ソシャゲは「公平」ですか?「平等」ですか?

昨今のスマホユーザーに漏れず、自分もいくつかスマホでゲームやってます。その中でも一番大きなくくりであろう「ソーシャルゲーム」もといソシャゲ。本来は誤用であるけど、SNS要素のある主にスマホ向けフリー(一部有料)ゲームをソシャゲとして話を進めていく。

ソシャゲは「公平」ですか?

SNSが奔流にある以上、ゲーム内でも社会性が重要です。最初から最後まで誰とも関わらないこともできなくはないでしょうが、対戦相手がどこかの人間だったり既存のSNSの関係を活かせたり「ギルド」などゲーム内コミュニティに入って楽しむ人が多い。

ソシャゲもゲームである以上最低限公平であり、特定のキャラやチームが贔屓されることはないし、ゲームを始めた瞬間お金持ちになれるような裏技も存在しない。もちろんRPGやシミュレーション色の強いソシャゲには個性も必要なので、プレイの仕方によってスタイルは変わってくる。それらを競ったり協力したりするのがソシャゲの楽しみの一つでもある。ゲームの開発会社が優れていればより競いやすく協力しやすい面白いゲームができる。そのゲームは「公平」であるはずだからだ。

ソシャゲは「平等」ですか?

ソーシャルゲームは必然的にパーティプレイが多い。4人でボスを倒したら4人均等に経験値が入る。同じ世界を共有している人はみな同じチャンスに恵まれる。世界に一つしかないアイテムは早い者勝ちかも知れないし、世界の一人一人に一つ与えられるのかもしれない。「人生ハードモード」は自分だけじゃなく、そのゲームで決められた共通の難易度だ。バランス感覚さえあればゲーム会社は「平等」なゲームを作る。

ソシャゲと「課金」と「時間」

本来ソシャゲは「公平」で「平等」なものになるはずである。ゲーム会社がわざわざバランスを崩すだろうか?ゲームバランスの崩れたゲームは得てして面白くない。面白くないゲームは人気が出ないのだから、ゲーム会社はそんなことしない。

しかし、ソシャゲなどのフリーミアムモデルに必須なのが一部有料、いわゆるアイテム課金などの要素である。お金を対価に貴重なアイテムや見た目用の装備、経験値やゴールドなどなど。その上それらがランダムで手に入るガチャなんてものがあったら思わず回してみたくなる。社会問題にもなったりするんだから大したもんだ。

また通常のオフラインゲームでも同じように、時間をかけただけゲーム内では強く豊かにより先にいることができる。ソシャゲで言えば、1ヶ月前に始めた友達がレベル10以上上なのは当たり前の話だ。追いつくためには、同じだけの時間をかけるか、前述のように課金によって経験値ボーナスをもらうしかない。

同じ世界で冒険するソシャゲはかけたお金や時間、時には運の差がハッキリと目に見える。また、本来なら出会わないような人とも同じギルドでプレイし、自力では一年かけても手に入らないような装備で手を貸してれる。そして、憧れる。もしくは、羨む。

ソシャゲは不公平で不平等

だから面白い

ソシャゲの元祖はインターネットを通じたオンラインゲームだろう。まるで都会のショッピングモールに来たように様々な人でごった返してた露店通りを覚えている。当時も高額課金や不正行為は問題視されていたが、ネットゲームをやる人たちだけの問題だった。

時代は変わって、普通の人がオンラインでソシャゲをやる時代になった。同じく時代は変わって、昔以上に不公平や不平等を妬む人が増え、声に出す風潮も広まった。「ゲームは無料」、「課金をしなくても強くなれる」、「広告はいらない」、「面倒くさいことはしない」、ネイティブな言葉ばかり聞こえてくるのは今も昔も一緒だけど。

ソシャゲって社会の縮図だなぁって思う。世の中も公平で平等を声高に求める。もちろん求めるのは構わないし、贔屓やズルさえなけりゃ仕方ないと思う。怖いのは不公平で不平等なのはおかしいと思うこと。それをゲームにまで持ち込もうっていう流れ。

長く書きすぎて、オチが見えなくなってきた( ´ー`)y-~~

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