熊本の地震があってから、SNSを見ていると被災地を心配する発言を幾つも目にする。それ自体は悪いことではないけれど、ちょっと冷静になった方がいいんじゃないですかね、とは思う。

彼、彼女たちが、被災者の苦境に共感、同情しているのはその通りなのだろうけど、それと同じくらい自分が不安なんだろう。不安ではあるけれど、その不安を「不安だ」と発言することは憚られる、なぜなら被災者はもっと厳しい状況に置かれているのだから、と。そこで被災者のことに仮託して発言することで不安を吐きだしているように見える。

テレビを見ていれば不安になるのは仕方ない。そこには災害現場が映し出されるのだから。テレビでは地震があったけれど大丈夫な所はニュースとして価値がないから映し出されない。すると激しい破壊の痕跡ばかり目にすることになる。地震による被害しか目にしない。
これでは不安になっても仕方ない。

彼らの優しさは、自分が安全圏にいることが申し訳ない、何もできない無力感が情けない、そういった気持ちが、せめて言葉だけでもという気持ちになって、被災地を心配しているという発言に繋がるのだろう。
彼らに「君がSNS上で幾ら発言しても現実は何も変わらない」なんて正論をぶつけても仕方がない。論理が不安を引き起こしているのではなく、感情が不安を引き起こしているのだから感情を癒さなければ彼等の不安は取り除けない。

被災地でない場所に住んでいる人間は普通の生活をすればいいと思う。そのことにさえ、被災地を思うと申し訳ないという優しさを持つ人もいるだろうけれど、もしそう思うならコンビニのレジ横にある募金箱に、小銭でもいいから投入すればいいと思う。自分のできることをすればいい。