と或ル… (第一話)
気づいたら不安である、伊状一久 (いじょういちひさ)は常にそんな状態にあることを不思議に思っていた。ただ学校の帰り道を一人で歩いているとき、友人との会話にふと意志の疎通がとれなかったとき、恋人との関係に齟齬がうまれたとき、伊状の不安はそのような人と関係しているときまたは一人でいるときにかかわらずなにか遮断機が降りその周りの警報が鳴って電車が通るようにある種一定の没入感とリズムがあった。不安が支配している時、伊状は大変心地よく周りとはまったく違う時間を生きているのだがそれと同時に周りの声は全く聞こえなくなるので「集中しなさい」とか「人の話をききなさい」とか「もっとちゃんとしなさい」といった声をかけられるのでこの時間を伊状はいつの間にか「不安」と名付けるようになっていた。年を重ねればこの不安に周りも慣れてくれるかと伊状は考えていたがそれは社会という仕組みではどうやら違うらしく年々注意されるバリエーションが多くなり「それじゃぁ社会じゃ通用しない」とか「就職しても出世できないぞ」とか「なにか脳に障害とか病気があるんじゃないの?」といらぬ心配をされたりするので、皆はこの不安をどう乗り切っているのだろうか? と考え質問をしてみたりするのだがどうやら特に不安についての処方箋は人によってそれぞれらしく、人によってはやりがいと名づけてみたり好きなものと名づけてみたり哲学や学問または趣味や仕事と名づけているようだった。伊状は大変それが不思議であった。人それぞれが代替物としてそう名付けるのは結構だがなぜ没入を別の対象に乗り換えるときに素直に諦めたと言わないのか、それが不思議であった。
「自分は大変屁理屈な人間だなぁ」
恋人の一状薫(いちじょうかおる)にこのような不安を語ってみたところ「なんのことだから分からん」と返されやや途方にくれまた不安にかられている始末であった。
薫と一久は付き合って一ヶ月だが、付き合い始めてから会うときは二人ともお互いの泡の中にいるような感覚になっていた。付き合うまえのような互いが互いに肉薄するような関係は今は消えていた。冷めている、とか自然消滅とか言うことばがあるがそれは二人にはあまりふさわしくないように思えた。それは互いが互いにとても熱心だということは理解していたからだ。しかし何について、また今熱心であることについて夢中であってよいのかどうかということが二人の言葉にうっすらと膜を張っていた。その膜があることについてはもちろんふたりとも了承したうえで今はそれを味わおうという合意になっていた。だが一条はむしろこの膜に覆われているほうが心地よくそれは自分に定期的に訪れている不安に没入している気分と似ていたので、あえてこの気持を薫に伝えて現状の膜を破るのはやや億劫だったが恋人という心情も手伝い打ち明けてみたがむしろその膜はますます強固なものになったという感じであった。