オランダその後

Open Setのサマースクール後は友人宅のあるライデンへ戻り、職探しやコネ集めに翻弄。

講師で来ていたMartijnにお願いして、彼の事務所のインターンとして雇ってくれないかと頼んだり

→事務所には招待してもらえたものの、メインクライアントがオランダ語話者の為、断念

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ググっているうちに見つけた日本人でオランダ在住のグラフィックデザイナーにコンタクトをとり、彼のワークショップの手伝いをさせてもらったり

→知り合いオランダ人デザイナー(フルタイム勤務)を紹介してもらうも、就職には至らず

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父親の昔の同僚がドイツのフランクフルトに駐在していたので会いにいってみる(電車で片道4時間の旅)

→そもそも彼は自分で来たくて来た人じゃなく、言語もままならない残念な典型的サラリーマンだった。私に対しても無謀だの、無鉄砲だのといった素晴らしいフィードバックをくれただけじゃなく、父親が彼の会社のクライアントになりえるとあって社長にも紹介されることに。日本人経営のおいしいリアルお寿司を御馳走になりながら、いかに私の父親と親しいかアピールに利用されるという素晴らしい夜を過ごしてフランクフルトの安宿に一泊。費用を抑えようと16人部屋ドミトリーを適当に押さえたのは完全に失敗だった。となりの中国人カップルがただでさえ狭い二段ベッド下段に二人一緒に寝ているのを不思議に思いながら就寝。もうドミトリーに気軽に泊まれるほど若くないと自覚し、オランダに逃げ帰る

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どこに応募しても無視か不採用の通知しかもらえず、焦ったあげく日系引っ越し会社に血迷って応募→採用されそうになりも、結局蹴るよね

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そんなこんなで3ヶ月のオランダ滞在はあっという間に過ぎ去り、未開の地ドイツはベルリンへ移動。あらかじめ手配しておいたワーホリビザとともに。

出発日はストーム到来で空港行きの電車が全線運行停止。てんやわんやでクタクタになりながらなんとか飛行機に飛び乗りました。
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