「情熱を育む」ための環境を自らデザインしよう

植物が育つためには、光や水、二酸化炭素といった環境が必要です。植物は大地に根を張り、それらを吸収しながら効果的に栄養へと変えるプロセスも持っています。植物はまるで自然と育っていくようにも見えますが、必要な環境が揃っていなければ育つことはありません。要素の一部が不足していれば育ちは遅く、根も張れず、枯れてしまうこともあるでしょう。

植物と同様に、子供を育てるのも大変です。たった二人の両親だけで育てていこうとするのは困難を極めます。だから彼らを見守ったり、何かを教えたりすることを私たちだけの負担にしないように、私たちは子供たちにとっての祖父母の近くに住んで育児の応援を頼める環境を作ったり、保育所を使おうとしたり、地域でのコミュニティ活動に参加したりして、子供が育ちやすい環境を整えることも多いはずです。

同様に、私たちの興味関心を情熱へと育て上げていくためにも、それを支える環境が必要なのではないかと思っています。

たとえば誰かがコンピュータに興味を持ったきっかけは、たまたまコンピュータが中学校にあったおかげかもしれません。それが情熱へと育っていった理由は、周りにコンピュータ好きな友達がたまたまいて、しかもたまたま良いバイト先に恵まれたからかもしれません。

コンピュータに興味を持つ Bill Gates と Paul Allen とたまたま中学校にあったコンピュータ https://www.pinterest.jp/pin/146578162857206458/

あるいは先生や誰かが「よくできたね」と褒めてくれたから、友達に頼られたから、未踏ジュニアのようなコンテストやプログラムに入ることができたから。理由は様々あるかもしれませんが、興味が情熱へと正しく育っていくためには、その興味を育む環境が必要です。そうでなければ、その興味関心は情熱へとなる前に枯れてしまいます。

自分の中に生まれた初期の興味関心や好奇心は、種子や子供のように脆いものです。そしてそれなりに育った後も、情熱が勝手にどこかに歩いて行って、事故にあってしまうかもしれません。

「情熱を育もう」というのは実は「情熱を探そう」よりも難しいことを言っている面もあります。だからせめて私たちは、誰かが新しい興味関心を持って何かを始めようとしている時には、「いいね!」と言ってあげたり、見守ってあげることが大事ではないかと思っています。

ただ誰かのそうした言葉や支援を待っているのは、子供ならいざ知らず、私たち大人にとっては少し他人任せすぎるように思います。

私たち大人は、それを他人任せにせず、私たち自身で興味関心を育ててくれる環境を選び、身を置き、環境をデザインすることができるのではないでしょうか。そうすることで、私たちは小さな興味関心を徐々に燃え上がる情熱へと早く効果的に育てていける(あるいは興味関心を諦め、早く次の興味関心に移れるようになる)のではないでしょうか。

もともとこの一連の記事は「やりたいことが見つからないのですが、どうすればいいでしょうか?」という、学生の皆さんがよくする質問に対する回答やアドバイスとして用意したものです。

情熱を探すのではなく、情熱を育てよう」が一つのアドバイスです。二つ目のアドバイスは「情熱は技術だから学べる」です。これらのアドバイスにとどまらず、それらをどうやれば少しでも行いやすくするのかについて考えてみることに意味はあるように思います。

だからもう少し踏み込んだアドバイスとして、本記事では「情熱を育て学ぶために、自分の環境を少し変えたり、他人のために環境を作ったりしてみよう」ということをお勧めしたいと考えています。

環境が人を作る

大前研一は、

人間が変わる方法は3つしかない。
1つ目は時間配分を変えること。
2つ目は住む場所を変えること。
3つ目は付き合う人を変えること

と言っています。うち後者二つは「環境を変えること」を指しています。

また『大衆の反逆』で有名なオルテガは別の著書で、

私は、私と私の環境である

と書いています。私は、私自身だけでなく、私の周りの環境によって形作られる、ということです。

彼らの言う通り、私たちは良くも悪くも環境に大きく左右されてしまう弱い生き物です。であれば、その弱さや脆さを活かして、環境をうまくデザインすることで、私たちは私たちの望むような生き方ができるはずです。

近刊ではそうした環境の作り方を 4 つの P という形で整理しました。それぞれ、

  • 場所 (Place)
  • 人 (People)
  • プラクティス (Practice)
  • プロセス (Process)

の 4 つの頭文字を取って、4 つの P としています。簡単に解説してみましょう。

場所:どのような場所にいるかによって、人は行動を変えます。たとえば起業家にとってみても、起業の前に小規模な会社にいた人のほうが創業しやすく、また創業後のパフォーマンスが良いという結果が出ています。情熱を共にしてくれる共同創業者も見つかるかもしれません。もし起業に興味があるのなら、スタートアップに転職したりアルバイトをしてみるのは一つの手でしょう。その他にも、NPO やボランティアや副業などで自分が貢献できる場所を見つけて、そこでの貢献を始めてみることも一つの情熱の育て方です。

:一人で情熱を育てられる人はそうそういないでしょう。振り返ってみても、私たちは興味関心を誰かと一緒に育てていくことのほうが多いはずです。また強い情熱を持つに至った起業家でも、意識的に周りに視座の高い人たちを置こうとしている話を聞きます。そうしないと、目の前の仕事に追われて自然と視座が低くなってしまうから、だそうです。

どのような人に囲まれるかで、私たちの興味関心も変わってきます。肥満幸福度も伝染すると言われているぐらいです。熱狂的なジャニーズファンが周りに一人いれば、その情熱に巻き込まれて自分もジャニーズファンになる可能性も高まるでしょう。創造性を高めるためにも、情報を獲得するためにも、人とのつながりをうまくブレンドしていくことの重要性は多くの論文で指摘されています。興味関心を育てるためにも、その種を見つけるためにも、誰と付き合うかという環境を変えてみることは、一つの有効な手段のように思えます。実際、劇的に人生を変えた人たちへの調査では、彼らが人生を変えた理由は特定の出来事ではなく、「自分があんな風になりたい」と思った人々のグループに参加したことがきっかけだそうです。情熱を育てたいのなら、同じ興味関心を持つ人たちのグループに飛び込むのも一つの方法です。起業家にとっては、アクセラレーターもその一つの場所かもしれません。

Dropbox の創業者である Drew Houston は MIT の卒業スピーチで「あなたは、あなたが最も時間を一緒に過ごす 5 人の平均です」と述べています。最近の研究によれば社会運動が起こるティッピングポイントは約 25% の人たちが変わることだそうですが、私たち個人の内面も付き合う人の 20 ~ 25% を変えると変化が起きるのかもしれません。なお Drew Houston は「素晴らしい人々に囲まれることは、才能に恵まれたり熱心に働いたりするのと同じぐらい重要だと学びました」と、自ら身を置く環境の重要性についても語っています。

プラクティス:前の記事にも書きましたが、情熱は技術であり、習練で学べるはずです。そのため練習ができる環境、つまり背伸びして挑戦して、いざ失敗しても何とかなる環境が必要です。学校という場はその一つかもしれません。そのほかにも、たとえば社会保障などのセーフティネットがある環境のほうが起業をしやすくなるそうです(1, 2, 3, 4)。実家が太い起業家が多い理由も、そうした失敗しやすい環境があるからだと見ることができます。

プロセス:John Hattie のメタ分析による、効果的な学習法や教授法を知っておくことで、私たちは学びの多い効果的なプラクティスを実践できるはずです。もし今は興味関心を探索するフェーズなのであれば、時間の使い方などのプロセスを決めておくことで、新たな興味関心を育てる時間をきちんと取れるかもしれません。たとえばハミング博士が金曜の午後に「大いなる考察の時間」を取って細かい作業をしない時間を取っていました。また Atlassian や Google の20% ルールなどであえてゆとりを作ってみることで、新しいイノベーションの種を見つけようとしています。こうしたプロセスを定めておくことは、新しい何かを見つけたり育てたりするためにとても効果的なプロセスです。逆にそうしたゆとりや余裕を生み出すプロセスがなければ、興味関心を探したり、情熱を深めることは難しいかもしれません。

このような 4P を意識しながら自分の周りの環境をデザインすることで、私たちは新しい興味関心を見つけ、そしてそれらをよりうまく情熱へと育てていくことができるのではないかと思います。

こうした環境デザインについては、「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」という江副氏の言葉を借りれば、「自ら環境を創り出し、環境によって自らを変えよ」とも言えるでしょう。

他人が情熱を育てられる環境を作る

残念ながら、自らの環境をデザインできるようなゆとりを持っている人はそう多くないかもしれません。しかしこの一連の最初の記事に「情熱を育もうなら一緒にできる」という話を入れていたように、私たちは自分たちのために環境をデザインするだけではなく、他人が情熱を育てる環境づくりをすることもできます。

この 2019 年の春、東京大学学部入学式の祝辞が話題になりました。その祝辞では、上野先生がこうしたことを述べています。

あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。(太字は引用者による)

冒頭でコンピュータに情熱を持った人の話をしましたが、私たちが今持つ興味関心や情熱も、周囲の環境が励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそ、ここまで育て上げることができた、と見ることができないでしょうか。

たとえば誰かが興味関心を見つける機会を提供し、それを育める環境を提供すること。そして情熱を傾ける練習ができて、失敗をしても受け止められる環境を用意してあげること。そうした環境を提供することは、私たちが誰かの情熱を一緒に育てていくことができる一つの方法ではないかと思います。

それは大義を持つスタートアップを立ち上げて、情熱を持つきっかけを与えてあげることかもしれません。働きやすい会社へと変えて、そこでの企業文化を良くすることで、新しい何かを見つけるためのゆとりを与えることもできるでしょう。

アソシエーションやコミュニティを作ることかもしれません。そこで新しい人のつながりを提供することができます。パットナムが『われらの子ども』で推奨するように、学校の課外活動に参加させてもらい、アドバイスを提供することも一つの方法でしょう。

私自身、学生の誰かが情熱の種を見つけ、それを育てる機会を提供できないかという思いで、授業やコンテストという形で様々な機会を提供し、仲間と出会えるようなアクティビティを交えながら彼らが彼ら自身で情熱を育てられるような環境を整えているつもりです。

卒業生向けには、最近は FoundX というアクセラレーターのような場所も提供し始めました。

また『成功する起業家は「居場所」を選ぶ』という本を書き、主に起業家向けの環境――どのような Place、People、Practice、Process を用意すると成功しやすくなるか――について共有させてもらいました。この本はアカデミックな知見を活用しながら書いたつもりなので、個人の環境作りや集団の環境づくり(会社の文化作りやコミュニティ運営)でも参考になる部分はあるのではないかと思います。興味があれば是非読んでみて下さい。

「私は、私と私の環境である」という言葉に続いて、オルテガはこうも述べます。

そしてもしこの環境を救わないなら、私をも救えない

良い環境を作ることは誰かのためにだけではなく、きっと自分のためにもなるはずです。

自分の情熱を育みつつ、自分の情熱をうまく従える技術を学びながら、もし少しでも余裕があるのなら、他の人のための環境や機会を作る側にもまわる人が増えれば、そしてさらに多くの人たちが良い情熱を持てるようになれば、それはきっと誰にとっても、社会にとっても良い結果につながるはずです。

だからこの記事を通して、自分の情熱のための環境デザインだけではなく、他人のための環境デザインをしていく人が増えてくれることを願っています。

まとめ

この記事で何度か引用してきたプラネテスの主人公は、その漫画の終盤に「この力(※愛)の使い方 もっとうまくなりたいんだ」と述べています。

私もそうなりたいと願う、まだ道半ばの一人です。でも昔に比べて少しずつうまくなっている気はします。だから情熱や愛の使い方にもっとうまくなるために、日々のプラクティスを通して、皆さんと一緒に引き続き学んでいければと思っています。そして今を生きる誰かや、これから生まれる誰かのためにそうした環境が用意できるよう、自分なりに自分の持ち場に貢献したいと思います。長い GW が明けてからもお互い頑張りましょう。私も頑張ります。