臆病なくらいでちょうどいい

仕事も趣味も家庭も、初心を忘れずに丁寧に慎重に行動しないと、思いがけないところで足をすくわれる。特に僕は楽観的に考える癖があるので「本当に大丈夫?」と自問自答したり、人に相談して生きたい。

似たような話が、昨年末に放映していたドラマ「コウノドリ」の劇中で、ベテラン助産師が中堅助産師に行ったアドバイスの中にあり、とてもわかりやすくいい話だったので書き起こした。

私は自分のことを優秀な助産師だと思ったことはないけれど、40年事故なく助産院を続けてこれたのは、あなたと同じで臆病だったからだと思うわよ。だってお産って一人ひとり違うでしょ。経験に頼ってお産に慣れてしまうと、いつかきっと何かを見落とすことになる。私はね、ちょっと違和感を覚えるとすぐ病院に電話しちゃうの。『何十年助産師やってんだ!』って笑われちゃうかもしれないけれどお母さんとお腹の赤ちゃんが無事ならそれでいいの。だって、助産院は一度の失敗も許されないでしょう。産まれたいと頑張る赤ちゃんにお母さんが力を貸して、それを取り上げるのが私たちの仕事。誰かの命に寄り添うには、臆病なくらいでちょうどいいのよ。(コウノドリ 第9話)

ドラマは産科を舞台にしているので、命に寄り添っているが、この話は命に限らず多くのものに展開できると思う。

例えば、僕が仕事でお手伝いしているECサイト(Amazonや楽天のようなもの)では、システムが問題なく稼働しているか、売上は上がっているかを確認するためにデータを見る。

明らかな異常はもちろん、直感で「異常な気がする」と感じる時がある。この時に「ま、いっか」と何もしないことは危険だ。そんなこと、当たり前なのだが、現実では毎日同じデータを見ていると「ひとまず何日か様子を見てみよう」と判断を先延ばしにしてしまうことがある。

ある日サイトにちょっとした問題が発生し、原因はあの時の直感だった。幸い大事にはいたらなかったのだが、気づけていながらリスクを軽視した自分に腹がたった。

「ちょっとした違和感」を放置せず、対応し続けるための心構えとしては、臆病なくらいがちょうどいいのだろう。

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