あいちトリエンナーレ2019「表現の不自由展・その後」に関するお詫びと報告

津田大介
Aug 15, 2019 · 23 min read

【2019年8月16日追記】

昨日公表した「あいちトリエンナーレ2019『表現の不自由展・その後』に関するお詫びと報告」の中で、「1つは、自分を批判する人を見つけたら『コロス』リストに入れると言った発言についてです。これは、アンガーコントロールの一環として、怒りを覚えた相手について、『コロス』リストに入れることで、その人に対する怒りを静めようとしたものであり、公開する気もなければ、もちろん、実行する気もありませんでした。特定の人に対する怒りを静めるために、怒りを覚えた相手を記録することで怒りを静めるやり方は、XXX協会や、XXXで推奨されている方法です。」と記載したところ、その協会が「コロスリスト」を推奨していると誤読した方々からたくさんの問い合わせや抗議が来ていてとても迷惑しているとの苦情をXXX協会から受けるに至りました。本日電話で対応に当たられた皆様には、この場を借りてお詫びいたします。

「あいちトリエンナーレ2019「表現の不自由展・その後」」に関しては、今後も様々な発表をしていきたいと考えておりますが、具体的な人や団体の名前を出すたびごとにその人や団体にこのような迷惑がかかるというのでは、具体的な内容を発表することを躊躇せざるを得なくなってしまいます。

つきましては、上記お詫びと報告から該当部分を削除しますので、皆様におかれましても、他の組織や団体のご迷惑になるような行為は自重してくださいますようお願いします。

「あいちトリエンナーレ2019」の出品作の一つである「表現の不自由展・その後」について混乱を招いたことにつき、あいちトリエンナーレ2019の芸術監督として、責任を重く受け止めています。ご迷惑をおかけした関係各所にあらためてお詫び申し上げます。

また、大村知事が設置することを発表した「あいちトリエンナーレ2019のあり方を検証する第三者委員会」における調査やヒアリングには積極的に協力し、今回の展示に至った経緯に問題・瑕疵がなかったか、厳しく検証していただきたいと考えています。

その上で、現時点で僕が皆様にお話しできることをお話しします。

表現の不自由展・その後」は、2015年の冬に行われた「表現の不自由展」を企画した表現の不自由展実行委員会(以下「不自由展実行委」)の作品です。公立の美術館で検閲を受けた作品を展示する「表現の不自由展」のコンセプトはそのままに、2015年以降の事例も加えて、それらを公立の美術館で再展示する。表現の自由を巡る状況に思いを馳せ、議論のきっかけにしたいという趣旨の企画です。トリエンナーレが直接契約を結んだ参加作家はこの「表現の不自由展実行委員会」です。そのため、トリエンナーレと「表現の不自由展・その後」に作品を出品したアーティストとは、直接契約していません。

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僕は、2018年の5月10日(木)にキュレーター会議でこの展示を再び展示することを提案しました。そして1カ月後の6月10日(日)に、たまたま映画『共犯者たち』を東京で上映するイベントを主催していた「表現の不自由展」実行委員会の方に、映画を観た後にお声掛けしました。

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その後、12月6日(木)に、Facebookを通じて正式に依頼しました。2019年2月28日(木)と3月18日(月)の打ち合わせの段階では、僕から不自由展実行委に《平和の少女像》については様々な懸念が予想されるため、実現が難しくなるだろうと伝えていました。しかし《平和の少女像》は2015年の「表現の不自由展」でも展示された作品であり、展示の根幹に関わるという理由で「少女像を展示できないのならば、その状況こそが検閲であり、この企画はやる意味がない」と断固拒否されました。

キュレーターチームや実行委員会事務局にその旨を報告すると、アーティストの参加辞退というのは前代未聞で、行政としても前例がないと言われました。3月27日(水)には国際現代美術展に出品する全アーティストの発表が予定されており、発表資料は既に印刷所に入校されている段階でした。

国際現代美術展では、3月上旬に1名参加辞退をしたアーティストがいたこと、また3月27日(水)の記者発表の時点ではまだ実現可能性を探っているアーティストがいました。また音楽プログラムや映像プログラムについてはこの時点でまだ参加アーティストが確定しておらず、後から発表することになっていました。

そのため僕は、途中で企画を断念したり、参加を取り下げられることも視野に入れつつ、今後の不自由展実行委や県側との協議に希望を残すことにしました。

「表現の不自由展・その後」にどの作品を展示し、どの作品を展示しないかは、最終的に「表現の不自由展・その後」の出展者である不自由展実行委が決定権を持っていました。僕は、「あいちトリエンナーレ2019」の芸術監督として、いくつかの作品を加えるよう提案し、そのうち、小泉明郎さん、白川昌生さん、Chim↑Pomの3作品が展示されることになり、最終的に、16作家による作品を展示することになりました。また、僕の提案で、表現の自由が侵害された事例の記事や年表など、資料コーナーも用意することにしました。

宮台真司さんからは、「矛盾する二側面を両立させるには工夫が必要ですが、今回はなかった。『表現の不自由展』なのに肝心のエロ・グロ表現が入らず、『看板に偽りあり』です」とのご批判をいただきました

展示を構成するための不自由展実行委との会議ではまさにその話になりました。展示内容に幅を持たせるため、近年の話題になった公立美術館での「検閲」事例――会田誠さんの《檄》や、鷹野隆大さんの《おれとwith KJ#2》ろくでなし子さんの《デコまん》シリーズなども展示作品の候補に挙がりました。しかし、会田さんの作品は不自由展実行委によって拒絶されました。鷹野さんの作品は、一度警察から責任者が逮捕直前まで行った事情に鑑み、そのまま展示することはコンプライアンス的にハードルが高く、とはいえ、完全な状態で展示できないのなら作家に失礼であろうという判断で、展示しないこととしました。ろくでなし子さんの作品は、不自由展実行委が展示したい作品をスペースを優先的に取っていったときに、展示スペースの都合で、候補リストから落ちました。議論の中では「表現の自由を守るためには、自らが不快な表現であっても守らなければならない」という議論も出ました。このあたりは、展示だけでなく、会期中オープンなディスカッションを複数回実施することで、フォローアップあるいは市民も参加する議論が展開できればと考えておりました。

それらの前提を踏まえ、僕個人としては全体を統括する芸術監督という立場上、作品の選定による現場への影響を考慮し、最終決定をすべきだったという考え方もあると思います。とはいえ、事情は複雑で、そもそもの企画が「公立の美術館で検閲を受けた作品を展示する」という趣旨である以上、不自由展実行委が推薦する作品を僕が拒絶してしまうと、まさに「公的なイベントで事前“検閲”が発生」したことになってしまいます。後述するキム・ソギョン/キム・ウンソン夫妻の《平和の少女像》、及び、大浦信行さんの《遠近を抱えて》の関連映像についても、不自由展実行委の判断を優先しました。もちろん、この2作品を展示作品に加えた場合、強い抗議運動に晒されるリスクがあることは理解していましたが、自分の判断で出展を取りやめにしてしまうと同様の事前“検閲”が発生したことになります。芸術監督として現場のリスクを減らす判断をするか、“作家(不自由展実行委)”の表現の自由を守るかという難しい二択を迫られた自分は、不自由展実行委と議論する過程で後者を判断しました。8月3日の記者会見で今回の企画を通したことを「自分のジャーナリストとしてのエゴだったのではないか」と述べたのは、これらの判断のことを指しています。いずれにせよ、最終的に僕は出展者である不自由展実行委の判断を尊重しました。その是非については、第三者委員会の判断を仰ぎたいと思います。その他、トリエンナーレ推進室や、知事、名古屋市などへの報告について瑕疵がなかったかどうかもあいちトリエンナーレのあり方検証委員会に調査いただき、判断いただきたいと思います。

実施の経緯という点について、一点だけ、ボランティアの方々にこの展示内容の報告が遅れた件について説明させていただきます。それは今回の展示を実行するにあたって行っていた「事前対策」の内容と密接に関わります。️

不自由展実行委との協議を経て出展作品が決定し、本来は会期1カ月前の6月29日(土)夜に、出展作品について記者発表を予定しておりました。並行して、不自由展実行委と県と、展示を実施した際に予想される懸念点を洗い出し、対策を考えていました。その段階で懸念されたのは主に下記の3つです。

①展示場で暴れる来場者対策(常駐警備員の契約、来場者が多い日の委員会メンバーや弁護士の常駐)
②街宣車・テロ対策(警察との情報共有、事前のリスク共有、仮処分申請の準備)
③抗議電話対策(録音機能付き自動音声案内の導入、クレーム対応に慣れた人員の配置、回線増強)

概ね①はうまくいき、現在でも展示会場での大きなトラブルは発生しておりません。

②が、ボランティアの方々への報告が遅れた最大の要因です。当初は1カ月前から内容を発表することでオープンな議論を喚起し、議論が深まった状態で会期に入ることを目指していました。しかし、県や警察、弁護士に相談する過程で「これは②について相当準備しなければ危険ではないか」という懸念が示されました。とりわけ街宣車やリアルの抗議は準備に時間が必要であるため、1カ月前に内容を告知すること自体が大きなリスクになる、という意見を様々な専門家からいただきました。様々な議論を経て「警備の安全性を高めるには、会期直前で内容を発表した方がいい」という結論に至り、7月31日(水)の内覧会で初めて発表するということにしました。警備上の理由というやむを得ない判断で、県の上層部とも不自由展実行委とも確認して進めたプロセスです。ただ、結果的にこのことが企画実施の事前の議論、ボランティアの方々への連絡や相談を不可能にしてしまいました。このことについてはボランティアの方々に本当に申し訳なく思っています。仮定の話になりますが、6月29日に企画内容を発表できた場合、今回と同様の抗議や犯行予告などが殺到し、そもそもこの企画が会期中に開催できなかった可能性もあったのではないかと思います。様々な意味でこの選択も難しい判断でした。

そして、問題は③でした。大量の抗議電話が来ることは事前に予想できたため、当初より外部のコールセンターに対応業務をアウトソーシングするという手段は検討していました。しかし行政の文化事業の場合、説明責任も生じるため、安易なアウトソーシングもできないという問題もありました。そのため、会期前までに電話回線を増強するという対応を行いました(2日午後にはさらに追加したと聞いています)。これについては、新国立競技場の建築コンペでザハ・ハディドを選出した建築家の事務所に、抗議電話が殺到した際の数字などを参考に、有識者と検討して決めました。

ただし、この対応にも限界がありました。そもそも、抗議用の特設回線をつくってコールセンターに回しても、大きな事業では抗議がまず本体や本庁に来ることも多く、そこから職員が特設回線を誘導する形だと事務局の電話が塞がり、朝から晩まで本来の業務ができないという問題が解決しません。また、これだけ大規模な行政に対するクレームを民間事業者のコールセンターで引き受けた事例は、これまで1件もないそうです。組織的な抗議電話の炎上対応をコールセンターに任せるというのは、そもそも現実的な選択肢でないことが今回のことでよく理解できました。

企画がスタートしてからの5カ月間、かなり細かく起こるべき事態を想定して対処してきたつもりでしたが、実際に始まってみると、行き届かないところが多々ありました。

展示内容についてのご批判、県民が内容について議論できるような機会を(警備上の都合だったとはいえ)十分に持てなかったことへの批判は重く受け止め、今後のトリエンナーレ会期中の企画として、広く県民も参加して議論するような機会を設けたいと考えています。8月12日(月)には今回の参加アーティストが中心となって、観客も交えた第1回のオープンディスカッションが開催されました。今後も定期的にこうした議論を行っていきます。

2019年7月31日(水)の展覧会企画発表後、とりわけ話題となったのは、在韓日本大使館前に設置されたキム・ソギョン/キム・ウンソン夫妻の《平和の少女像》、次いで大浦信行さんの《遠近を抱えて》の関連映像でした。

《平和の少女像》は悪化する日韓関係を背景に、《遠近を抱えて》は、昭和天皇をコラージュした自作を焼くという表現が昭和天皇への冒涜とされ、双国のヘイトの戦場になりました。連日事務局に大量の電話抗議が(展示中止以降も)寄せられております。

抗議内容については、作品の具体的内容や背景を考慮しないものが多いため、まず簡単に作品の背景についてご説明いたします。

《平和の少女像》の作者は、韓国の彫刻家キム・ソギョン/キム・ウンソン夫妻で、彼らは韓国の「民衆美術」の流れをくむ作家です。民衆美術とは、1980年代の独裁政権に抵抗し展開した韓国独自のもので、一言で言えば芸術を通じた社会運動です。《平和の少女像》は正式名称を「平和の碑」と言い、「慰安婦像」ではない、と作者が説明しています。最大の特徴は、観る人と意思疎通できるように椅子を設けたことで、椅子に座ると目の高さが少女と同じになります。《平和の少女像》には女性の人権の闘いを称え、継承するという意味もあり、作者は像を日本批判ではなく、戦争と性暴力をなくすための「記憶闘争」のシンボルと位置づけています。作者は、2016年にベトナム戦争当時の韓国軍による民間人虐殺を謝罪し、被害者を慰める目的でベトナム民間人虐殺地域と韓国国内に設置された「ベトナムピエタ」(母と無名の坊やの像)を作りました。実際の来場者からは、ウェブサイトには戦争と性暴力をなくすための「記憶闘争」のシンボルとあったが《平和の少女像》は素朴で可憐な印象を受ける。少女像からは老婆の影が伸びていて、メディアで見ていたレプリカや、切り取られていたイメージとは明らかに違うという意見もありました。

《遠近を抱えて》は、1982年から1983年にかけて作られた作品です。大浦さん本人はこの作品についてのインタビューで、昭和天皇の肖像を取り上げたことに対し「自分から外へ外へ拡散していく自分自身の肖像だろうと思うイマジネーションと、中へ中へと非常に収斂していく求心的な天皇の空洞の部分、そういう天皇と拡散していくイマジネーションとしての自分、求心的な収斂していく天皇のイマジネーション、つくり上げられたイマジネーションとしての天皇と拡散する自分との二つの攻めぎあいの葛藤の中に、一つの空間ができ上がるのではないかと思ったわけです。それをそのまま提出することで、画面の中に自分らしきものが表われるのではないかと思ったのです」と語っています。日本人を統合する象徴――アイデンティティとしての昭和天皇。日本人として収斂される自分と、そこから外に出たい自分の両方が葛藤している。その葛藤をコラージュという手法で表現した絵であると作者は述べています。大浦さんは昭和天皇の肖像は日本人としての自画像であり、天皇批判ではないとしています。

同作は展覧会終了後、県議会で「不快」などと批判され、地元新聞も「天皇ちゃかし、不快」などと報道、右翼団体の抗議もあったため、図録とともに非公開とされました。1993年に美術館は作品売却、図録470冊全て焼却しました。今回問題とされている新作の映像作品《遠近を抱えてPartII》では、コラージュした自分の作品を燃やすシーンが戦争の記憶にまつわる物語の中に挿入され、観る者に「遠近を抱える」心の葛藤を、あらためて問うものになっているといいます。一部だけ切り取ってみると、昭和天皇の肖像が燃えているように見えますが、正確には、富山県美術館によって《遠近を抱えて》の図録が焼却された経験を元に、自分の作品、自分のアイデンティティの葛藤を燃やしている作品だということです。

本来「表現の不自由展・その後」は、公立の美術館で検閲を受けた作品を展示するというコンセプトであり、新作の出展はコンセプトになじまないというお話は大浦さんにはさせていただいたのですが、展示の準備段階で《遠近を抱えて》と《遠近を抱えてPartII》は一続きの作品で、《遠近を抱えてPartII》を展示できないのならば《遠近を抱えて》の出品も取り下げるという連絡が大浦さんからありました。2015年の「表現の不自由展」にも出品された同作を出展できないのは、「その後」の趣旨ともずれてきてしまうため、不自由展実行委と協議のうえ、出展が決まりました。これが《遠近を抱えてPartII》が出展された経緯です。

30年近く前に日本人としての自画像を作る目的で昭和天皇の肖像を用いてコラージュした。昭和天皇は日本人を象徴する存在であり、作品ではまさに、自分のアイデンティティの揺らぎが表現されている。そのコラージュ作品が、一度は作品が購入された富山県美術館が、抗議されたことにより図録が燃やされる事態に発展した。その痛みの経験も込みで、自作を自分で燃やす映像作品を作った。最後に踏みつけているシーンは、日本人としての作者のアイデンティティの揺らぎや、それを表現した作品が焼却されたこと。そしてその事実に傷つき悩み続けてきた痛みを表しているといいます。実際に作品を見た来場者からは「作者が長年抱えていた苦悩は、昭和天皇や平成天皇が抱えられていたかもしれない苦悩とも重なるのではないかと思えた」「奇しくも退位され元号が変わったこのタイミングで、過去の日本人と今の日本人としての自分に共通する苦悩も察せられた」という声もありました。

それらを前提としたうえで、僕個人の不適切な発言について謝罪いたします。今年4月8日夜に行われた今回のトリエンナーレの企画アドバイザー・東浩紀さんと対談するニコニコ生放送の番組で、「表現の不自由展・その後」の企画説明をしているときに、いくつかの不適切な発言がありました。

1つは、自分を批判する人を見つけたら「コロス」リストに入れると言った発言についてです。これは、アンガーコントロールの一環として、怒りを覚えた相手について、「コロス」リストに入れることで、その人に対する怒りを静めようとしたものであり、公開する気もなければ、もちろん、実行する気もありませんでした。特定の人に対する怒りを静めるために、怒りを覚えた相手を記録することで怒りを静めるやり方は、識者等により推奨されている方法です。あくまで個人としての所感を述べたものではありましたが、トリエンナーレの内容を紹介する番組である以上、アンガーコントロールとしての「コロス」リストを知らない方々が視聴されている可能性も十分にあったのに、この点についての配慮が行き届いておりませんでした。この発言を聞いて気分を害された人に、深くお詫びいたします。

もう1つは、番組内で天皇制について東浩紀さんに聞かれたときに、「2代前じゃん」などと答えたことです。なぜこのように答えたのかというと、大浦さんの新作の映像作品では若き日の昭和天皇の肖像写真が燃えているところが映るのですが、まずこの元になった作品が「日本人としての自画像を表現するために昭和天皇をコラージュした作品」という説明を受けていたこと。また昭和天皇は今上天皇から見て2代前の天皇であるため、これを燃やす映像表現であっても、現在の日本の体制に対する反抗等には当たらないと受け止めていたからです。戦後生まれの僕にとって、天皇とは、敗戦によって元首の座を降り、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴となった以降の昭和天皇であり、上皇であり、今上天皇を指していました。大浦さんの作品に使われていた主権者としての昭和天皇は、僕にとっては、それ以前の天皇と同じように、歴史的、象徴的な存在だったのです。この点については、そうではない人々が抱く感情についてもっと想いを馳せるべきだったと反省しています。

大浦さんの新作の映像作品および平和の少女像については、日本人へのヘイトと感じるとの意見もあります。しかし大浦さんの作品については、大浦さんが自画像として作成した作品が燃やされたことを映像的に再現したものであって、そもそも日本人自体を貶めようとするものではありません。

また、平和の少女像については、僕は次のように考えています。ほとんどの国や社会においては、政府や軍隊、あるいは民衆が、自国民や他国民の人権を抑圧した負の歴史を持っています。しかし、多くの国や社会は、そのような歴史を反省し、繰り返さず、今の自分たちが自国民からそして他国民から尊敬を受けられるように立派に生きていこうとしています。それは、僕たちの日本社会も同様であると、僕は信じています。ですから、自国であった負の歴史を思い起こさせる作品を展示することが、その国や国民に対するヘイトにあたるとは考えていません。従軍慰安婦問題については、彼女たちを集める過程で強制があったか否か、彼女たちを集め、管理する過程で軍隊の関与があったのか否か、あったとすればどの程度のものであったのかについて論争があるものの、従軍慰安婦となった方々の名誉と尊厳を深く傷つけ、彼女たちが慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた耐えがたい苦痛を与えてしまったことについては、日本政府としても心からお詫びと反省の気持ちを表明しています。したがってキム・ソギョン/キム・ウンソン夫妻の《平和の少女像》は、日本政府の歴史認識を超えた歴史観を僕たちに押しつけるものではなく、そのような過去を反省し、未来に向けて立派に生きていくことを誓った僕たち日本人を貶めるものではないと考えます。

繰り返しになりますが、「表現の不自由・その後」は、過去に暴力的に封印された作品を集め、そのような封印を行ってしまったことの是非を皆様に考えていただくことを目的としたものです。表現の自由が形式的にだけではなく実質的に保障される社会を目指し、その障害が何であるのかを皆様に考えていただくということは、愛知県や名古屋市などの公的組織が関与した芸術祭においてなされるに相応しいものであったと今も考えています。とりわけ、愛知県は、大村知事の下、芸術文化振興計画を策定して推進されており、その過程で、一部の作品が特定の方々のイデオロギーと衝突し、政治的に偏向しているとレッテルを貼られ、展示の中止等を求められる事態が生ずることも出てくると思います。だからこそ、そのような場合にどうしたら良いかを過去から学ぶ今回の展示は、まさに愛知県と協力して作り上げるあいちトリエンナーレでこそなされるものであったのではないかと思います。

そもそもアートは安心で安全で美しいものだけで構成されるものではありません。時に人の心を大きく揺さぶり、不快感をもたらすようなものも含まれます。あいちトリエンナーレは「国際芸術祭」です。そもそも《いろいろなもの》があるのがアートであり、いろいろなものをまとめて横断的に見られるのが「芸術祭」なのではないでしょうか。作家によってそれぞれの考え方、表現が違うことは、アートの基本的な概念であると考えます。それを受け取る側もいろいろな見方をして相互に議論すればいい。そのために100近くの企画がある中で、その内の1つとして「表現の不自由展・その後」は企画されました。企画の進め方に不備があったこと、想定はしていたものの準備不足だったことに対するご批判は甘んじて受けますが、それでもなお「表現の不自由展・その後」を芸術祭の中で見せることには、大きな今日的意味があったと考えています。そしてそれは、実際に展示をご覧になった方の感想からも伺えます。

2019年8月14日にあいちトリエンナーレの企画アドバイザーからの辞任を表明した東浩紀さんは、今回の騒動に際して、①芸術監督である僕の辞任と、②市民との対話を求めています。

①については、トリエンナーレは残り60日もの会期があり、トリエンナーレを楽しみにしてくださっているお客さんのためにも、今回の騒動に際してそれぞれの形で連帯してくださっているアーティストのためにも、最後まで現場監督としてトリエンナーレを無事終えることが自身の責任の取り方であると考えています。8月16日には「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」も立ち上がります。進退等については、検証委員会で一定の結論が出るまでは与えられた職責を果たしていこうと考えております。

②については、前述のとおり、今後「表現の不自由展・その後」の展示と展示中止を巡る問題を議論する場を定期的に設けていきたいと考えています。今後も規模や参加者を変え、同様の機会を会期終了まで継続的に行っていく所存です。ぜひ皆様にもご参加いただければ幸いです。

最後に、観客の皆様及びアーティスト、職員、ボランティアの生命の安全を守るために緊急に決断する必要があったとはいえ、トリエンナーレにおいて何より尊重されるべきである作家の意思を最終確認することなく、「表現の不自由・その後」展の展示中止を決定したことの責任は重く受け止めています。どんな批判であっても甘んじて受け入れようとも思っています。FAXで放火予告をしてきた人こそ逮捕されたものの、それ以外にもたくさんの脅迫が寄せられており、これに対する有効な対策が打ち出せず、「表現の不自由・その後」展の展示再開の目途が立たないことについても、申し訳なく思っております。

他方で、今回のことは日本が自国の現在または過去の負の側面に言及する表現が安全に行えない社会となっていることが内外に示されてしまった出来事であるとも考えています。こんなときだからこそ、芸術や表現の力でその状況に対抗していかなければならないのではないでしょうか。トリエンナーレはまだまだ続きます。ぜひ実際に自分の目で見て、議論にも参加してください。オープンに議論を行い、現場の警備対策を十分に検討し、すばらしい参加作家たちの作品に焦点が当たっていくようになることで、次のフェーズに進んでいけるのではないかと思います。

皆さんのお力を貸してください。よろしくお願いします。

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