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殺人、誘拐、麻薬密輸。残念ながらラテンアメリカとこうした負のイメージがなかなか切り離されることはない。とりわけ近年は、メキシコ北部の軍事化した犯罪組織によるこうした犯罪、グァテマラ、エルサルバドル、ホンジュラスのいわゆる北部トライアングルで活動する犯罪組織による同様の犯罪は年々増加しており、とうとうホンジュラスは国連統計で人口あたりもっとも殺人件数が多い国、エルサルバドルがそれにつづく国となってしまった。
こうしたなか先日5月28日にホンジュラスで活動する二つの犯罪組織の停戦が発表された。もちろんホンジュラスの国民をはじめ、周辺の諸国でもこのニュースは歓迎されている。メディアではこれをきっかけに、こうした事態に至った背景や今後の見通しなど様々な解説がなされており、それらはアメリカという大国に左右されて生きるこの地域特有の複雑な事情を浮き彫りにしておりなかなか興味深いので整理してお伝えしたいと思う。
まず、こうした犯罪の土壌が生みだされた背景を少しおさらいしておきたいのだが、中米のこれらの国々は1970年代から80年代にかけて、米ソの冷戦下にあった米政府が自国に近いこの地域の共産化を嫌って支援した政府の軍とそれに対抗するゲリラとの内戦の舞台となっていた。ホンジュラスには隣国ニカラグアに革命によってできたサンディニスタ政権に対する軍事組織コントラの基地が置かれていた。ラテンアメリカの犯罪について詳しいサイトInSight Crime によれば、ゲリラが武器や必需物資を運ぶルートがパナマからグァテマラまでずっとつづいており、内戦終了後はその無法地帯化したルートを使って、麻薬やあるいは不法移民となってアメリカまで行く人までもが運ばれて行っているという。戦後はゲリラそのものが再就職先としてそうした犯罪の担い手となっていったケースも多い。国境をまたいで国家のコントロールが利かない領土が拡がっているというのは、なかなか日本人には想像しがたいところだが、たとえばパキスタンやアフガニスタンなど911以降紛争の当事国としてつねにニュースの前面に出てくる国々をイメージしてみると、冷戦の負の遺産を抱えているという歴史的な背景や国家とそれに対抗する勢力の存在など共通するところも多いことに気づくだろう。
さて、停戦したのはこちらで「マラス」と呼ばれるギャング組織でホンジュラスでは最も勢力のある二つの組織「マラ・サルバトゥルーチャ」と「バリオ18」。それぞれ別々にサンペドロ・デ・スーラの刑務所内で記者会見が行われた。この町は犯罪率の高いホンジュラスの中でもさらに犯罪の多い町であるという。停戦の仲介に入ったのはこの町の教会のロムロ・エミリアーニ副司教と米州機構の広域安全保障事務局長アダム・ブラックウェル氏。町のギャングの仲介に米州機構が入らないといけないところに、その犯罪の規模と社会が受けていたダメージの大きさがよくわかるだろう。「マラス」とは、たんに町のギャングではなくメキシコも含めた中米一帯に拡がって活動するギャングをいう。もともと1980年代にロサンジェルスなどアメリカの都市のヒスパニック地区での自警団的なグループから始まったと言われている。中米での内戦が終了すると同時に、アメリカに流入するヒスパニックの数も増加しそうした元兵士たちもこれに加わっていった。”maras”で検索をかけていただくと、全身を組織の名前の入ったタトゥーで刻まれた彼らの写真がいくつも出てくるので試してみてほしい。
中米でこの「マラス」と呼ばれるギャングの犯罪が増えた原因として、90年代のブッシュ父大統領の時代から刑務所に収監されているラテンアメリカ出身の犯罪者をその出身国に送り返すという政策が取られ、先ほどのInSightの記事によれば、2001年から2010年の間にアメリカから中米には約13万人の犯罪者が送還されており、そのうち90%が北部トライアングルの3カ国だという。ホンジュラス一国でも4万人以上の犯罪者が送還されているそうだがその際前歴などのデータは一切知らされることがない。記者会見で、ギャングの代理人はギャング側の要求として、「仕事を与えてくれること」「更正のためのリハビリプログラムの整備」「政府との対話」などを求めている。ロボ大統領はこれに対し停戦委員会を作ってそこで引き続き協議することを約束している。しかしこの停戦はあくまでもホンジュラス社会・政府との和解を求めていて、必ずしもこれらの「マラス」同士が停戦を決めたわけではないことが、まだ状況を不透明にし不安を残してもいる。
この停戦にはじつは先例がある。やはり米州機構とファビオ・コリンドレス司教が仲介をして隣国エルサルバドルですでに昨年3月に「マラス」が停戦を発表している。エルサルバドルのギャングは命の保証を求め、現在は刑務所で厳重に保護されている。家族の生活の保障もなされたといい、この停戦の結果エルサルバドルでは殺人の件数が半分に減ったと言われる。ホンジュラスでもこれに倣った結果が出ることが期待されている。CNNエスパニョールでこの報道に関してコメントを求められたフロリダ大学の犯罪学の専門家ホセ・ミゲル・クルース氏は「エルサルバドルのギャングは比較的リーダーシップがしっかりしているので、いったん停戦が決まれば指示系統がわかりやすいが、ホンジュラスの場合小さなグループが混在してる状態なので実際に暴力が止むまでには時間がかかるのではないか」と述べている。
わたしが暮らしているコスタリカは中米では比較的安全な国として知られているのだが、この「マラス」に関しては隣のニカラグアが砦になっているのでこちらにはやって来ないと言われる。それくらいニカラグアでは「マラス」の犯罪が少ないのだが、BBCのスペイン語版のニュースがこれに関して面白い分析を載せている。80年代からアメリカへ渡るニカラグア人は敵対するサンディニスタ政権からやって来るので、政治亡命として見なされ歓迎されたからだという。こうした対応は90年代に強制送還が始まってから最近までずっとつづいているという。一方ホンジュラスやグァテマラから来た移民は社会にとってやっかいな者として見られ、そうした受け取られ方が結果として犯罪に走らせたのではないかという見方だ。さらに79年の革命以降サンディニスタ政権が国民の参加型の社会を作ってきたので、国民相互の監視がきいて「マラス」のような犯罪組織が勢力をのばす隙間を与えなかったことも一因であるとしている。同じ事態に対するのにも国の違いがでるのだ。