自分が作れば不便を解消できる。 BionicM 孫小軍~TTTアラムナイインタビューvol.2~
今回で開催7回目を迎えるTodai To Texas(以下、TTT)2020に合わせ、前回好評であったアラムナイインタビュー第二弾をお送りします。
今までTTTに参加し、South by Southwest(サウス・バイ・サウスウエスト)(以下、SXSW)へ挑戦してきた方々(TTTアラムナイ)より、当時のお話をお伺いします。
第二弾となる今回は、日本からの出場チームで初めてInteractive Innovation Awardを受賞したBionicM(バイオニックエム)の創業者で、CEOである孫さんにお話をお伺いしました。
今回インタビューしたのは・・・
BionicM株式会社 代表取締役
孫 小軍
東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了。9歳の時に右足を切断し、15年間松葉杖での生活を送る。2009年、東北大学の交換留学生として来日。その後、日本で義足の補助制度を利用して初めて義足を装着。2013年、東京大学修士課程を修了後、ソニー株式会社へ入社。2015年、自らより良い義足を作ることを目指し、ソニー株式会社退職。同年12月、東京大学大学院博士課程へ進学し、ロボット義足の研究に従事。Todai To Texas 2017に参加し、開発中の義足プロトタイプをSXSWへ出展。日本から参加したチームとして初めて、Interactive Innovation Awards を受賞する。2018年12月にBionicM株式会社を創業。
BionicM株式会社
ロボット技術を活用し、すべての人々のモビリティを向上させる技術を開発・販売するハードウェアスタートアップ。義足事業として、既存の義足の課題を解決する高機能ロボティック義足の開発・生産・販売を行い、義足ユーザーのQOLを向上させるモビリティソリューションを提供。
目次
- TTTに参加して、開発が加速した。鍛えられたのは、計画力だった。
- 日本からの参加者として初のInteractive Innovation Awards受賞。
- 不便を感じているなら、自分で作ればいい。
- SXSWでのデビューが、自分たちのスタートポイントになった。
①TTTに参加して、開発が加速した。鍛えられたのは、計画力だった。
— — はじめにBionicM株式会社(バイオニックエム/以下、BionicM)が、どのような事業を行なっているか簡単に教えてください。
障がい者のモビリティを拡張するロボット義足を作っています。私自身も義足ユーザーなのですが、今までの義足は基本的に動力を全く持たない機械的なものなので、機能が限られており生活に不便なところがありました。そこで、ロボティクスの技術を使うことで、義足ユーザーのモビリティを拡張できるような技術を開発しています。まずは目標として2020年のパラリンピック開催までに義足を販売することを目指して、日々開発を進めています。
— — TTTに応募するきっかけを教えてください。
僕はもともとソニーで働いていたのですが、その頃から自分の作りたい義足を開発していつか起業をしたいと考えていました。会社を辞めて大学に戻ることを考えていたときに、後に研究室の後輩となる片山君(※2016年にOTOPOTで参加)が、SXSWへ出展して活躍していることを聞いて、TTTを知りました。当時、「自分たちで作ったものを世の中に出すには、SXSWのような世界的なステージでリリースするのが良いのではないか」と思っていたので、TTTへ応募することにしました。
— — 当時のメンバーはどういった構成でしたか?
TTTに応募した当初は、まだ会社もなく、僕と佐藤のいう者の2人のチームでした。彼は当時、別の研究室で義足関連のデザインをしており、TTTに応募する直前に友人(※以下注釈)から紹介してもらいました。SXSWに参加するまでに他のメンバーが加わり、5名体制になりました。
※この「友人」とは当時、東京大学産学協創推進本部に在籍していた李ミン氏のこと。李氏は当時Todai To Texasの運営メンバーでもあり、 菅原先生(※現 東京大学産学協創推進本部 インキュベーション・ディレクター)と一緒に東京大学生産技術研究所の山中研の展示に行き、佐藤さんのデザインした競技用義足を見て感銘を受け、佐藤さんに直接会いに行ってBionicMチームへ “スカウト” した。李氏は現在、ヒラソル・エナジー社のCEOとして活躍中。
— — SXSWの出展までが大変だったとお伺いしました。実際にどのようなところで苦労されたのでしょうか?
TTTに受かったものの、SXSWに出展するまでの半年間でプロトタイプを仕上げなければならないという、非常にタイトなスケジュールで大変でした。TTTに応募したときは、機能を検証するためのプロトタイプ第1号機を作ってデモをしました。当時はサイズも大きく、機能も限られており、様々な不具合もあって実用には全く足りない物でした。TTTのデモデー当日には、実際に人が装着をして立ち上がり動作や歩行の実演を行いたかったのですが、そこは間に合いませんでしたね。
デモデー後、SXSWまでの半年間でちゃんと使える物を作るにはどうすれば良いかを出発点として、2号機の製作に着手しました。まず最初に、デザイン改修から取りかかりました。「機能を実現する為に、限られたスペースの中に必要なパーツをどうやって収めていくか?」を議論して、全てを見直したので時間がかかりました。
義足は身体に付けるものなので、できる限り軽く・小さくすることが非常に重要なテーマとなります。一方で、体重も支えないといけないので、強度も大事です。強度を持った上で、軽くて小さなサイズの義足を開発するという、トレードオフを考慮しながら全体のバランスをはかるのはとても難しいですね。
また、ハードウェアは1つの試作を作る周期が長いんですよね。市販品のパーツも使いますが、多くのパーツはオーダーメイドです。設計には時間がかかるし、メーカーとのやり取りにも時間がかかる。パーツが届いたら、組み立て、テストを行いますが、その中にたまに不具合もあります。その場合は、メーカーへ送り返し、修正してもらわなければなりません。それにもまた時間が結構かかります。
パーツによっては、手に入れるために2~3ヶ月かかった場合もありました。例えば、あるパーツが国内ではなかなか良いものを見つけられず困っていました。そんな時、12月頃だったのですが、アメリカへ行き、ある研究室で求めていたパーツが使われているのを発見しました。すぐに問い合わせたところ、そのパーツは中国のメーカーが生産していることが分かり、納品には2ヶ月かかると言われました。納期が3月のSXSW直前でぎりぎりでしたが、仕方なく注文をし、2ヶ月待つことになりました。
— — そうだったのですね。ハードウェアの開発ならではの事情ですね。
未だに覚えてるんですが、オースティンへの出発日が3月8日で、その数日前の恐らく3月5日とかに、オーダーメイドのある機械系パーツが完成したんですよね。大田区にある工場で作ってもらっていたのですが、直接パーツを引き取りに行って、そこから組み立てはじめて、出発の前夜にやっと組み立て終わりました。それをそのまま次の日、アメリカに持って行ったんですよね(笑)。ハードウェアが完成しても、その後ソフトウェアを書き込んだり、まだ色々とテストをしないといけないので、アメリカの現地でテストして、さらには動画撮影して編集して・・・と本当にギリギリまで出展準備に追われていました(笑)。
ハードウェアを作るには、計画力が重要になると思います。パーツの納期はこちらでコントロール出来ない部分なので仕方ないのですが、やはり開発スピードへの影響は大きいですし、多方面に協力してもらう以上、それぞれの納期など考慮して計画を作る必要もあります。1回失敗をしてしまうと、次は何ヶ月もかかってしまう。ですので、詳細まで考えて設計をし、発注前には設計に不備がないかをよく検証します。ハードウェアの開発ならではの難しさかもしれませんね。
SXSWへ出展するという締切があったからこそ、開発を加速することができたのは間違いありません。もしSXSWがなかったら、もっとゆっくり開発をしていたと思います。考えれば考えるほど本当に様々な課題が出てくるので、すべてに対応していると何年かけても物が完成しません。
計画力は、TTTの経験を通して学びましたね。その後の仕事の進め方にも繋がっていて、目標となるマイルストーンを期日として決めて、スケジュールに落とし、今何を行うべきなのかを明確にするようにしています。メンバーのモチベーションアップにも繋がりますし、なにより計画が実現する可能性が高くなると思いますね。そういう意味でも、TTTは非常に良い経験で、成長できたと思います。
また、TTTのスタッフの親切なサポートに、様々な場面で助けていただいたのも大きかったです。SXSWは我々にとって初めての展示会だったので、当初はどういう状況になるか想像できませんでした。準備の過程で、TTTのスタッフやメンターの方々から、どう製品をブラッシュアップしたら良いか、SXSWではどういう展示でアピールするのが良いか等、アドバイスをいただいたことでかなりイメージがクリアになっていきました。先輩たちの経験談がなければ、現地のイメージを持つことはできなかったと思います。結果として、賞も受賞(※Interactive Innovation Awards、以下注釈)でき、様々なメディアに取り上げて頂いて、とても感謝しています。
※SXSW Interactive Innovation Awardsとは
前年に新しく立ち上げられたプロジェクトや製品を応募対象としてとくに優れたものを選出する名誉ある賞。複数の部門があり、各部門からそれぞれ5組ずつのファイナリストが選出され、そこからアワードが決定される。過去には、TwitterやAirbnbなども選出され、脚光を浴びた。
②日本からの参加者として初のInteractive Innovation Awards受賞。
— — Interactive Innovation Awardsの受賞の話をお伺いさせてください。
受賞に関しては非常に想定外の事でした。本当に偶然の受賞で、少なくとも、私はとても意外でした。受賞はファイナリストが集まったその場で、当日に伝えられるのですが、そもそも、ファイナリストに選ばれたこと自体すごく嬉しかったです。
各部門ごとに5チームのファイナリストが選ばれるのですが、ファイナリストに選ばれるとトレードショーとは別のブースで展示ができます。そのブースをアワード審査員が何名か来て見て回るんですよ。ただ、賞に関しては全然気にしていませんでした。それよりも、「世界を変える良い製品を作りたい」という気持ちが非常に強かったです。その気持ちが、受賞に繋がった気がします。
— — SXSWで受賞された、評価されたポイントはご自身ではどこだったと感じていますか?
正直、本当のところはどうだったかは分かりませんが、1つはプロトタイプにインパクトがあったからだと思います。ロボティクス技術を使って人間の動きに基づいた動作を実現する今までにない新しい義足であり、プロトタイプもある程度完成して実際に動作していました。実際にファイナリストブースでは、私が製品を装着してデモ行ったのですが、「動いていること」と「分かりやすいこと」が審査員の方に評価されたのではないかと思います。
もう1つは、我々のビジョンであるPowering Mobility for All(すべての人々のモビリティにパワーを)に共感をいただけたのだと思います。足が不自由な人々だけでなく、健常者含む全ての人々のモビリティを高めていくという大きいビジョンが、SXSWで評価されたのだと思います。その大きいビジョンを実現する第一歩として、まずニーズのある義足にフォーカスしているところもポイントだったのかもしれません。
— — 受賞時のスピーチでは唯一スタンディングオベーションがあった素晴らしいスピーチだったとお伺いしました。
多くの拍手を頂きました。スピーチ内容としては、私はメカエンジニアとして、障がい者を含めて多くの人のモビリティを変えていきたいという話をしました。限られた時間でしたが、自分がずっと思っていることを、素直にそのままお話させていただきました。温かい拍手を頂いた背景には、「この人はちゃんとビジョンがあって、自らユーザーとしても頑張っているから応援したい」というアメリカらしい文化、考え方があったように感じました。
— — 賞を貰った後の影響はいかがでしたか?
認知度は大きく上がりましたし、人とのつながりが広がりました。積極的にインタビュー等は受けていないのですが、メディアにもたくさん取り上げて頂き、投資家の方も含めて興味を持ってくれる人や協力してくれる人が大きく増えました。当時は「SXSWで受賞しましたね」「受賞したニュース見てましたよ」とよく言われましたね。
影響といえば、アメリカでの驚いた話があります。アイスランドのメーカーで義足シェア世界2位のメーカーがあるのですが、そのメーカーが世界で唯一、我々と同じロボティクス技術を使った義足を作っているんですね(※値段は約1,000万円もする)。現状、その義足は日本では販売をしていないのですが、どういう機能があるのか知りたいですよね。そこで、シカゴにあるリハビリセンターに問い合わせ、SXSW前の2月に訪問しました。「この義足を買いたい」と言って、色々と専門的なことも質問しました。そして、SXSWからの帰路に、もう一度シカゴの同じ場所に立ち寄りました。そうすると、今度はそこの人が「君は義足を作っているんじゃない?」と、SXSWで私たちが受賞した写真を見せてきたんですね(笑)。「前回、専門的な質問していたのは、君が同じような義足を作っていたからだったんだね」と言われました。1回目に行ったときに、どういうメカニズムなのか、中身どういう仕組みなのかとか、義足の性能を色々と質問したんですよね。
③不便を感じているなら、自分で作ればいい。
— — 孫さんのパッションはどういうところから来ているのでしょうか?
もともと15年間松葉杖で生活していたのですが、松葉杖は両手が拘束されるので、日常生活を送るのにすごく不便なんですね。その後に義足を使い始めるのですが、既存の義足ではまだ困ることがよくあります。
また、義足はまだまだとても高いんですね。例えば、SXSWでオットーボック(※ドイツの福祉機器メーカーで、義足のシェア世界トップ)が主催していたセッションがありました。戦争で足を失くした軍人を何人か招待してディスカッションするというセッションだったのですが、これに参加して、終了後にその中の1人の軍人に声をかけたんですね。その人は両足を切断しているのですが、先程の1,000万円の義足を2つ持っているそうです。ただし、あまり使い勝手が良くなくて家に置いているそうですが。アメリカの軍人や、福祉制度が充実している日本では義足を使える人も多いですが、例えば中国やインドでは義足を使えない人がたくさんいます。
使えない理由は高価であることなので、コストダウンしたいのですが、一方で機能を良くしていきたいわけです。この2つの課題がある中で、自分の技術で義足を作ってみたいという思うようになりました。当時はエンジニアとしてソニーに勤めていたので、「自分は義足ユーザーでもあるが、エンジニアでもある。そして今色々と不便を感じている、ならば自分で解決すべきじゃないか?」と思ったんですね。
まずは会社の中で義足を作れないかと思い、色々とチャンスを探ってみたんですが、当時はなかなか難しかった。そこで、「じゃあ一旦大学に戻って、義足作るためのバックグラウンドを身につけよう」と考えて会社を辞めて、2015年の冬に大学院の博士課程に入って、今に至ります。
④SXSWでのデビューが、自分たちのスタートポイントになった。
— — SXSWはどういった機会になりましたか?
SXSWは世界にデビューできる場所だと思います。我々は、SXSWで世界に対して「BionicMが義足を作っていますよ」とアピールすることができました。スタートアップは何か良いものを作ってもなかなかデビューするチャンスに恵まれないことも多いと思います。発表しても誰も注目しない、デビューしても人気がないのではすごく悲しいですよね。その点、我々は非常に運が良かったです。TTTに参加して、SXSWに出展して、多くの人にBionicMのビジョンやチームに共感していただけました。なので、TTTがBionicMのスタートポイントです。
— — 最後に、今後どんな未来を作っていきたいかというお話をお伺いさせてください。
まずは、今本当に困っている、義足を必要としている多くの人たちを助けたいと思っています。まずは数年かけて、技術の力を活用した良い義足、そして出来れば低価格な義足をユーザーへ届けたいと思っています。大手企業がまだ出来ていない技術を使ったハイレベルな義足からスタートして、勝負したいと考えています。
実現する為には困難もたくさんあると思っており、これからも様々な工夫をしないといけません。多くの義足ユーザーに良いものを、安いものを届けるのは非常に難しい課題です。実際に、どこの企業もまだ実現していません。しかし、それを乗り越え、ロボット義足を広げていくことが私たちの使命だと思っています。
もう一つは、我々のビジョンである「Powering Mobility for All」を実現させたいです。もちろん「Powering Mobility for Handicap」が第一にあってのことなのですが、私達は「for All」を目指しています。
自分の経験から、モビリティは食事と同じくらい重要だと思っています。私自身は松葉杖から義足になって活動レベルが向上し、モビリティが拡張したんですけれども、例えば高齢者の方はどうでしょうか。家からスーパーまで1キロ、家から病院まで2キロの移動で、補助車みたいなものを使って横断歩道を渡って移動している人もいますが、ずっとこのままでいいのか?と思うんですね。とても身近な人達です。日本に限らず、中国や他の国々でも高齢化が進んでおり、高齢者の移動をどうするかは一つの課題です。
また、空港や公園、大学のような大きな場所で移動するのも大変なんですね。日本はまだ土地が狭いですが、中国やアメリカなどは広くて移動に距離があることも多い。つまり、高齢者のみならず、移動に困っている人はたくさんいます。
車や電車や飛行機など、そういう道具があるからこそ人間のモビリティは拡張してきました。私は「人間がもっとスマートに移動できるデバイスは何なのか?」と常に考えています。もちろん車椅子とか自転車とかもあるんですけども、もっとスマートな手段もあるのではないかと考えています。まずは足が不自由な人、そして高齢者など困っている人やニーズの高い人。そしてその後は健常者・障害者にかかわらず人間全体のモビリティを拡張できる、そんなデバイスを作りたいなと考えています。これは当初からずっと変わらないビジョンです。
これからどんどん技術が進化して、そういった課題に対してのソリューションは必ず出てくると思います。私達も、多くの人のモビリティを拡張出来るものを作りたいと思っています。モビリティカンパニーとして、イノベーションを起こしていきたいです。
BionicMは、今回の記事に登場する佐藤さんや菅井さん、若田部さんをはじめ、素晴らしいメンバーに恵まれてきた印象があります(前回のインタビューに登場した小笠原さんもいますね)。会社が掲げる大きなビジョンと、技術的にもチャレンジングなこと、そして孫さんの応援したくなる人柄と情熱が、BionicMの周りに存在する人の繋がりやコミュニティを動かし、次々と人を呼び寄せているのかもしれません。本記事では書ききれませんでしたが、大きなダイナミクスを感じました。
皆さんも、自分が感じている不自由や困難があるなら、それに立ち向かってみませんか? 「課題」は、TTTが最も重視しているポイントの1つです。誰かが困っている課題を解決するためにプロジェクトに取り組んでいる皆さん、ご応募をお待ちしています。
TTT2020の応募方法は、公式ウェブサイトへどうぞ。