大学をアンチフラジャイルにする: Taleb のイノベーション論とスタートアップ

ブラックスワンの著者であり 2007 年の金融危機を予測した(さらにはその予測で儲けた)ことで一躍有名になった Taleb は、大学に対して批判的です。特に「大学が経済的な富を生んでいる」ということに対して懐疑的であり、「大学は知識を創造することよりも、広報や資金集めが得意だ」と批判しています。Taleb 自身がアカデミックなキャリアを歩んでいるにも関わらず、です。

個人的には、大学で行われている研究や研究者の方々を尊敬していますし、その価値がもっと認められればと考えています。なので、今回は彼の批判を受け止めた上で、タレブ自身の提唱するバーベル理論とイノベーションの理論を大学自体に当てはめることで、特に大学の富の創造をアンチフラジャイルにすることができないかという試論になります。

ブラックスワンとアンチフラジャイル

Taleb の大学批判とイノベーション論を理解するには、まずブラックスワンとアンチフラジャイルに関して理解する必要があります。この二つの概念の背景には「未来は読めない(良くも悪くも)」という彼の思想があります。

ブラックスワンとは (1) 過去に照らせば、そんなことが起こるとは思われず、普通に考えられる範囲の外側にあって、(2) 起こった時にはとても大きな衝撃があり、(3) 起こってから事後的に適当な説明をでっち上げて筋道をつけたり、予測が可能だったと思うような特徴を持つ出来事のことです。たとえば歴史の変曲点や自然発生的な大規模な地震はブラックスワンとされます。現実の世界では、理論や統計的予測の範疇を超えたボラティリティや異常値があり、それが主に悪い影響を起こしたときにブラックスワンが現れたと言われることが多いです。

ブラックスワンという異常値や外れ値的な出来事が実は現実世界で大きな影響を持っているという分かりやすい一例が、以下の株式相場の現実と理論の比較図とその説明書きです。

ブラックスワン下 p.185, 図 12:過去50年について、アメリカの株式市場から動きのおおっきかった上位10日を取り除くと、リターンは大きく変わる。それなのに、正統派のファイナンス理論ではそういう極端な動きを異常値として扱っている。(これはたくさんある実証の一つにすぎない。これはちょっと読んだだけでよくわかる例だが、ほかにももっと強い数学的な証拠がたくさなる。たとえば、10シグマの事象を使った検証などがそうだ。)

人はブラックスワン的な異常値を無視しておおよそのことを説明できる理論を構築します。そしてその「おおよそ」を超えた出来事が発生したときに、その理論は破綻してしまいます。しかし現実的には「おおよそ」を超えたブラックスワンのような外れ値は起こり、その結果、理論では説明できないほどの大きな影響を現実に与えます。実際、誰もが予想だにしなかった金融危機やソヴィエトの崩壊は起こり、その前後で世界を大きく変えました。

アンチフラジャイル

一方、アンチフラジャイル (反脆弱/抗脆弱) とは簡単にいえば世の中のボラティリティをポジティブにうまく扱うことです。そしてアンチフラジャイルな態度とは、悪いブラックスワンではなく良いブラックスワンを待つことであり、予測が可能な範囲内での小さなコストで試行錯誤を繰り返し、予測不可能な利得を得るような、世界の非対称的な部分の良い面に着目することでもあります。

もう少し詳しい解説は以下にまとめましたので以下をご参照ください。

イノベーションはティンカリング/ブリコラージュで生まれる

もともと Taleb の著書の Antifragile はイノベーションについて書く予定だったと言われており、同書の中ではイノベーションやテクノロジについて度々触れられれています。

Taleb の見方では、イノベーションや技術の進展は良いブラックスワンの一種です。多くのイノベーションは、理論をベースにトップダウンで見つかったものではなく、ボトムアップでのティンカリング(いじくり回すこと)やブリコラージュ、試行錯誤の最中から生まれたものがほとんどだと指摘しています。特にボトムアップの試行錯誤の最中に起きる「非対称的な良いブラックスワン」がイノベーションであるとしています。

その一例として生物の進化が挙げられます。現実世界にボラティリティがあったおかげで、原始の海から生物が偶然生まれ、その後も良いブラックスワンの連続を通して人間という形に辿り着いています。

また Taleb は知識や技術を生み出すのはトップダウンの directed science ではなく、stochastic tinkering (確率的ないじくり回し) だと指摘しています。彼いわく、イノベーションという観点においては、試行錯誤はアカデミックな知識や理論に打ち勝つということです。

もちろん、試行錯誤の途中では数多くの失敗をしてそのたびにコストが発生します。その対策として Taleb は、失敗のコストは小規模かつ予測可能な範囲に収めることでコスト自体は予測可能にする、という条件を加えます。そうすることで、コストに対して非対称的で予測不可能な利得が出たときに大きなリターンを得ることができます。これを Taleb は「凸状のいじくり回し (convex tinkering)」と呼び、これが彼にとってのイノベーションの方法論になります。

Antifragile からの引用:figure 6. オプションライクな試行錯誤(fail-fast モデル)のメカニズム。a.k.a. convex tinkering (凸状のいじくりまわし)。最大値が既知の損失になるような低いコストの間違いと、大きなポテンシャルのペイオフ(無制限)。ポジティブなブラックスワンの中心的な特徴であり、利得は無制限(宝くじとは異なる)であり、限界は既知ではない。しかしエラーからの損失は制限されており既知である。

常に想定を超えてくる可能性のある現実に対して、悪いほうの未知の未知に備えるのは軍事の基本ですが、良いほうの未知の未知に賭けるのがイノベーションと言えるかもしれません。後者のことをより正確に言えば、予測可能なコストの範囲内で良いほうの未知の未知が起こることに賭けるというのがイノベーションの起こし方である、というのが彼の考え方です。予測が無理なら、その予測ができないことをうまく使え、ということです。

このイノベーションの方法論を端的にまとめてしまえば「失敗を受け入れろ」という当然のアフォリズムになってしまいますが、ブラックスワンやアンチフラジャイルの議論を踏まえた上で考えると、失敗を受け入れることのメリットが確かに感じられるようになるのではないでしょうか。

バーベル戦略で超保守的な投資と超積極的な投資を組み合わせる

さて、人間の理解が不完全な以上、大きな害をなす悪いブラックスワンは必ず起こるが、同様に大きな利得をもたらす良いブラックスワンもまた必ず起こる、というのが Taleb の立場です。

そこで Taleb はその両方のブラックスワンに対応する戦略として、「極端に保守的な投資と極端に投機性の高い投資を組み合わせ、中ぐらいのリスクは一切取らない」戦略=バーベル戦略を取ることを推奨しています。この戦略では結果的に中程度のリスクを取ることになりますが、悪いブラックスワンにも良いブラックスワンにも良い形で晒されており、悪いブラックスワンに対処できるようになっているのがこの戦略のポイントです。たとえばその割合は、超安全な投資に 85 - 90%、超積極的な投資に 10 — 15% 程度、と言われています。

http://www.fool.com/investing/general/2015/07/18/retirement-planning-high-yield-investments-with-an.aspx

この戦略を取ることで、極端に安全な投資側に関係する悪いブラックスワンが起こっても積極的な投資資源は残り、そして超積極的な投資によって予測不可能なほどのリターン(良いブラックスワンの出現)を期待できるようになります。あるいは、安全な投資側で悪いブラックスワンが出たときの保険を、超積極的な投資資源側で投資しておくことなどもその一つの方法です。

15% 側の積極的な投資においては、ベンチャーキャピタル流のポートフォリオを組むのが良いのではないか、と Black Swan の中で書いています。ベンチャーキャピタルはかなりリスクのある投資を数十社のスタートアップに対して行い、そのうちの一社でも当たればすべて OK というビジネスだからです。そしてそうしたビジネスモデルでも、スタートアップは非対称的な利得を生むのでベンチャーキャピタルのビジネスはきちんとワークしています。

大学をアンチフラジャイルにする:バーベル戦略とイノベーション論の応用

このバーベル戦略とイノベーションの理論とを組み合わせることで、大学は経済的な富という観点で抗脆弱(アンチフラジャイル)性を身につけられないかと考えています。

具体的には、大学のリソースの 10–15% 程度はボトムアップのイノベーションのほうに賭けること。そしてもしその尺度が富であるのであれば、「予測不可能な富を生み出す可能性のあるものに賭ける」ということです。

Taleb 自身は、予測不可能な富を生み出すものの一つとしてスタートアップを挙げています。つまり大学は、予測可能な範囲でのリターンしかもたらさないような企業との共同研究やスモールビジネスでの起業ではなく、予測不可能なリターンをもたらす可能性をティンカリングしているスタートアップに投資、あるいは育成することで抗脆弱性を身につけられるのではないかと思っています。(スタートアップに与する人間なので多少ポジショントークが入っているかもしれませんが、個人的には本当にそう信じています)

あるいは尺度が富ではなく知識の産出であれば、DARPA のようなプロジェクトマネージャーとなる研究者に大きな裁量を持たせて失敗を許容するような予算を提供する、ということが一つのやり方かもしれません。

つまり大学を知的にかつ財政的にアンチフラジャイルにするということは、convex tinkering を行えるようなスタートアップや、あるいはそれ以前の「予測不可能なリターンをもたらすかもしれない」プロジェクトのティンカリングにある程度の予算を充てる、ということが一つの策として考えられるのではないかと思います。

もちろん人間は損失回避の心理があるため利得より損失を嫌います。さらに日本は恥の文化があるせいか損をすることが苦手と Taleb は指摘しています。しかしその損を肯定しなければイノベーションは生まれません。そしていかに損を肯定するか、というときに、このアンチフラジャイルの議論は損をすることの重要性を理論的にも気持ち的にも勇気づけてくれるものではないかと思います。

本当に可能なのか? 逆にスタートアップが研究領域に入り込み始めている

では大学がスタートアップという「良いブラックスワン」に賭ける、というアイデアは本当にワークして、アンチフラジャイル性を獲得できるのでしょうか? 過去の事例と現在進行形の事例を見てみます。

Google は Stanford University に $337M (約 350 億円) の特許収入をもたらしたとされています。それは他の特許という試行錯誤の中で、予測不可能なほどなリターンをもたらす特許がたまたま現れた結果です。

しかし日本ではそんなスタートアップが出てきていません。そこそこの大きさのビジネスは出てきていますが、世界規模のビジネスは近年出現していません。その理由の一つは、利得を非対称的なほどに予測不可能にするための、世界規模でビジネスを独占できるスタートアップを出すことが現状難しく、そのような機運もないのが一つの理由ではないかと思います。

ただ、アンチフラジャイル性を獲得するには、短期でのほどほどの成功はあまり意味がないどころか、むしろそれは悪い指標になります。アンチフラジャイルの考え方が示唆するのは、短期で確実なほどほどの成功をスタートアップを通して生むべきだという考えでも、単に起業を増やせばいいという考えでもなく、

  • 予測可能なコストの範囲で行われる数百、数千の試行錯誤を通して
  • 世界規模の変化と独占を見据えた、数千億円規模の非対称的な利潤を生むようなスタートアップ/プロジェクト

のみを(利潤という観点では)支援する必要があり、マインドセットをそのように変えていかなければならないということです。アンチフラジャイルの考え方は、そのような視座やセーフティネット、convext tinkering が必要ということを示唆しているように思います。もちろん個人の生き方もあるので強要はできませんが、ブラックスワンの起きうる世界に最適化するにはこうした賭け方が有効であると思われます。

スタートアップが大学や研究機関を作り始めている

一方でスタートアップが研究機関を立ち上げている、という新しい潮流にも目を見張るべきだと考えています。

古くは Microsoft Research は Microsoft の潤沢の利益の中からコンピュータサイエンスの発展のために作られました。なかば Bill Gates の趣味だったと聞きますが、今ではトップの研究機関として名を馳せています。

最近では Uber による CMU の研究者約 40 人の引き抜きが話題になりました。

また Google では、その潤沢な予算を X (旧 Google X) という大博打の研究開発プロジェクトに投下して日夜研究開発をしています。ちなみにこの X では、研究開発の方法として正しい失敗が奨励されています。合言葉は Kill Our Project (プロジェクトを殺そう) です。

また 2005 年に設立され、Dropbox や Airbnb を輩出したことで有名な、スタートアップの養成機関である Y Combinator は、いまや MBA やビジネススクールを破壊していると言われるようになりました。YC を端緒にしたこうしたアクセラレータービジネスは、わずか 10 年の間にビジネスの教育機関としての地位を確立しました。まるで破壊的イノベーションのようにです。

さらに Y Combinator は YC Research という研究機関を 2015 年に立ち上げました。ここでは Elon Musk らと Open AI を研究したり、ベーシックインカムを研究したり、本日 (5/12) 発表された HARC (Human Advancement Research Community) という組織では Alan Kay といった重鎮たちとコミュニケーション、ツール、メディア、社会システムなどを研究するそうです。最初はあくまで少人数のプロジェクトとして始まった Y Combinator が 10 年でこうした研究機関を立ち上げるに至ったのは、スタートアップという形態が生み出す利潤の非対称性を見事に表しているのではないかと思います。

これらはスタートアップという形で、非対称的な利益を得ることができたから始まった教育機関であり研究組織です。これらの事例は、スタートアップという良いブラックスワンをうまく使えば、大学もまた強くなれるということを示唆しているのではないかと思います。

逆に大学にアンチフラジャイル性に欠けてしまう場合は、もしかするとこうしたスタートアップたちに大学という研究教育システム自体が破壊されてしまう、ということがありうるのかもしれません。教育費の高騰や無料のオンライン授業などの背景要因も相俟って、大学というシステムにとっての悪いブラックスワンが突然出てくる可能性もある、そしてそれを予測できない、というのがブラックスワンやアンチフラジャイルが教えてくれることなのではないかと思います。

研究者のキャリアをアンチフラジャイルにする

最後に、研究者のキャリアにも同様に脆弱性が潜むこともあります。しかしバーベル戦略をこれについては別の記事で書いたので参照して下さい。

幸い大学には世界で勝ちうる技術の種が多数あり、スタートアップの共同経営者探しに最適です。そして積極的にリスクを取ることのできる若者がスタートアップハブには必用なので大学が必要、と Paul Graham も述べています。

そうしたアドバンテージを活かして、研究者も自分の時間というリソースの 15% 程度を超積極的な投資に向けておくことで、いざ自分の研究分野に悪いブラックスワンが現れて、ポジションクローズの憂き目にあった時にも何とかなるキャリア戦略を構築できるかもしれません。