「冷静に考えてスタートアップを始めたほうが得」な理由と、その流通の必要性

起業を他人に勧めるとき、「世界を変えよう」「世界一になろう」「好きなことで生きていこう」「破壊しよう」「リスクを取れ」といったような意気盛んなレトリックを使われることも多いように見えます。

こうした言説が流通するのは創業者自身にリスクを取った自己を肯定するバイアスがかかるせいかもしれません。あるいはスタートアップという選択肢に気づいてもらうためのポジショントークなのかもしれないので、そうしたキャッチーな言説にも必要性はあると認識しています。

ただ、個人的にはそうした精神論は苦手なことが多いです。また、話す相手によっては「意識が高い」と受け止められて、こうした精神論による説得が有効ではないどころか悪影響を与える場合も多いと感じています。

なので、そういう人たちのためにも、精神論だけではない「スタートアップを始める”合理的な”理由」がもっと流通しても良いのではないかと思います。そうすることでこれまで以上に多様な人がスタートアップに興味を持ってもらえるはずです。(個人的にそのもっとも説得的な言説はアンチフラジャイルの考え方だとは思っています)

そこで今回は私の周りや伝聞で聞いた「スタートアップを始める合理的な理由」(あるいは合理的なように聞こえる理由)を幾つか紹介したいと思います。特に今回はある程度のロジックがないと心が動かない人たちに向けたものです。

なお、以下の全部の理由が独立というわけではなく、諸々組み合わさっている、という話がほとんどであることを付け加えておきます。

1. スタートアップ経験をキャリア上の投資と考える派

スタートアップを経験していると次のキャリアの選択肢が広がるという合理的な判断でスタートアップを始めるパターンです。たとえば、大企業内部で順当に昇進しようにも年上の優秀な人達が列をなして待機していてマネジメント経験が詰めず、だったら自分でスタートアップして、その経験を買ってもらってどこかに入ったほうが自分の望むキャリアが手に入る可能性が高い、といったキャリアのショートカットの一つとしてスタートアップを考えている人もいるようです。

最近はこうしたある種冷静な考えの人が外資系金融や戦略コンサルからスタートアップ業界に入ってきているように思います。MBA の中では比較的コンサバティブな Harvard Business School ですら、2015 年卒業生の 9% はスタートアップに就職しています。

HBS Class of 2015 卒業生のキャリア:http://www.hbs.edu/recruiting/data/Pages/entrepreneurship.aspx

こうした場合、その人が将来どういうキャリアを歩みたいかをベースに、どの程度リスクテイクできて、どれぐらいのリターンを求めるかでスタートアップという選択肢を取るか取らないかが決まります。リスクを取ることそのものを良いこと(格好いいこと)とするのではなく、どういうリスクの取り方が自分のキャリアにとって最適か、ということを考えて決断するパターンです。

2. セーフティネットがあるから大丈夫派

キャリアを積んできた人、特に転職が当然の業界で過ごして実績を残してきた人は、一度ぐらい自分のスタートアップが失敗しても元の業界に帰れる自信と安心感があるようです。これは外資系全般や IT 系の会社出身、MBA ホルダーの創業者に多いパターンのように思えます。

また外資系金融などに属していると謎のお金持ちとの繋がりができ、謎の人から謎の多額の援助をしてもらって創業したというケースもちらほら聞きます。もちろんそうした人たちは過去に本職やサイドプロジェクトなどでトラックレコードを積んできたことから、お金持ちから信頼を得ている面もあると思います。

そのほか、一度何かで成功して創業者自身がお金を持っていたり、夫婦のどちらかが稼いでいたり、創業者の親が裕福だったりするケースも聞きます。また US はスタートアップの数が十分に多いので、失敗しても転職がすぐにできる事実上のセーフティネットがあるとも考えられます。

なお、中には「死ななきゃ大丈夫だし」「いざとなれば死ねばいいし」といった、ダウンサイドの許容範囲が果てしなく広くてセーフティネット自体があまり必要ない人たちもいるようです。

3. 一山当てたい派

好きなことをやりたいけどお金が必要だとか、もう働きたくないとかでお金が必要で、スタートアップってリターン大きくない?と、金銭を軸にした発想でスタートアップに関わる人たちです。Paul Graham も Viaweb はお金のために始めた、と言っています。

日本国内で見てみても確かに、毎年約 50–100 件の IPO が日本国内であるとすると、スタートアップ界隈からは毎年数百人の(びっくりするほどの)お金持ちが輩出されていると考えられます。そして外資系金融業界などとは違い、誰にでもそうしたチャンスがあって、成功の確度は自分の努力次第である程度何とかなる(つまり宝くじとは違う)、という業界はあまり他にはないように思います。

スタートアップのためのコストが想定の範囲内で、金銭的なリターンが無限大に近いのであればスタートアップしたほうが期待値が大きい、というのはある種合理的な判断です。ただ、大金を稼ぎ出したスタートアップ起業家たちは、お金のために起業したわけではないようなのでご注意下さい。

4. Why not me? 良いブラックスワンに賭ける派

スタートアップは良いブラックスワンを待つビジネスだとも考えられます。それはスタートアップの成功は幸運に左右されるということです。幸運に左右されるのであれば、なぜ自分の身に幸運が降りかからないのか、といった文脈で起業する人もいるようです。これは近くに事業で成功した人がいる、という人からよく聞く話のように思います。

こうした心情を的確に表している記事がちょうどあったので、引用させていただきます。

これは、ぼくが初期のY Combinatorの起業家の多くから何度も直接聞いた言葉と同じだ。2000年代後半にY Combinatorが出てきたころに、このシリコンバレーのアクセラレーターの代名詞ともなったプログラムに参加した起業家たちはみんな、「Why not me?」と思う瞬間があったという。オレ(わたし)にだってできるかも、ということだ。起業家の中には、ずば抜けた頭脳や感性を持つ人がいることは事実だけど、みんなが最初から超サイヤ人というわけじゃない。1つめや2つめの起業で成功しているとも限らない。
まだまだM&AやIPOといった分かりやすい成功の絶対数は少ないものの、成功している起業家をみて why not me? と考えるようになる人が出てきている。そういうことが日本のスタートアップ業界でも起こり始めているのかなと思う。(Ken Nishimura さん)

5. 自分の好きなことがスタートアップでしかできなかった派

ビジネスになりさえすれば自分のしたいことができる、という度量の広さに惹かれてスタートアップを始める人もいます。未成熟な新しい市場への挑戦などは大企業では許してくれなかったので仕方なくスタートアップするというのは一つのパターンとしてよく聞きます。

例えば「個人が家庭にコンピュータを持つ理由など見当たらない」と DEC の社長が 1977 年に発言してますが、まさにその年パーソナルコンピュータの普及に向けて Steve Jobs は Apple を起業しました。

Y Combinator の Sam Altman は、スタートアップを始めるのは特定の問題に対して切迫しており、会社を始めることがその問題の解決のベストなときだけ、と言っています。他の選択肢を十分に検討した後にスタートアップしか手段がなければ、それは合理的な選択と言えるのではないでしょうか。

6. 好きな種類の人たちと働きたかった派

Paul Graham が(彼にとっての二度目のスタートアップである) Y Combinator を始めた理由がこれです。人間の幸福感に与える影響の中で社会的なつながりという要因は大きく、その社会的なつながりの多くは仕事から得ることになります。自分の好きな種類の人達がスタートアップ界隈にいるのであれば、スタートアップ界隈にいるしかない、ということでスタートアップに関わることを選ぶのも一種の合理的な判断とも言えそうです。

多くの人と同様、私は仕事するのが好きだ。そして金持ちになったときに発見するたくさんの奇妙な問題の1つに、いっしょに働いてみたいと思うような興味深い人たちの多くは金持ちでないということがある。彼らは生活のためにどこかで働く必要がある。それはつまり、彼らと同僚になりたかったら、あなたも生活のための仕事をする必要があるということだ。たとえあなたには金を稼ぐ必要がなかったとしても。実のところ、これが連続起業家たちを駆り立てているものじゃないかと思う。
そしてこれは私がY Combinatorでの仕事をすごく好きな理由だ。この仕事は好きな人たちと興味深い仕事をいっしょにやる口実を与えてくれるのだ。(Paul Graham, スタートアップを始めない理由が間違っている理由, 青木靖さん訳)

合理的な理由だけでスタートアップを始めても良いものか

以上のように合理的に聞こえる理由を幾つか挙げてきました。しかし果たして合理性だけでスタートアップを始めるべきなのでしょうか。

スタートアップはストレスフルすぎる、という話は多々あり、周りでも創業者の血便血尿の話を良く聞きます。なので合理的な理由だけで始めるのは個人的には反対です。そもそも皆の気づいていない領域を選択することで急成長できるのがスタートアップなので、合理的な判断だけではじめたスタートアップは成功しないとも考えられます。

ただ、自分の好きなことを自分の好きな人たちとできる領域がスタートアップであるのなら、スタートアップを検討してみても良いのではないかと思います。

その際には、精神論に近いですが、Jeff Bezos の考え方が参考になるかもしれません。

Jeff Bezos が 1994 年に Amazon を始める前、彼の輝けるキャリア (Princeton 卒業後、ヘッジファンドで最年少の Senior Vice President に就任) を手放すかどうかを考えた時に彼自身が編み出したのが後悔最小化フレームワークだと言われています。

80 歳になったことを想像して、「オーケイ、さて人生を振り返ってみようじゃないか。そこで後悔の数を最小化したい」と言ってみる。80 歳のとき、私はこのアイデア(※ Amazon.com)に挑戦したことを後悔してないだろう。インターネットと呼ばれる、本当に大きくなる何かに参加すること自体に後悔はしないはずだ。もし失敗したとしても、後悔しないと知っている。むしろ挑戦しなかったことに後悔することは間違いないし、それは毎日自分を苛むだろう。だからそれを考えると(起業することは)とても簡単な意思決定のように思えたし、そしてそれはとても良いことだと思った。(中略)… 短期的な考えはあなたを惑わせる。でももし長期的に考えれば、あなたはのちに後悔することのない、本当に良い人生の意思決定ができるだろう。
http://bijansabet.com/post/147533511/jeff-bezos-regret-minimization-framework

彼はキャリア的に論理思考が好きな人間側に属すると思うので、その彼が使った「後悔最小化フレームワーク」は同類の人たちに訴えかけるものがあるのではないかと思います。

Show your support

Clapping shows how much you appreciated Taka Umada’s story.