西洋の城

僕にはいろいろと嫌いなものがあって、好きなものより嫌いなものによって自分自身が かたちづくられているとさえ思うのだけど、自分でも理由のわからないもののひとつに「西洋の城」がある。
こんなやつだ。

なぜだか、寂しくて寂しくて仕方ない気持ちになってしまう。
ここに貼るために画像検索しただけで、胸がきゅーっと締めつけられる。

感情の手触りをもとに記憶を辿っていくと、幼いころの記憶がいくつか蘇ってくる。

家族旅行で泊まった民宿、その部屋のこたつにかけられた赤い布団。
父と自転車で行った市の武道場、そこで見た剣道の防具。
実家のリビングに飾られた、夜光塗料で光るクリスマスのタペストリー。
山中湖遊覧船にあった、フック船長のマネキン。
伯母がどこかのお土産に買ってきてくれた、跳ね馬のキーホルダー。
など、など、など。

これらを見たとき、幼い僕は泣いたと思う。
親にはまったく理由がわからかっただろうけど、わんわん大泣きしていたはずだ。記憶の表面に、涙の手触りがある。

子どもの寝ぐずりは眠りに落ちる感覚を死と勘違いしているから、と聞いたことがあるが、それに近い。死の概念は知らずとも、死に近いものを連想していたような気もする。

僕はいまでも、夜景を見たときに似た感情が沸き起こる。
いまはその感覚を楽しむことができるが、やっぱり遠くに死の連想がある。

赤いこたつ布団や剣道の防具、タペストリー、フック船長、跳ね馬、そして西洋の城。
これらが、どこか遠くで死の感覚と結びついているのだとすれば、それは前世の記憶かもしれないな、などと考えてみるが、答えのない禅問答だ。

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