起業家はリスクを極力取らない

最近立て続けに「起業家はリスクを取らない」と書いている本を読みました。アントレプレナーという単語の原義が「リスクを負う人」という意味にも関わらず、です。

Originals という本の中では、起業に専念せず本業を続けた起業家は、本業を辞めて起業に専念した起業家よりも失敗の確率が 33% 低かったという研究結果が引用されています。これが正しければ、リスクを嫌っている起業家のほうが成功しているということです。

そしてビリオネアを調査した PwC の本でも、特段ビリオネアにリスクを好む傾向は見られなかったと言います。

例として、ビリオネアとして有名な Bill Gates を見てみます。彼は Microsoft を始めるために Harvard を中退した、と各所で喧伝されています。しかし実態としては、学部二年生で Microsoft の事業を開始したあとも一年間学業を継続していたそうです。しかもその後事業に本腰を入れる時も、休学という選択肢を選んでいました。つまりいつでも Harvard に戻れるようなオプションを残していたのです。

起業家は極端にリスク選好的な面が強調されがちですが、あの Bill Gates ですら実際はそうではなかったといいます。Originals では似たような最近の事例として、Warby Parker がリスク回避型のスタートアップも紹介されています。

ただし、起業家はリスクの取り方が少し異なる

様々な研究から、「起業家のリスクの取り方は普通の人と同程度」という結論にはほとんど異論がないようです(研究1, 2)。(むしろ起業家はリスク回避型が多いという調査結果もあります)

ただし異なる点があるそうです。それは成功した起業家はリスクの選び方が普通の人とは少し異なっているという点です。つまり彼らはトータルとしてリスクの多寡は普通の人と一緒のようですが、どうやらそのリスクの取り方が人とは少し異なるようです。

その特徴的なところとして、特に以下の 3 点を紹介します。

  1. 起業家はリスクのポートフォリオ管理をする
  2. 起業家はタイミングを待つ
  3. 起業家はリスクを相対的に評価する

1. 起業家はリスクのポートフォリオ管理をする

成功する起業家はリスクのポートフォリオを持っている、つまり、ある分野で危険な行動を取るのであれば、別の分野では慎重に行動することで、全体的なリスクのレベルを相殺しようとする傾向があるようです。たとえば、確実な収入源や資金源をどこかに用意しておいて、安全網がある段階で危険な賭けをする、といったような行動を取ります。

視点を変えてみれば、これは「ある分野において安心感があると別の分野でリスクを取れるようになる」とも考えられます。

こうした戦略は、以前紹介した

といったところとつながってくるのではないでしょうか。

ただしここでの注意としては、常に中程度のリスクを取って中間に留まるということではなく、低いリスクで身長になる部分と高いリスクで危険を冒す部分の両方に振るべき、という点です。安全なところは極端に安全に振り、そして一方で極端に危険な賭けを行う、というスタイル、つまりバーベル戦略的なポジションを取ることが起業家的な視点では推奨されます。

たとえば保険局に勤めながら前衛的な作品を書いたカフカや、特許庁に勤めながら相対性理論の構築を行ったアインシュタインなどは、こうした戦略の好例と言えるかもしれません。

お金の一部、たとえば85%から90%をものすごく安全な資産に投資して、残りの10%から15%はものすごく投機的な賭けに投じ、中位のリスクを一切とらないようなバーベル戦略の図。http://www.barbellstrategy.com/2014/07/why-barbell-strategy.html

逆に言えば、仕事という部分で極端なリスクを取っている起業家は、人生のその他の部分ではリクスを極力取るべきでない、と言えるのかもしれません(その意味で記事タイトルをつけました)。

2. 起業家はタイミングを待つ

リスク選好的な人はとにかく一番乗りすることに執心ですが、しかし成功する起業家は、適切なタイミングまで待ち、参入する前にリスク分散のバランスを取るようです。

たとえばソフトウェアのスタートアップを調べた研究では、VC が話題にしているようなホットでトレンドの市場に起業家が急いで参入すると、そうした起業家の会社の生存率や成長確率は低いことが分かっています (Pontikes & Barnett, 2014)。逆に、市場の過熱が過ぎ去ったころまで待てた起業家や”悪い”時期に参入した起業家は成功の確率が高くなるとのことです。

これは Peter Thiel の言う、Last Mover Advantage につながってくる部分もあるように思います。

3. 起業家はリスクを相対的に評価する

普通の人は損失回避性が強いので、今あるものを失うリスクのほうを恐れます。しかしビリオネアはどうやらそうではないようです。ビリオネアは今あるものを失うリスクよりも、チャンスを逃すリスクのほうを恐れるそうです。具体的に言えば、今あるお金を失うリスクを避けるのではなく、将来の可能性を逃すリスクを避けることが、ビリオネアにとって重要だと判断されます。

また傍からリスキーに見える行動の多くは、情報の非対称性で説明できるそうです (From Predators to Icons)。たとえば、そのビジネスで大きく儲かる可能性が高いことを起業家が知っていれば(あるいは信じていれば)、それを知らない人から見てリスキーなものに見えてもそのビジネスを行うことを決断できます。

つまり、より多くリスクを取るのではなく、人とは違うやり方でリスクを選ぶのが起業家だ、ということです。

起業家のリスク管理と投資家のリスク管理

VC は大きなリスクを取って「オール・イン」する起業家を求めます。彼らは複数のスタートアップに投資することによってリスクのポートフォリオ管理をしているので、個々の起業家にはオール・インしてもらったほうが良いと判断して、起業家に「オール・イン」を推奨するのはとても合理的です。

ただ、起業家側が投資家の言い分を鵜呑みにして、最初から不必要なリスクを背負うのは少し考えたほうが良いようにも思えます。ただでさえアイデアという面では極端なリスクを背負っているのですから尚更です。

とはいえ、投資家の言うとおり、起業家にもいつかは自分のリソースをオール・インするタイミングが来ます。でもそれは最初からではなく、プロジェクトがうまく行けば起業してオール・インする、といった余裕のある(スラックのある)時間軸を持つのも良いのではないでしょうか。そしてオール・インするタイミングが来たと思った段階で投資家のところに相談する、といった手法を使ってもいいのではないかと思います。

実際、Andreessen Horowitz のようなきちんとした投資家は、リスクの玉ねぎ理論などを解説するように、リスクをうまく排除する起業家を求めています。その意味で、起業家はリスクをうまく取り除く人が向いているとも言えます。(ただしそうした真っ当なエグゼキューションの基盤には、クレイジーなアイデアや技術が必要だとは思います)

妥当性の論理を用いたリスクの取り方

ではどのように起業家はリスクを取るべきかどうかを考えるべきでしょうか。ひとつ、Originals からリスクを取る時の良い判断の基準を紹介して終わりたいと思います。

Originals によれば、「どう行動すれば最高の結果が得られるだろうか」という結果の論理に従った場合、必ずリスクを取るべきでないという理由が見つかるそうです。そういう思考回路を用いた場合、リスクを取れなくなります。

だから本当にリスクを取るべきかどうかは、「自分のような人は、こういう状況ではどうするべきか」と考えること、つまり自分がどういう人間であるか、どういう人間になりたいのかを決断の基礎にすることで、自分にとって正しいリスクが取れるかどうか判断できるとのことです。これを著者の Adam は妥当性の論理と呼んでいます。

起業家の皆さんが、普通の人とは違う、適切なリスクを選択できるようになることを願います。

参考

http://www.mikasashobo.co.jp/c/books/?id=100576800 (Originals の提言はフリーで見れるのでお勧めです)