ベルリン生活の開始 — 年末の過ごし方
オランダから近くてワーホリビザがとれる国だからドイツに決め、誰かに「デザイナーならいいんじゃない?」と言われただけで決めた街、ベルリン。ドイツ自体、父の元同僚を訪ねにいった以外は旅行でも来たことはありませんでした。
到着してからは、結構苦労しながらベルリン名物“住居難民”生活を1ヶ月ぐらい経験し、ドイツ人姉妹とのシェアフラットにやっと住み始めたのが2013年11月半ば。

知り合いもほぼゼロ状態だったので、主にネットを通じて人が集まるところに顔を出したり、個人的に連絡を取って会ってもらったりしながら、徐々に生活に必要な情報を入手していきました。
まさにリアル版RPG状態。
何かと親しくなりやすい日本人を皮切りに友人を増やしていきました。ただ、思い返せば当時一番よく会っていたのはひょんなことから知り合ったアメリカ人のケラ。彼女のおかげでThanksgivingディナーも実現。

Thanksgivingの次は、ウキウキなクリスマス期間に突入。フラットメイト(姉)が熱心なクリスチャンだったので、私の部屋用クリスマスツリーを準備してくれたり、アドベントカレンダーも作ってくれました。
ちなみにアドベントカレンダーに関しては当時全然知らず。これはドイツらしい風習だとケラに教えてもらいました。


クリスマス直前はフラットメイトの家族に招待されてドイツ式クリスマスを楽しませてもらいました。熱心なプロテスタント系クリスチャンのおうちだったので、もちろん教会でクリスマス礼拝。ご両親が教会関係者でもあったので、なんと最前列!(寝れない。)
ママは子どもたちが歌うキャロルを指揮+オルガンでひっぱる担当もしていたので大忙し。私は中高時代は毎朝礼拝も受けていたし、ドイツ語ながら曲は一緒だったりしたので賛美歌もちょっと歌えた。意外と新鮮味はありませんでした。多分同じプロテスタント系だったからでしょうね。学校はイギリス系だったけど。*ちなみに私はクリスチャンじゃありません。
クリスマス恒例の、子どもたちが演じるベイビージーザスの劇をやる頃には、結構疲れて眠たくなっていました。姉妹以外は殆ど英語ができなかったし、私もできないドイツ語を絞り出してなんとか会話に入る状況に疲労感MAX。私がこれまでのクリスマスで初めてのゲストだということで、粗相があっちゃいけないと気を張っていたのもありました。歓迎してもらってとっても嬉しかったんですけどね。
お泊まりして、おいしいドイツの家庭料理をいただき、夜はプレゼント交換会。姉妹に「なんか日本らしいものをもってこい」との指令を受けていたので、人数分にラッピングしたあられせんべいと、ご両親へ梅酒一瓶を持って参加。プレゼント交換会は夕食後から始まり、10人ちかくの家族たちがあらかじめクジか何かで決められた相手とリアクションをとりながら渡し合うのでかなり長丁場。


プレゼント交換の夜があけたクリスマス当日(25日)は家族タイムなので、ひとりご両親宅をあとにして、自宅フラットへ戻りました。
一息ついた後は、語学学校で知り合った友人宅でイタリア式クリスマスの夜を過ごす。

クリスマスが終わると、今度はシルヴェスター。ドイツの大晦日です。
クリスマスは家族で過ごすのに対し、シルヴェスターは友だちとパーティが恒例。この年は私のフラットでホームパーティを開いたので、オランダから訪れていた友人も一緒にカウントダウンを過ごしました。

こうして2013年は賑やかに幕を閉じました。