合理的な B2B 市場での “不合理な” スタートアップ的アイデア

逆説のスタートアップ思考では、スタートアップのアイデアについて「一見不合理なアイデアを選ぶほうが合理的」とまとめています。そのまとめに対してよく受ける質問としては、「合理的に購買の意思決定が行われる B2B 領域で、不合理なスタートアップのアイデアは通じないのでは?」というものがあります。

もちろん、書籍で紹介しているスタートアップの考え方の中で、B2B でそのまま使えない考え方もあるとは思いますが、一部の考え方は使えるのではないかと思います。特に、

  1. 面倒な仕事を選ぶ
  2. 急激に変化する技術を使う
  3. 誰もが気にしていない問題に気付く

という点は、B2B のスタートアップにも使えるのではないのかなと思っています。

1. 面倒な仕事(や難しい仕事)を選ぶ

面倒な仕事を選ぶこと、Paul Graham はこれを Schlep Blindness (lionfan さんによる翻訳) と呼び、スタートアップの例として Stripe や Flexport を挙げています。

地味すぎる100兆円スタートアップ』という Flexport に関する記事の中で、Paul Graham は Flexport を以下のように評しています。

「彼らは運輸の自動化に挑戦している」とPaul Grahamは賞賛する。「そこから生まれるエネルギーのポテンシャルを想像してみてください。世界経済の15%です。そして残りの85%の足かせとなっているのが、この部分なのです。この分野における進歩はとても遅いために、運輸の自動化によって生まれるエネルギーはいっそう大きくなります。そして、Flexportはみずからの望みをすべて叶えている。なぜなら、schlep blindness(面倒な仕事の無視)によって皆がこの事実から目を背けていたからです」。
ある業界に内在する面倒な問題を避けるあまりに、イノベーターが大きなチャンスを見逃してしまうことを表す「Schelp Blindness」という言葉は、Graham自身がつくりあげた造語だ。Schelpはイディッシュ語で「退屈な旅」を意味する。
Flexportは、起業家が退屈に見えるビジネスに切り込むことで実現した成功の見本となる例だ。Petersenは文字通りに、また比喩的にも「退屈な旅」を好機と捉え、フレート・フォワーディングの世界に新しい風を吹き込んだ。どんなに退屈に見えたとしても、カエルとキスをすることで、カエルが王子に変わることもあるのだ。

こうした面倒な仕事や大きな課題をあえて選ぶことで実はスタートアップが簡単になるというのは、Y Combinator の Sam Altman が何度も何度も繰り返し「スタートアップの反直観的なこと」として挙げています。

以下は最近の Startup School の Lecture 01 からの引用です。

簡単な会社よりも難しい会社を立ち上げることのほうが簡単です。ほとんどの人、特に若者たちは、あまりにも野心的ではない、あまり難しくないものを選びがちです。会社を設立するのは本当に難しいことです。だから最も簡単な課題を選ぶのかもしれません。しかし実際には、会社を設立するのは常に難しいので、あなたが何をしようと同じぐらい難しいのです。
もしあなたが難しい会社を始めれば、熱心な人達を奮い立たせることができます。もし汎用的な人工知能や超音速飛行機、原子力発電を作るような場合は、他の派生的なアイデアに取り組むよりも多くの人が興奮してくれます。簡単に見える会社よりも、難しい会社を始める方が簡単だというこの考えは、スタートアップの大きな秘密の一つだと思います。こうした例は何度も何度も見てきています。(スタートアップの始め方とスタートアップを始める理由 (Startup School #01 翻訳)

こうした面倒で難しいアイデアを選ぶことは一見不合理に見えますが、スタートアップのチャンスがあるという意味では、とても合理的なアイデアの選択になるのではないかと思います。

2. 急激に変化する技術を使う

かつてクラウドや SaaS という言葉がなかった時代に、Salesforce が「No Software」という標語を掲げてオンラインでの CRM を徐々に広げていったのを覚えていらっしゃる方もいるかと思います。その当初は多くの人が「B2C ならまだしも、信頼性の必要な B2B のソフトウェアがインターネット経由で提供されるとは思えない」と思っていたはずです。

かつての Salesforce のロゴと標語

ただその後、インターネットの急速な普及はコンシューマだけでなくビジネス職一般にも広がり、今や SaaS の B2B スタートアップが大量に生まれています。

現在、可能性がある領域として Sam Altman が best guess として挙げるのは機械学習です。実際、機械学習の急速な進歩の波に乗って DeepMind が Google に買収されて AlphaGo で注目されるだけではなく、Google のデータセンターの電力削減など、実利的にも有効活用されています。

たとえば機械学習の進歩により、音声認識の精度が上がってきています。こうした急速に進歩したり普及したりする技術が刺さる領域を探せるのは、顧客に近い場所で改善のサイクルを回せるスタートアップだからこそではないかと思います。こうした急速に変化する技術を使う、というのは B2B でも B2C でも同じはずです。

http://www.slideshare.net/kleinerperkins/2016-internet-trends-report/118-KPCB_INTERNET_TRENDS_2016_PAGE118Machine

あるいは技術の変化だけではなく、クラウドソーシングやフリーランスなどの働き方の急激な変化や、コードをネット上に置いても問題がないという慣習の変化、ビジネス環境の変化などが、B2B 領域でのチャンスともなるように思います。

3. 気付く

B2B の領域において、Slack や Symphony はメールの一部のコミュニケーションを代替しました。しかし、こうしたソリューションが出てくる前にメールシステムの問題に気付いていたのは当時その一部だったでしょうし、それがチャットという形で解決できると思っていた人もほんのわずかだったのではなかったでしょうか。

こうした問題や課題に「気付く」というのはスタートアップのアイデアを探すときに使える考え方の一つだと言われています。

専門領域で気付く

気付き方のひとつとしては「専門性」が挙げられます。たとえばクラウドで HPC 環境を提供する Rescale は、もともとボーイング787のプロジェクト中に必要になったツールが発端でした。しかしボーイングはそのツールへの投資を見送り、その結果、創業者たちはスタートアップを始めることに至ります。これはまさに B2B の領域で「気付いた」例と言えそうです。

彼らがそうした課題に気付けて、さらに解決策としてツールを作れたのは、創業者たちがその領域の専門性があったからです。Paul Graham は Stanford の講義でもこのようにまとめています。

起業家精神といわれる要素のうち、本当に重要なのは、問題領域における専門性だ。 ラリー・ページが検索についての専門家であったようにね。 そして検索についての専門家になる方法は、外的な動機のためではなく、 本物の好奇心に動かされることだ。(起業の前に — Before the Startup — 、日本語訳:Shiro Kawai

現状を疑う

Paul Graham は How to Get Startup Ideas の中で、現状を疑うことを示唆して、しかも Slack が出て来る前にメールの問題点について指摘しています。

あなたがスタートアップのアイデアを探しているのなら、現状を当然のものとして受け入れることの効率を犠牲にし、物事に疑問を抱く必要がある。
・受信トレイが溢れているのはなぜだろう?
・たくさんの電子メールを受け取るか、もしくは受信箱から電子メールを取り出すことが難しいためなのか?
・なぜそんなに多くのメールを受け取るのか?
・メールを送信して解決しようとしている問題は何か?
・それらを解決する良い方法はないのか?そして、あなたの受信トレイからメールを取り出すことがなぜ難しいのか?
・なぜあなたはそれらを読んだ後に電子メールを残しているのか?
・受信トレイは最適なツールか?
(翻訳:『How to Get Startup Ideas』 — いかにスタートアップのアイデアを得るか

このように現状に疑問を呈すること、それは B2B の領域においても重要な「気付き方」のように思います。

ドラッカーが『イノベーションに対する最高の賛辞は、「なぜ、自分には思いつかなかった」である』というように、誰もが気づかずに自分だけが持つ気付きが B2B の領域にあれば、それがきっと良い B2B のスタートアップのアイデアになるはずではないでしょうか。

最後に

ただ、スタートアップのプロダクトのような、最先端で実績がないものを最初に使ってくれる顧客はほんの一部であることは変わりなく、本当に良いアイデアであっても、多くの合理的な意思決定者は採用を見送ることになると思います。

この部分は B2C のアイデアでも同様になかなか難しいと思うのですが、よく受ける質問だったので今回記事にまとめてみました。

参考

Show your support

Clapping shows how much you appreciated Taka Umada’s story.