尾道を歩き、建築の透明感を想う

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海側から尾道駅を臨む(撮影:筆者)

尾道を歩く
早秋のお昼前、JR山陽本線で福山から20分ほど西へ向かう。進行方向左側の窓には南中に差し掛かる太陽に照らされる海が、右手には斜面地が迫り、瀬戸内の海と空と山はなんて暖かく美しいのだと感慨に浸っていると、この作品レビューの目的地である「尾道駅」に到着した。電車を降り改札を抜けると、右手に待合スペース、左手に「おのまる商店」という地元のお土産屋さんが目に飛び込んでくる。その間のコンコースを進み庇をくぐって外に出ると、先程まで車窓から眺めていた瀬戸内の海が造船所のドックや向島を背景にして目の前にバンっと広がった。駅から海岸までの間には車道と広場(法的には道路)があって、その先の海沿いにベンチが見えたのでともかくそこまで歩く。少し汗をかきながらたどり着き、柵を背にしてベンチに腰掛け、振り返る格好になった。そうして初めて尾道駅の全貌を眺められたのだが、ほぼ屋根しか見えない。まるで寺社建築のようだなと思うと同時に、なんと自然に、幾分の抵抗もなく波音が聞こえるくらい海の近くまで来たのだろうと驚いた。電車を降りてから時間的には10分ほど経ったのだと思うが、あまりに経験が連続的過ぎて尾道駅を通り過ぎたことを振り返るまで忘れていた。

集合時間まで少し余裕があったので尾道の旧市街を散策しつつ、最近竣工したLOGへ足を伸ばした。途中、常光寺というお寺を訪れ、その斜面に張り付く大屋根を見た時にさきほど観たばかりの駅舎の屋根が想起された。旧市街の南北の道はきつい階段坂、東西に伸びる道はゆるい坂、途中で寺や神社があると一気に開ける平場、その豊かな組み合わせを何回か繰り返してLOGに着いた。ビジョイ・ジェイン率いるスタジオ・ムンバイが設計したLOGは、築50年を超える集合住宅を大幅に減築・外部化しホテル・レストラン・カフェに改修した複合リゾート施設で、地元の土を混ぜた塗料でいくつかの淡い色が空間の調子をコントロールしていた。換気扇や空調機器まで、同系色で塗装されていてその塗装の徹底ぶりに舌を巻き、平面計画としても内部空間を最小化(例えばレストランやカフェは既存の柱間がつくる1グリッド内に納められることで16席程度しか確保できていなかった)することで、地方都市でこそ成立するゆったりとした時間というコンセプトを体現しているようにみえた。例えばランチの価格にしても都内と同等で、それは確かに建築家によってもたらされた効果であるように思えた。LOGを後にして、再び旧市街を歩く。往路とは違う道で途中空き家を改修した雑貨屋に立ち寄りつつ西に進み(LOGは尾道駅の東方向の旧市街に位置している)、尾道駅を超えて斜面の等高線が東西から南北に切り替わるあたりで雰囲気が少し暗くなってきた。空き家が飛躍的に増え、朽ちた木造がすぐ隣に迫りながら、舗装も頼りなくなってきたからである。建築基準法上の接道義務や崖条例の条件を満たせず再建築不可となっている敷地が多い斜面地であるという現実をまざまざと見せつけられた(尾道駅よりも東の傾斜地は寺も多く非常に良い雰囲気だったことは強調しておきたい。)。※1

ほとんど獣道みたいな狭い階段を降り、ようやく平場に降りたときの安心感は未だに忘れられない。その足で北側から尾道駅に近づくと、序盤に体感していた観光的な尾道の表情とは違う、よりドメスティックな住宅地(少しお店もあった)を抜けることになった。踏切を再び渡って、海側に出て、m3 HOSTELという駅舎2階のホテルでチェックインを済ませて外に出ると、同行していたメンバーがロビー正面の海沿いのテラスで軽く飲みながらディスカッションを始めていた。夕日と海風を浴びながら安いコンビニの酒とつまみを嗜みつつ、その建築の上でその建築を議論する時間は控えめにいって最高だった。そこから街へまた繰り出して、遅くまで飲み、駅のホテルに帰ってきて、海側の窓際の部屋で眠りについた。翌朝は朝日に起こされ、窓いっぱいに広がる海を眺めながら身支度を整えて、下のコンビニで朝ごはんを買って、海まで少し歩いた。振り返ると朝日に照らされた駅舎の屋根が眩しかった。そしてそのまま駅舎に向かって歩き、庇をくぐってお土産を買い、改札を抜け、プラットフォームに出て、再び電車に乗り、今度は右手に海、左手に斜面を眺めながら帰路に着いた。

ここまで書いて、ほとんど尾道駅の空間や建築について直接は語ってきていないことに気づく。言及してきたのは自分の行動と、尾道駅以外の尾道の風景や空間についてである。しかし、あの時の連続的で淀みない尾道の経験は、今冷静に振り返ると自分にとっては非常に特殊な経験で、その理由が尾道駅の建築に少なからずあったのではないかと思う。一つ一つのシーンを可能にした設計について、もう少し踏み込んで筆を進めたい。

人々の行動を喚起する設計
例えば、あの夕方の時間に、ホテルのチェックインを済ませた直後に駅前の公共空間でディスカッションしながら一杯やるという状況が何故成立したのか。その成立要因を箇条書きで示す。

□プログラム
・多少騒いでも気にならない駅というプログラムと立地
・一階の土産も売っているセブンイレブン(ビールとつまみをすぐ買えた)
・駅舎の二階に位置するホテルのロビー
・フリーアクセスの動線を兼ねたテラス

□空間構成
・二階から遮るものがなく広がる海
・雨の日でも居場所をつくる庇
・動線以上の幅を持ったテラス空間

□ディテール
・半円断面で手に優しい手すりの笠木
・肘をかけやすい手すりの高さ
・30°ほど傾いた手すり子(それによって手すりに肘をかけて海をみても膝や足先が手すり子にぶつからない)

□家具
・少し大きめのベンチ
・簡易なスタンディングデスク

このような繊細な「設計」が組み合わさって初めてあの時間が成立したのである。空間的、計画学的な寸法体系と構成、素材の選択が人間の振る舞いにとって心地よいのだ。※2 どれか一つでも欠けていたらあの場所で飲みながら議論するという選択肢は取っていなかったかもしれない。少なくとも、同様の時間を外部空間につくることは、旧市街の東側でも西側でも再現することは無理だろうと直感した。旧市街の東側ではまだ健在の住宅群のプライバシーと寺の領域性によって、西側では空き家群がつくる不安感によって、その再現が難しい。※3

環境の背景となる建築の存在感
自分が尾道駅を通り抜けた際、その存在よりも海に焦点があったり、冒頭のテキストで駅舎建築自体よりも自分の行動や周囲について言及したということは、尾道駅の存在がまるで空気のように透明だったということもできるだろう。その透明感は、尾道駅における建築意匠のコンセプトが強く表現されていないことであったり、抽象的=表現的ではない素材選定(ドブ漬け、アルミパネル、御影石など一般的な駅舎や公共施設でも使われる素材)であったり、計画的、構造力学的に無理をしていないこと、によって達成されていると思われた。例えばあの場所に高さ30mの、コンセプチュアルな白い箱が抽象的に現れたら強烈な違和感が残るだろう(その違和感を作品の強度に昇華させる建築意匠のアプローチはあり得るが。)

尾道駅のデザイン監修者であるアトリエ・ワンの塚本由晴氏は、今回のインタビュー※4において「プロトコル」という言葉を多く使っている。プロトコルは、議定書・外交儀礼という意味が転じて主にIT関連の話題においてコンピューター間で、データをやりとりするために定められた手順・規約という意味で使われる。噛み砕くと、「プロト」は「最初の」、「コル」は「糊」という意味で、表紙に糊付けした紙を表し、複数の者が対象となる事項を確実に実行するための手順について定めたものというのが語源である。

塚本氏は同じインタビューにおいて「木造のプロトコル」という言葉で駅舎について説明してくれた。「木造のプロトコル」を私なりに意訳すると、木造建築に内在されている、反復可能な知の体系ということになろうか。尾道駅においてはそれを駅舎に埋め込むことで、強くわかりやすい単一のメッセージを建築が発するのを避け、より身体的に、非言語的に私達がなんとなく「良い」と思える建築を目指したのでないだろうか。プロトコルはコンセプトのように”表現されるもの”というよりも、”埋め込まれる”ものだ。したがって訪問者がそれを鮮やかに捕まえ理解することは難しいかも知れないが、だからこそ、設計者の意図が空間に主張されずに済む。代わりにその周囲が見えてくる。私が体感したある種の透明感は、プロトコルを埋め込む設計によってもたらされたともいえよう。

どこまでも広がり、連続する建築
要するに、一つ一つの判断基準に、自分の脳で考えること以外への信頼がひしひしと感じられるのだ。屋根の勾配は背後の山とつながり、屋根の大きさは斜面の寺とつながり、柱と梁の取り合いは貫木門のディテールにつながり、東西に伸びるブリッジは旧市街の斜面に平行な小道を想起させ、階段は斜面に対して垂直に伸びる坂道に対応し、テラスからの眺めは、坂道を抜けて突然現れる神社の境内から見る景色と重なり、新築の安心感は斜面地から平場に降りた時の安心感と呼応し、手すりの角度は海と人間の身体とつながっている。尾道駅を体感することは、そこに埋め込まれたプロトコルを体感することでもあり、それは設計者やデザイン監修者の外側にある要素、つまり木造の歴史や尾道の都市構造、人々の振る舞いへの仕掛け、といった様々なスケールでの尾道駅以外の事象を体験することでもある。それらのプロトコルを丹念に擦り合せ、編集し、ようやく立ち上がった建築は、もはや目で見える物質性ではなく、目に見えない「雰囲気」や「透明感」といった「アンビエンス」でしかその価値を伝えられないのかもしれない。ただ、この時建築は、そのプロトコルを手がかりにすることで、目で見える範囲よりも広く、深く、どこまでも連続していけるはずだ。

※1 旧市街の成立過程と現状についてはこちらの記事を参考にされたい。
「再建築困難な斜面地と向き合う ── 尾道」https://medium.com/kenchikutouron/%E5%BB%BA%E3%81%A6%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%84%E7%94%BA%E3%81%AB%E5%BB%BA%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B-%E5%BB%BA%E7%AF%89%E3%81%AE%E4%BE%A1%E5%80%A4-%E3%81%AF%E5%9C%B0%E5%9F%9F%E3%81%AE%E6%96%87%E8%84%88%E3%82%92%E9%86%B8%E6%88%90%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%82%8B%E3%81%8B-38a32379c6d2

※2 このような行動の喚起は、いわずもがなアトリエ・ワンが標榜するふるまい学によってもたらされるもので、その分かりやすい具体例としてこのテラスの出来事があったこともあり詳細に言及した。

※3 というか日本国内においても、こういう自由な振る舞いが可能な建築家による公共空間は数えるほどしかないような気さえする。すぐに思いつくのは藤村龍至氏設計のOMテラスだ。

※4 「地域の建築の当事者性」
https://medium.com/kenchikutouron/%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC-%E5%A1%9A%E6%9C%AC%E7%94%B1%E6%99%B4-%E5%9C%B0%E5%9F%9F%E3%81%AE%E5%BB%BA%E7%AF%89%E3%81%AE%E5%BD%93%E4%BA%8B%E8%80%85%E6%80%A7-6e255db247cf

Written by

403architecture [dajiba] / 辻琢磨建築企画事務所

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