未来の仮説としてのスタートアップ

Taka Umada
12 min readJul 12, 2016

Peter Thiel いわく「賛成する人がほとんどいない、大切な真実」を知っていることがスタートアップをするときの鍵だそうです。そしてすべての起業家は「今から 10 年から 20 年先に、世界はどうなっていて、自分のビジネスはその世界にどう適応しているだろうか」「誰も築いていない、価値ある企業とはどんな企業だろうか」と自問するべきだと著書の Zero to One の中で言っています。

これらを統合して考えれば、スタートアップとはある意味において「世の中のほとんどの人が信じていない、世界の未来に関する仮説」ということになるのではないでしょうか。

そして未来の仮説に自分自身の資源(お金や時間)を賭け、かつその未来の仮説が正しいのであれば、スタートアップには莫大な富が手に入ります。

起業家が信じている、普通の人には信じられない未来

実際、一部の起業家と話すとき、彼らは「近い将来、世界がこうなるはずだから、今こういうことをしている」といったようなストーリーを喜々として語ってくれます。

もちろん大企業もカンファレンスなどでそうした未来を語ります。しかしそれはあくまで現在の延長線上の未来予測が多いように感じます。一方でスタートアップの人たちが話す未来は、今から当然のように予測できる未来ではなくて、少し意外性のある未来だったりします。

たとえば今から 10 から 15 年前、「たくさんのよく知らない人たちが編集する辞書が、世界で最も参照される辞書になる」と予想した人は何人いたでしょうか。あるいは「人は世界を旅するときに、他人の家の空きスペースに泊まるようになる」なんて未来を想像できた人は果たしてどれぐらいだったのでしょう。少なくとも当時の私は想像できませんでした。もしくは「10 年後、インターネットとつながったタッチスクリーンのあるスーパーコンピュータを一人一台以上持つようになる」というのも想像できませんでした。(最後のものは大企業が行ったものですが)

今の顧客に聞いても分からないけれど本当に顧客が欲しいものを作るときには、そうした未来への想像力が必要なのではないかと思います。だから自分独自の「未来の仮説」を作っていくことは、スタートアップの良いアイデアの一つの源泉となりうるのではないでしょうか。

とはいえ未来を予測するのは非常に難しいことも確かです。あの Paul Graham ですら、未来は考え出す (think up) ものではなく気づく (notice) ものであり、できることといえば変化の兆しに敏感になることだと言っています。そして気づいた後は仮説を立ててみることだ、とも。

ではどうやれば未来に気づき、未来の仮説を立てることができるのか、その方法として Andreessen Horowitz の Chris Dixon や Y Combinator の Paul Graham が書いている、幾つかの方法をここで紹介しておきます。これは先日の逆説のスタートアップ思考のスライドに書けなかったものの一部でもあります。

1. 賢い人達の週末の過ごし方が 10 年後の普通になる

10 年後のアイデアを見つけるために、今のスマートな人々(ハッカーなど)が週末何をしているか観察すると良いと言われています。これはそうしたスマートな人たちが週末を使って、「ただ面白いから」やっていることが、10 年後皆がやっていることになる(かもしれない)からです。

たとえばパーソナルコンピュータのムーブメントは Homebrew Computer Club などといった、頭の良いオタクたちのクラブ活動から始まりました。インターネット、特に WWW も主にアカデミアの頭の良い人たちがやっていたことが一気に広がったものです。オープンソースといったような、数年前は趣味でしかなかった活動も、今やビジネスとして成立するようになっています。

お金のリターンを目的にしているビジネス寄りの人たちは近視眼的になりがちです。一方、スマートなエンジニアは自分たちのお金や時間を使って、短期的なリターンを求めず、ただ楽しいものを作ります。そしてそのただただ楽しい物が将来のビジネスのシーズとなります。だから賢い人達が週末に趣味でやっていることに注目すべき、というのがこの論です。実は同様に Paul Graham も、未来に気づくためにはアイデアよりも人、特に病的なぐらい活気に溢れていて独立心旺盛な人に目を向けるべきだと言っています。

その意味で、賢い人々のそばにいることが優れたアイデアの源泉となりえます。もしくはそうした賢い人々が欲しいと思えるプロダクトを提供すればいい、ということです。あるいは自分が賢い部類の人間だと思うのなら、自分の欲しいものを作ればいいのかもしれません。

2. Idea Maze (アイデアの迷路) を描く

Idea Maze とは Stanford で起業家教育を行っている Balaji Srinivasan が提唱した方法です。彼は起業家に、起業のアイデアを考えるときには「鳥の目」で見てみることを勧めています。

えてしてエンドユーザーはまるでひとつの会社が勝つための確実な道があったかのように歴史を振り返りますが、しかし実際はそうではない、と彼は言います。実際には、様々な会社が様々な試行錯誤を行って、様々な会社が間違った道を選択して死に絶え、そして最後に一社だけが残ります。

だからこれから未来に挑戦する起業家は、アイデアのどの道が成功し、そしてどの道が確実な死を招くのかを、歴史やアナロジーを用いて俯瞰図を描くことで、より良いアイデアを見つけることができるようになる、というのが彼の論です。

そこでアナロジーとして用いられるのが迷路 (maze) です。たとえば Google が Gmail を作ったのは、検索エンジンでお金を得る方法が分かった後であって、最初からメールサービスを作ろうとしていたわけではありません。それは Gmail に至るにはアイデアの順路があったということを意味しています。

またかつては行き止まりだった迷路も、新しいテクノロジが出るとドアが空く可能性があります。たとえば iPhone が普及して初めて Pandora は成り立つ、といったように。その隠れたドアを見つけるためには、ユニークな洞察が必要とも指摘されています。

https://spark-public.s3.amazonaws.com/startup/lecture_slides/lecture5-market-wireframing-design.pdf

ではこうした俯瞰図を描くために必要なのは何でしょうか。Chris Dixon は以下の 4 つをヒントとして挙げています。

  1. 歴史:過去ダメだった試みや良かった試みから学ぶ
  2. アナロジー:類似ビジネスから学ぶ
  3. 理論:アカデミアや起業家、投資家の理論から学ぶ
  4. 直接的な経験:仕事などを通した起業家の直接の経験から学ぶ

一例として、Chris Dixon が描いた AI スタートアップのための Idea Maze を見ると勉強になると思います。

3. 専門性を磨き、他の専門性を身につける

Paul Graham いわく、起業家精神といわれる要素のうち、本当に重要なのは、問題領域における専門性とのことです。これにはいくつかの理由があります。

ひとつは最新の技術を知っていることで、新たに解決できる問題にいち早く気づくことができるという点です。特に技術が変化しやすいハイテク領域においては、かつて実現不可能だったアイデアが既に可能になっていたりします。

指数関数的に性能が上昇していたり、コストが下がっている領域は、一般の人が気づかない間に一気に変化しており、恐らくその急激な変化に真っ先に気付けるのは専門家です。たとえば、音声入力が急激に盛り上がっていて音声データが増えているので、10 年後には音声検索が重要になると予測してスタートアップの領域を選ぶといったようなものは一例として言えるかもしれません。

そしてもうひとつは、専門性を他のドメインに適用することで新たな問題が解決できるかもしれない、という点です。

なので Paul Graham は、Computer Science 専攻の人が起業したい場合は、アントレプレナーシップの講義などは取らずに、他のドメイン(例えば生物学)の講義を学ぶことをお勧めしています。ど異様に、ソフトウェアやハードウェア企業のインターンに行かずに他の領域のインターン(たとえばバイオテック企業)に行けばいい、と書いていたりします。

もしくはエクストラな授業などは取らずに、とりあえず物を作れ (just build things) と言っています。

ただし、スタートアップにしようとしてものを作るのは premature optimization、つまり早過ぎる最適化だと言っています。「ただモノを作れ (just build things)、できれば他の仲間と」。それがスタートアップのアイデアを得るための、特に学生向けの Pual Graham からのアドバイスです。

あるべき世界の仮説としてのスタートアップ

自分や少数の仲間だけが信じている未来の仮説をもって世界に挑めるのは、ある種の人たちにとっては楽しいもののようです。スタートアップに関わる人たちが前向きなのは、その見つめる方向はそれぞれ違うにせよ、全員が未来を志向しているからなのかもしれません。

そしてたまたまこの記事を書いている時に、TechStars の Brad Feld が「次にあった時には、あなたの会社が 2025 年にどうなっているかを教えてほしい」という記事をアップしていました。

ここ数年は短い期間の変化に我々は目を向けがちだった、と Brad は反省し、そしてそれは起業家にとって危険である、と彼は警鐘を鳴らしています。起業家が本来考えるべきなのは、日、月、四半期、年、そして 10 年である、と。

だからいろんな人に 2025 年の未来について、どんな未来の仮説を持っているのか、聞いてみると良いのかもしれません。そして普通の人の答えと、起業家の人の答えを聴き比べてみるときっと面白いのだろうなと思います。

最後に、Peter Thiel の言葉を引用して、記事を締めさせていただきます。

未来を正確に予測できる人などいないけれど、次の二つのことだけは確かだ。未来は今と違う、だけど未来は今の世界がもとになっている。 — Peter Thiel

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Taka Umada

The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein