありがちな誤解を解いておかなければなりません。発達段階が進むほど有利・不利とか、偉い・偉くないとか、そういう優劣を表すものではありません。
発達段階が高次になるほど俯瞰的に物事を捉えられるようになりますが、それについて「偉い」「仕事ができるようになる」と思うのは、そういった価値体系によるものです。
「発達段階が高いのはいいことだ」という価値体系よって引き起こされたものでしかないのです。発達段階5にあるように、組織の枠を超えていくものだということを思い出していただければと思います。
むしろ、発達段階が進むほど人生が厳しいものになると言われています。
例えば発達段階4の人は、自分の価値観が周囲に通用しない葛藤を抱えて生きています。これは、発達段階2の人が自分の欲求が満たされない不満や不安を感じることよりも辛く厳しいことです。なぜならば、自分の価値観が通用しないという、いわばアイデンティティが危機にさらされているという状態だからです。
発達段階は色眼鏡の色を確認するに過ぎない、という認識が適切です。
2. 成長を支援する方向性
発達理論の説明はこれぐらいにして、育成の方向性について考えてみます。人の成長を水平方向・垂直方向の2軸で考え、どのように成長を支援するかについて整理します。
§ 水平的な成長
水平的な成長とは、知識やスキルを表します。何か行為を伴った訓練によって「うまくやれるようになる」ものです。
例えばコードを写経してコードが書けるようになる、先輩社員からレクチャーを受けて技術力が向上するといったような学習によるスキル向上を表します。
§ 垂直的な成長
垂直的な成長とは、発達段階がより高次になることを表します。自己の探求と他者との関係によって、言わば人としての器を大きくしていく作業です。水平的な成長との違いは、他者から教えでは成長しない点です。
§ 面積の拡げていくのが育成
人の状態を水平方向・垂直方向・原点を含めた3点で結ばれた三角形の面積を広くしていくイメージで育成方針を立てていきます。
私としては、この面積の広さが広いほど成果につながると考えており、キレイな二等辺三角形を保って拡大することが安定的な成長と考えています。
§ 水平的な成長が求められている状態
知識やスキルが足りないため業務がこなせない状態にある場合は、水平的な成長を促します。
スキル不足で業務が行えないことで、垂直的な成長機会を失っていると考えます。眼の前のことに必死すぎて、認知リソースが自己だけに向く傾向があるので、まず知識やスキルを伸ばして周囲が見える状態にしてあげます。
§ 垂直的な成長が求められている状態
通常業務はこなせるが課題を発見できない、実装は得意だけどプロジェクト全体を把握して欲しいといった場合には、自己の認知や他者の認知に対して目を向ける問いかけをします。
あるいは、自己主張が受け入れられず不満があるケースでは、自己と他者の超える第3の案を作り上げていく力に気づいてもらう問いかけをします。
3. エンジニアリングマネージャーはどのように垂直方向の成長に向き合うのか
§ 発達段階を知るには
垂直方向の成長を促すにあたり、発達段階に応じた壁を乗り越えるための問いかけをしていきます。問いかけを作るには発達段階を見極める必要があるのですが、これには相当な訓練が必要です。
発達段階の見極めに関してはオットー・ラスキー(著)・加藤洋平(訳)の『心の隠された領域の測定:成人以降の心の発達理論と測定手法』に詳しく記載されています。これよると内容を完全に理解するには少なくとも1年半の歳月が必要と言われています。
エンジニアリングマネージャーには他にも向き合わなければならない事柄があり、発達段階を見極めることだけに一年半をかける訳にもいきません。したがって、日々周囲と接していくなかで批判することもなく、判定することもなく、フラットな気持ちで認知フレームを表す言動に対する感度を高めるよう意識しておきます。これを言語化するのはとても難しい。
§ 超えるべき壁は何か
それぞれの発達段階を表す特徴的な表現があります。その表現を踏まえた問いかけを試みるとよいでしょう。
以下はそれぞれの発達段階にある人が、仕事の行き詰まりや葛藤している場合にありそうな言動を想像してみたものです。
— 発達段階2:会話に他者がいない
- 私の担当分はしっかりやっている(が、うまくいかない)
- 私には情報が足りない
— 発達段階3:意見や提案、独自の行動がない
- (周囲から見て)指示待ちの傾向がある
- 詳細な指示があればできる(ので先輩社員が困っている)
- 〜さんが〜と言っていたのでそうした
— 発達段階4:意見の対立に苦しむ
- 周囲が思うように動いてくれない
- このやり方が最適なのにどうして別のやり方をするのか(という不満)
§ 壁を超える問いかけ
それぞれの発達段階に応じて、その発達段階がゆえに壁となっている自己の認知や他者の認知に対して目を向ける問いかけを考えます。例を挙げてみます。
— 発達段階2:会話に他者がいない
- あなたの仕事をインプットとする人は何を求めているだろう?
- 不足している情報を知っている人は誰だろう?
— 発達段階3:意見や提案、独自の行動がない
- 周囲が仕事を振る時に背景や目的について問うてみる
- 自分ならどう考える?どうしたい?
— 発達段階4:意見や提案の対立に苦しむ
- 周囲との対話を促す質問をする
- 彼の考えたメリット・デメリット・目的って何なんだろうね?
- 認知フレームの根底にある信念を掘り下げる質問をする
(アルバート・エリスのABCDE理論)
§ 発達段階は行ったり来たりを繰り返す
本人の体調や心情、向き合う事象に応じて発達段階の発露は変化すると言われています。
したがって、そのときの言動で発達段階を断定せず、いまはそうなんだなとありのままに受け入れ、フラットに接するようにします。
メンバーの成長と可能性を強く信じましょう。会社という環境により制限されているだけで、プライベートな場では異なる発達段階にあるかもしれません。外気と温度計の関係だと思えば良いのではないでしょうか。
§ 時間を味方につけよう
育成には時間が必要です。
短期間で詰め込みすぎたり、答えだけを教えると、自ら成長する方法が身につかず、教えてくれる人がいなければ成長できなくなってしまいます。
これ回避するためには、適切な課題と支援をベースとした育成が必要になりますが、育成方法の特性上どうしても時間がかかります。
発達心理学では、ピアジェ効果と呼ばれるものがあります。
適性や構成を考慮せず無理に能力を伸ばすことを強制させることで人の成長過程が歪んでしまい、成長が止まってしまう現象です。
育成は長期に渡り継続的に行うものであり、会社の評価システムとタイムスパンが異なるものです。評価においては、評価者がメンターの育成した行動を評価することでバックアップしていきます。メンターを指定する側の人は、育成には時間を要することを理解しておく必要があります。
もし組織が育成の結果を出せと言ってきたら、一体どのような結果を期待しているのか対話する必要があるでしょう。
4. エンジニアリングマネージャー自身は何をすればいいのか
§ 自分の育成が不可欠
発達段階に応じた育成は、育成する人の発達段階が高くなければなりません。発達理論では、自分よりも高次にある発達段階は理解できないと言われています。
発達論に基づいたコーチングについて、前述『心の隠された領域の測定:成人以降の心の発達理論と測定手法』では次のように述べています。
コーチの発達段階がクライアントのものよりも低次である場合、それは発達的に有害です。
なかなかセンセーショナルな一文です。発達段階の低いマネージャーは育成ができないどころか、有害であることを示唆しています。
どうやら育成する人は、発達段階を上げなければならないようです。
発達段階を上げるためには内省が必要です。批判的なフィードバックを受け入れ、自己を変えていくことになるでしょう。つらい。自己の変革を促してくれるコーチの存在が必要かもしれません。
加えて、発達段階を上げていく過程で、組織に求められていることから自分を切り離し、自身の価値体系を塗り替えていく必要がありそうです。
それができれば、エンジニアリングマネージャーのみならず、一人の人間として一段違う景色が見えてくるのではないでしょうか。
おわりに
今回は成人発達理論の一端を紹介し、発達理論の視点からエンジニアリングマネージャーが育成に対してどのように向き合えばよいのかを整理してみました。
組織横断的な育成方針や文化の醸成に対して舵を切っていくためには、プレイングマネージャーのようなチーム内での育成とは異なる発想が必要です。
発達理論は一般的な企業の育成にも適用できるものですが、エンジニアリング組織においてよりクリエイティブな仕事をしていくためにはそれぞれが持つ自己の枠組みを超えた発想が重要であると考えており、注力すべき領域ではないかと思っています。
あと、文章が長すぎた。びっくりした。
— 成人発達理論に関する書籍等を紹介しておきます