キャッチャー・イン・ザ・抗脆弱性:スタートアップはブラックスワンを待ちながら

先月 The Big Short を観に行った (感想) こともあり、Paul Graham のブラックスワン農場を読みなおしていました。

私は長年の間に、何種類かの仕事をしてきたが、ベンチャー企業への投資ほど直観に反する仕事を他に知らない。ベンチャー企業への投資を職業にするとき、理解すべき最も重要な2つのことは、 (1) 事実上すべてのリターンは、大成功するごくわずかな企業だけから来る、ということと、(2) 最高のアイデアは、最初はダメなアイデアに見える、ということだ。(ブラックスワン農場、訳は lionfan さんによるもの)

このエッセイを読むと、スタートアップというビジネスは世界の複雑さから生まれる脆弱性や予測不可能性を逆手に取って、予想を超えるリターンをもたらす「良いブラックスワン」を捕まえるビジネスなのだなと改めて感じます。そしてこれから数十年のスパンで世界の複雑性が増すことを想定すると、スタートアップのような良いブラックスワンを探すビジネスはより重要になっていくのではないかと思いました。

以下はその感想を持つに至った解説です。

ブラックスワンの例

意外とスタートアップ関連でブラックスワンを読まれていない方がいらっしゃるので簡単にブラックスワンを説明、例示しておきます。知っている人は飛ばして下さい。

ブラックスワンの性質は (1) 過去に照らせば、そんなことが起こるとは思われず、普通に考えられる範囲の外側にあって、(2) 起こった時にはとても大きな衝撃があり、(3) 起こってから事後的に適当な説明をでっち上げて筋道をつけたり、予測が可能だったと思うような特徴があるとされます。

タレブはブラックスワンの概念を、七面鳥を用いて説明します。七面鳥がいて、生まれてから毎日エサをもらって 1,000 日経過しているとしたら、七面鳥は毎日エサが貰えることは法則であり真実だと信じ込みます。当然とも思える帰結です。しかし感謝祭の直前に突然丸焼きにされて命を失います。これはつまり過去は必ずしも未来を予測しないことを意味するほか、時に予想だにしなかった外れ値が、非対称的で壊滅的な影響を世界やシステムに与えることがある、という示唆を含みます。

The Black Swan

実世界では、第一次世界大戦、ベルリンの壁の崩壊、大暴落など、多くの歴史的な事件がブラックスワンの一例として挙げられ、むしろ歴史はこうしたブラックスワン的な事件によって大きく動いているというのが Taleb の指摘です。これを彼は「歴史は流れるのではなく、歴史はジャンプする」と端的に表現しています。

近年でもたとえば、 2007 年にはじまる金融危機は、複雑になりすぎた金融システムが引き起こしたブラックスワンの一例だと言われていました。グローバリゼーションや IT 化などを通して世界中の金融システムがあまりに緊密に結びつきすぎ、複雑化の一途をたどった結果、ボラティリティへの脆弱性が高まって引き起こした世界規模の大混乱、という位置づけです。多くのシステムはボラティリティをうまく押さえつけるか、あるいは隠し通し、根本的な欠陥が露呈するまで安全なように見えます。しかし隠していた欠陥が露呈した途端、悪いブラックスワンが起こります。

日本では近年、想定を超えた大規模な地震という外れ値が、原発のシステムや東電の業績へのブラックスワンとなりました。事後的に見てみれば、日本という国で地震が起こることは予測可能のように見えますが、しかし事前には「普通ありえないから」考慮の外に置かれていた結果、原発事故につながったと考えられます。

複雑な世界、予測できなくなる世界

何度か複雑という言葉を使ってきましたが、ここで難解さと複雑さを区別しておきます。

  • 難解な (complicated) なもの:多くのパーツから構成されているものの比較的単純な形でつながっているもの。たとえば機械など。
  • 複雑な (complex) なもの:構成要素間の相互作用の数が劇的に増加したときに生じる予測の難しさ(あるいは不可能さ)を含むもの。たとえば経済など。
Team of Teams

ブラックスワンの文脈で扱われるのは複雑性のほうです。システムの複雑性が増して現実の世界のランダム性や不確実性に対して脆弱になっているとき、システムに甚大な影響を及ぼすブラックスワンが突如現れる傾向にあります。

そして世界はますます複雑になっていると言われています。実際、世界が複雑になっていること、そして予測が難しくなっていることの反映として、企業の寿命が年々短くなっていることが指摘されています。例えば 50 年前には Fourtune 500 の企業の寿命は 75 年とされていましたが、今は 15 年以下となり、さらに短命になりつつあります。1955 年の Fourtne 500 の一流企業のうち 2014 年まで名前が残っていたのはわずか 12.2% のみで、その他の企業は時代の複雑性についていけず、リストから落ちてしまったと言われています。

またイノベーションという言葉を作ったシュンペーターは、イノベーションは組み合わせだと言います。技術やアイデアの組み合わせが今後も指数関数的に増大し、将来においても世界やイノベーションの複雑性は増すのではないかと思います。

脆弱性の帝国

複雑性が増せば脆弱性が含まれる可能性も増します。Taleb は脆弱性を「ボラティリティを嫌うもの」と表現しています。ボラティリティにはランダムさ、不確実性、ちらかり、エラー、ストレス因子などが挙げられます。

多くの科学や科学的思考に従ったシステムはボラティリティを過小評価するか無視してパターンを導き出す作業です。しかしその無視した中には、ほとんど起こりえないものの、起これば大きな影響をもたらす事象も含まれます。結果、そうしたものを無視するに至らざるを得なかった多くのシステムは同時に脆弱にならざるをえない面を持つということです。

あるいは希少なケースにも対応しようとシステムを複雑にした結果、さらに希少な外れ値のケースに対して脆弱になり、そこからブラックスワンが生まれやすくなります。そして現実世界はランダムな要素も多く、さらに希少な外れ値はいずれにせよ起こります。これを Taleb は以下のように表現します。

私たちの知識は進歩し、成長してきたのに、いやたぶん、そんな進歩や成長をしたからこそ、将来はいっそう予測しにくくなっている。そして人間の性質や社会「科学」のせいで、私たちにはそれが見えなくなっている。(ブラックスワン上 p.21)

ブラックスワンが起こるのが不可避なのであれば、ブラックスワンを扱うにはどうすればいいのでしょうか。Taleb は予測困難なブラックスワンを頑張って予測するとその予測システムの複雑性を高め、さらに影響の大きなブラックスワンを呼びこむことになる、という理由で反対しています。

タレブの異常な愛情/または私は如何にして心配するのを止めて脆弱性を愛するようになったか

Taleb はこう主張します。ブラックスワンをうまく扱うためには逆に、ボラティリティやランダムによって生まれるブラックスワンが起こったときに「結果的に得するようなもの」を扱えばいいのだと。ブラックスワンのリスクをなんとか抑えこもうとしたり、偶然を飼いならそうとするのではなく、ボラティリティ(ランダムさ、不確実性、ちらかり、エラー、ストレス因子)を愛することを彼は勧めます。

この種のボラティリティをうまく扱う性質を、反脆弱/抗脆弱 (antifragile, アンチフラジャイル) と言います。この概念自体は Black Swan の本の中でも解説されていましたが、Taleb はそれを深掘りしてまさに Antifragile というタイトルの本を出してます(なかなか邦訳が出ません…)。

反脆弱性/抗脆弱性と他の概念との違い

アンチフラジャイルはレリジエンスとは異なります。レジリエンスはブラックスワンのようなショックにどう反応するかや、ショックからどう回復するかに焦点を当てます。しかしアンチフラジャイルはショックから予想外の利得を得ようとする試みです。

またアンチフラジャイルは、「卵は一つのカゴに盛るな」という話でもありません。単純にリスクを取れ、という話ですらありません。もちろん、賭け金を大きくしてリターンを大きくせよ、という話とも異なります。

アンチフラジャイルの概念が教えてくれるのは、世界の脆弱性への正しい身の晒し方です。特に、脆弱性が引き起こす利得と、利得の非対称性に着目するところです。それはある種の「適切な逆張り」です。損失の最大値は予測可能で、利得の最大値が予測不能な世界の脆弱性と非対称性に賭けるということです。有利な結果のほうが不利な結果よりもずっと大きなものに目を向けたり、ダウンサイドは予測可能でアップサイドが予測不可能なものに身を晒せ、ということでもあります。

たとえばカジノや宝くじには既知のアップサイドや期待値があります。なのでアンチフラジャイルとはいえません。ビジネスでも飲食店は一日あたりの回転数や客単価などがほぼ固定なので、予測可能なリターンしか得られません。これはダウンサイドもアップサイドが予測可能であり、飲食店を開業する、というリスクの取り方は(それ単体だけで見れば)アンチフラジャイルだとは言えません。しかし本来的な意味でのスタートアップのビジネスは、予測不可能な青天井の売上と利益を狙っているため、アンチフラジャイルと言えそうです。

良いブラックスワン、悪いブラックスワン、そしてスタートアップ

ブラックスワンには壊滅的な被害をもたらす悪いブラックスワンがある一方で、予測不可能な利得をもたらしてくれる良いブラックスワンもあり、良いブラックスワンが起こるほうに適切に身を晒せということを Taleb は言っています。

良いブラックスワンが起こりえて、それに賭けるということを彼は以下のように端的に表現しています。

「予測ができないなら、予測ができないことを利用すればいい」 (ブラックスワン下 p.66)

賢いベンチャーキャピタルはまさにこのような賭けをします。マキシマムのダウンサイドはファンドをすべて失うことですが、投資先のスタートアップが一社でも大成功したときにはファンドの金額全体以上のリターンが返ってくるような投資をするのが VC のビジネスです。Y Combinator をはじめとしたアクセラレーターは、一社に 1,000 万円やそこらしか投資しませんが、数多く投資をして、その中で一社でも大きく跳ねれば巨額のリターンを得ることができます。それがアンチフラジャイルな賭け方です。

実際、たとえば Peter Thiel 率いる Founders Fund は、Facebook 一社への投資のリターンだけでその他の投資のリターンを足し合わせたリターンを超えたと言っています。Y Combinator の時価総額は Airbnb と Dropbox で 3/4 が説明できるそうです。スタートアップのアップサイドは非対称的で、予測不可能であると言えます。

またタレブは、ティンカリング (ブリコラージュ) あるいは試行錯誤の結果、イノベーションという良いブラックスワンが起こると指摘しています。もちろん、その際には数多くの失敗をしますが、その失敗のコストは小規模かつ予測可能な範囲に収めます。これを Taleb は「凸状のいじくり回し (convex tinkering)」と呼びます。予測可能な損失の範囲で試行錯誤しながら、ポジティブなほうに凸になるところをいじくりながら探すわけです。それは運にまかせるということではなく、一回の失敗ごとに学びや追加の情報が発生して、徐々に「どこに行くか」が分かる試行錯誤です。

Antifragile

企業で見てみれば、Google の 20% ルールや Kickbox は、それぞれのプロジェクトによる損失が一定でリターンは青天井なので、まさにアンチフラジャイルな賭け方を企業で実装している例と言えるかもしれません。

そうしたアップサイドの非対称性が起こるようなところで、良いブラックスワンを待つのがブラックスワンに抗するアンチフラジャイルな戦略と言えます。つまり世界の不確実性や脆弱性を愛する戦略であるとも考えられます。

ハロー脆弱性、グッドバイ:脆弱性のレイヤー

もちろん人間には利を得るよりも損失を回避する傾向があります。ダウンサイドが予測可能な範囲とはいえ、損失自体を嫌う性質があるので、convext tinkering のような賭け方をするのは反直観的で難しいでしょう。しかも日本は失敗と恥の文化の影響でボラティリティを嫌い、ミスやリスクを隠す傾向にり、その結果ボラティリティは小さいものの、一気に大きな損失が出て吹き飛んでしまうような戦略(悪いブラックスワンに脆弱な戦略)を選びがちだと Taleb は指摘しています。

それが福島で起こったことだ。日本人は小さな失敗をきびしく罰するので、人々は小さくてよく起こる失敗を減らし、大きくてまれな失敗を無視する。アメリカは小さな失敗にも大きな失敗にも寛容だ。
私は大きな失敗はよくないと思うが、小さな失敗はむしろ好ましいと思う。イノベーションは、小さな失敗の積み重ねだ。イギリスの産業革命は、試行錯誤と失敗から生まれたのだ。これは「ブリコラージュ」と呼ばれる発見的な過程だ。あなたは小さな失敗を積み重ねることによって新しいことを発見するのだ。
…『ブラック・スワン』の新版では、ボラティリティを恐れることが世界を脆弱にしていると論じた。自然はボラティリティをもっているので、それを抑圧すると爆発するのだ。(NHK のインタビューより

しかしアンチフラジャイルの議論に着目すると、損失が予測可能かどうかであり、その損失の結果、利得が予測不可能なまでに大きいかどうかが鍵です。これは我々に新しい判断軸を提供してくれるように思います。

もちろん個々の試行やスタートアップ、起業家はフラジャイル(脆弱)であり、成功するかどうかはランダム性に大きく依存します。しかしその数が多くなり、総じて見たときにはアンチフラジャイルになります。これには脆弱性にはレイヤーがあることを示しています。

我々は全体として個々の事象の脆弱性ではなく、全体のレイヤーでの抗脆弱性を目指す必要があります。

最後に

Y Combinator がブラックスワン農場たりえるのは、その投資の数の多さであり、彼らがバッチあたりの採択数を大きくしたり、Fellowship などのプログラムを追加しているのは、こうしたブラックスワンの構造を考えた上でやっていることかもしれないなと思わせてくれました。タイトル元ネタ