費用ではなくて価値にフォーカスしたいものです

たとえばイラストレーターが「このイラスト、そんなにちゃちゃっと書けるんなら、安くしてよ」と言われたりする。プログラマーにとってのプログラミングでも、まあ、なんでも、そういうのは、いかにもありそうだ。

で、その返しに「これできるようになるまで、〇〇年かかっている」というのがある。

いやまあ、これは、もちろん、相手が「15分でかけるイラストなんだから、安くしてよ」って言ってきたから、「これを描けるようになるのに、10年かかってるんだ」って話なんだとは思う。それは分かっている。

ただ、自分自身で、投資したの「だから」払ってくれ、と思わないように気をつけようと思う。他の人はそんなこと思わないのかも知れないけれど、たまに思ってしまうのだ。

払う側は、自分が受け取ると認識している価値に金を払う。同じような製品/サービスが安く手に入るなら、安く買おうとするだろう。おおざっぱには、代替手段があるぞと詰め寄れば、安くしてもらえる。

けど、これは売る側だって同じ話なのだ。理想的には手に入りやすさも含めて、等価交換なのだ。売る側が「その価格では売りません」と答えることだって可能だ。他にも売り先があれば何の心配もない。

有名デザイナーの〇〇さんにやってもらったデザイン、とかある。〇〇には佐藤可士和とかが入って、まあそれはそれでいろいろネタになっていることはあるとは思う。でも、その客は、〇〇さんのデザインであることが大事なのだ。グッチのバッグだとか、ブルガリのなんたらだとかと同じだ。

そんなわけで、価値の交換で稼げて、かつ、それを最大化できるといいなーという、まあ特筆すべきでもない資本主義的な考え方を忘れないように、ときどき思い起こすようにしている。それが単位時間あたりの人件費に連動するのだとしても。

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