「情熱を探そう」というアドバイスはもうやめよう

Taka Umada
May 4 · 22 min read

(2019/5/5 追記:続編の『「情熱に従う」よりも「情熱を従える」ことの難しさと、それを乗り越えるためのプラクティス』という記事を書きました。5/6 追記:続々編の『「情熱を育む」ための環境を自らデザインしよう』という記事を書きました。5/9 追記:引用の必然性を満たしていないという指摘があったため、該当の画像を削除しました)

2005年のスタンフォード大学の卒業スピーチで、スティーブ・ジョブスは仕事について「たまらなく好きなことを探そう (You’ve got to find what you love)」と説きました。そして彼は「まだ見つけていないのなら、探し続けよう」と続けます。言い換えれば、情熱を傾けられる仕事を探そうと、大学を卒業して社会に出ていく学生たちにアドバイスをしています。

https://news.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505.html

一方で、スティーブ・ジョブスのような起業家をゲストとして講演にお招きして、学生の皆さん向けに話をしていただいた時、学生から最も頻繁に出てくる質問は、

「やりたいことが見つからないのですが、どうすればいいでしょうか?」

というものです。異なる起業家が来るたびに、その質問は繰り返されます。それに対して「探すしかない」「色々試してみよう」「自分の情熱や感情に従おう」というのがゲストからのよくある回答でした。

私もかつてそのような言葉をかけたことがあるかもしれませんし、皆さんも若者のキャリア相談に乗った時にそうした言葉を告げたことがあるかもしれません。

ジョブスのスピーチのあった2005年から15年ほど経ち、今もまだそのやり取りが行われ続けています。見方を変えれば、「情熱を探そう」「情熱に従おう」といった回答があまり効果的ではない、ということかもしれません。それらの答えは、学生の皆さんの行動変容につながっていない、あるいは探しても見つかっていないから、「やりたいことが見つからないのですが、どうすればいいでしょうか?」という質問が繰り返されている、と見ることも可能です。

そう考えると、この間に私たちがアドバイスに進歩はあったのだろうかと、少し忸怩たる思いを感じます。だから学生の皆さんのその疑問に対して私たちの回答をもう一歩進んだものにできないか、つまり情熱を「どのように」探せばいいのかに答えることや、仕事における情熱 (passion) に関しての知見を深めること、そしてそもそもその「やりたいことが見つからない」という質問について問い直すことなどができないか、と考えていました。

昨年発売された The Passion Paradox という本を読んでみると、これらの疑問に対する良いまとめになっていると感じました。そこでこの記事ではこの本を主な参照先としながら、

  • 情熱を見つける vs 情熱を育む

といった対立軸をあえて作りながら、情熱の見つけ方に対する一つの回答である、「情熱は見つけるのではなく育むもの」ということについて述べていきたいと思います。

情熱は育むこともできる

仕事や趣味における「やりたいことが見つからない」という言葉は、結婚や恋愛における「愛するべき人が見つからない」という言葉に似ています。情熱と愛とは似ているのかもしれません。だからまずは愛に関する言説を参照してみましょう。

映画や小説では「運命の人」を見つけて苦難を乗り越え、幸せになる二人が描かれます。そうした物語では、運命の人と出会うと、一瞬でその人が運命の人だと分かり、二人はたちまち恋に落ちるシーンが描かれることも多くあります。

しかしそのようなことが起こるのでしょうか。『愛するということ』で、フロムはこれを愛に関する誤解の一つだと指摘しています。

愛には学ぶべきことなど何一つない、という考え方の底にある第二の前提は、愛の問題とはすなわち対象の問題であって能力の問題ではない、という思いこみである。愛することは簡単だが、愛するにふさわしい相手、あるいは愛されるにふさわしい相手を見つけることはむずかしい――人びとはそんなふうに考えている。

しかし私たちにとって、愛の対象を探したり、結婚相手や愛する相手を見つけたりすることが難しいのではなく、能動的に愛するという技術を身に着けることこそが難しいのだとフロムは述べています。

私たちは最愛の何かを見つける物語を好みますが、しかし現実ではむしろ愛することを学ぶことが重要だというのが彼の弁です。

情熱においても同じことが言えるのかもしれません。私たちは情熱を探すのではなく、情熱を育てる技術を育むべきだと。

The Passion Paradox の著者の一人は、仕事へのどのような向き合い方が情熱を生むのかの研究をしています。彼らはキャロル・ドゥエックらによる Implicit Theory や Fixed Mindset と Growth Mindset などの概念を参照しながら、

  • 情熱に関する Fit Mindset (Fit Theory)
  • 情熱に関する Developing Mindset (Develop Theory)

とを区別しています

Fit Mindset の人たちは最初から直観的に情熱を持てるような活動や職を見つけることによって幸せを得られると信じています。一方、与えられた仕事などで情熱を耕すように育てる人たちは、情熱を develop — 開発していくこと、あるいは育くむことを重視する Develop Mindset の持ち主です。そして Fit Mindset のほうが 78% と大多数だそうです。

では両者のどちらがフィット感を持って仕事に取り組めていたでしょうか? 正しい情熱を見つけられた人のように思えるかもしれません。しかしこの研究では、時間が経てばどちらも同程度になる、という結果が出てきました。

https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/0146167215596988

最初こそ Fit Mindset の人たちのほうが仕事へのフィット感を感じていましたが、Develop Mindset の人たちは次第にその仕事へのフィット感を増しています。

さらにフィット感だけではなく、他の情熱や職業への満足度、主観的なプロとしての成功や年収を見てみると、どちらの群も同レベルという結果でした。

つまりどちらの人たちも仕事に情熱を持てており、しかも同じぐらいの成功をしていました。

https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/0146167215596988

ここから言えることは、私たちには情熱の傾けられる完璧な仕事を「探す」以外にも、情熱を徐々に「育む」という選択肢があるということです。

完璧な情熱を最初から見つけるというやり方もあれば、情熱を育むというやり方もあり、いずれの方法を取るのであれ、私たちは情熱を傾けられる仕事を最終的に見つけられるようです。

これは愛における恋愛結婚とお見合い結婚(取り決め婚)の研究にも近いものを感じます。

インドのラージャスターン大学の1982年の研究で、どちらの結婚のほうがルービンの恋愛尺度(「夫/妻には何でも打ち明けられそうな気がする」「あの人なしでいるのはとてもつらい」といった項目)で、恋愛感情の強さを測りました。このスコアの満点は91点です。その結果、平均を取ると取り決め婚のほうが、時間を置いた後には恋愛感情が上という結果が出ました。

取り決め婚で結婚したパートナーは、ここから愛情を育て上げていかなければいけないという前提だったのでしょう。一方、恋愛結婚の場合は「自分たちはぴったりフィットしているから、愛は自然と育っていく」といったような油断があったのかもしれません。

これはシーナ・アイエンガーの『選択の科学』にも取り上げられている有名な研究の一つです。これもまた完璧な愛を見つけるか、愛を育むのか、どちらのアプローチのほうが良いのかの参考になりそうです。

(なお、2012年に行われた、アメリカに住むインド人を対象にした研究でも、お見合い結婚 (arranged marriage) と恋愛結婚の満足度の差は見られなかったことが報告されています)

ジョブスは上述の卒業式のスピーチで「素晴らしい仕事をするための唯一の方法は、自分がしていることをたまらなく好きになることだ (the only way to do great work is to love what you do)」とも述べています。

そのために私たちは愛や情熱を「見つける」だけではなく、「育む」という方法があることを知っておくべきなのでしょう。

「情熱を探す」ことが悪影響を及ぼすとき

むしろ情熱を探し、追い求めようとすることは悪影響をもたらすかもしれない可能性がドゥエックら (2018) によって示唆されています。

彼女らの研究によると、Fixed Mindset の人たちは、情熱が見つかれば無限のモチベーションが生まれることを信じていますが、困難を予測することはあまりせず、実際に困難やチャレンジングなことが起こると、容易に興味を失ってしまうことが示唆されています。さらに Fixed Mindset の人たちは、自分の興味関心以外の領域に対してオープンではない傾向にあるそうです。

つまり「自分にぴったり合う情熱があるはずだ」という思い込みによって、彼らは探索の幅を狭めてしまう傾向にあるのです。

一方で彼女らの研究では、Growth Mindset の人たちは新しい領域に興味を持つ傾向にあり、また困難が待ち受けていたとしても興味を拡大し続けることができる、としています。

The Passion Paradox でも同様の傾向が述べられています。Fit Mindset の人たちは、

  • コンフォートゾーンから抜け出て新しい何かに挑戦することを諦める傾向にある
  • 短期的な喜びを重視しがちで長期にわたる成長や開発の機会を犠牲にしがち
  • ミッドライフライシスに陥りがちであり、継続的な情熱を見つける可能性が低い

ということが指摘されています。

(なお、Growth Mindset についての再現性の問題の現状について述べておきます。「Growth Mindset を持っている人のほうが学業成績が伸びる」とされていましたが、Growth Mindset 化への介入に関するメタアナリシスの結果、一部の対象者を除いて非常に弱い効果であったことが指摘されています。つまりマインドセットの学業成績への効果については再現性の問題が指摘されており、疑義挙がっています

私たちが「情熱を探そう」とアドバイスするとき、個人にぴったりと合った情熱がどこかにあるはずだ、という暗黙の前提を置いています。しかしそれは Fit や Fixed を前提とする考え方です。

そして「やりたいことを見つけるにはどうすればいいですか」という質問に対して「情熱を探そう」と回答することは、学生の皆さんを Fit や Fixed な考え方を促してしまうことにもつながりかねません。上述の研究に従えば、むしろそのアドバイスは逆に、彼らの興味関心を広げることを阻んでいるのかもしれません。

「情熱を探そう」というアドバイスの裏には、情熱を持っていることなら追い求めるのは簡単だ、という前提も置かれています。

ただ実際には、情熱を持てることを見つけたとしても、つらいことや挑戦的なことはたくさん待ち受けています。たとえば起業家の皆さんは日々困難に消耗しながらも、自分のビジネスに情熱を持って粘り強く取り組み続けていて、どのような情熱を持とうと、粘り強さがカギとなります。

しかし「情熱を探そう」と言われた人たちは、何か情熱らしきものに取り組んでいるときに困難が起こると、「こんなに苦しいということは、これは自分の探している情熱とは違う」という風に判断してしまうようになってしまうことが、上述の研究では示唆されています。

さらに「情熱を探そう」というときには、初期の感情的な体験を重視することにもつながります。初期の感情に重きを置くと、初期の過剰な感情的高揚を促す偽の宗教体験などに有利になりがちです。

決して初期に感情的なものが悪いというわけではありませんが、しかし本来、腰を据えて取り組まなければいけない仕事にこそ本当に価値のあるものも多いはずです。その道を容易に閉ざしてしまうのであれば、「情熱を探そう」というアドバイスはあまり良くない結果となるはずです。

ときには情熱を探そうとして原体験のようなものを探してしまうこともあるかもしれません。しかし多くの場合、それは自分探しと同様に失敗に終わるか、もし見つかったとしてもそれは Narrative Fallacy (人が後付け的に物語を構築したりでっち上げてしまう傾向のこと。Narrative Bias とも講釈の誤りとも)の可能性も高いでしょう。人は自分自身の歴史すら物語化したり、単純化したり、分かりやすくしたい欲求に駆られがちです。また柄谷行人が指摘するように、原体験という原因が事後的かつ遡及的に構成されるにすぎないことも多いのではないでしょうか。

もちろん本人はそう思わず、「自分の中の真実(原体験)を見つけた」と思うかもしれませんし、原体験のようなものが実際にある人もいるでしょう。仮に錯覚であっても、それが行動を駆動するのであれば一つのやり方なのかもしれません。ただ「自分には立ち返る原体験がない」と悩む人を出してしまうのも、この手法の危うさです。

多くの人の場合、何か一つの体験が自分のすべてを構成するほど、人生は単純でも分かりやすくもないはずです。だからそうした一つのものを見つけようと努力を促すよりは、情熱は育て上げていくことができるのだ、ということをもっと伝えていくべきではないでしょうか。そうすれば「自分には立ち返る原体験がない」と悩む人も少なくなり、そして悩む時間を育てる時間へと変えていくことができるはずです。

「情熱を探せ」というのは一種、質問者に対して責任をすべて負わせる言葉のようにも聞こえます。情熱は自分の中にしかないものなので、他人は探すのを手伝えず、自分で探すしかない、と突き放してしまうような、そんなニュアンスです。確かにそういう面もあるのかもしれませんが、せっかく周りに私たちがいるのであれば、私たちも彼らのために何か一緒に取り組むことができてもいいのではないでしょうか。

一方、「情熱を育む」のであれば、私たち自身も何か手伝えるニュアンスを持ちます。情熱が生まれるかもしれない畑を一緒に耕し、情熱の芽を一緒に育んでいくことができます。たとえばそのための機会を提供したり(たとえばコンテストなど)、応援したりすることもできます。私たちは誰かと関係しながら情熱を育んでいけるはずですし、積極的に関係してくこともできるはずです。

<もともと画像のあった部分:引用を満たしていないということで削除しました>

だから私たちは「情熱を探そう」ではなく、積極的に「情熱を育んでいこう」、あるいは「もしよかったら、一緒に育んでいこう」とアドバイスをするほうが良いのではないかと考えています。

そうすることで、大げさな自分探しのような隘路にはまることを防いだり、様々なことを探索することのきっかけを与える機会になるのではないかと思います。

情熱ではなく、ちょっとした興味を見つけて、それを育もう

The Passion Paradox では、情熱を育むべき対象を見つけるためにも「バーを下げる」ことがお勧めされています。

最初から完全に自分にフィットするような、自分にとって完璧な情熱を探すのではなく、バーを下げてちょっとした興味関心や知的好奇心を探してみること。そしてもしその興味関心を気に入ったのなら、少しずつ試しながら育てていくこと。そしてどんな好きな仕事であっても、時には困難や挑戦が待ち受けていることを予想しながら、努力の成果ではなく、できればその努力のプロセスが好きになれるようなことを見つけること。そしてもちろん、その興味関心が自分に合わないと判断したら、次の興味関心の種を育てること。

そして情熱を見つけるために大騒ぎをするのではなく、新しい経験に対してオープンでありながら、静かに探索をし続けるための時間やゆとりを与えてあげることや、最初はちっぽけな好奇心でもいいんだと自分を思いやってあげるよう勧めることが、私たちがしてあげられる最大限のアドバイスなのかもしれません。

そして振り返ってみれば、それは若者へのアドバイスだけではなく、30代や40代に入ってからも必要なことなのではないかと思っています。

私たちはどんな年齢になっても常に新しい興味に種をまき、育み続けることが必要ではないでしょうか。自分の中の情熱の炎がいつ切れてしまうとも限りませんし、情熱を向ける先が社会に求められるものからずれてくることもあります。私も今は私の40代を費やすに値する、新しい興味関心を探し始める時期のように思い、少しの時間を取りながらスタートアップ支援とは別のことに取り組み始めています(気が早いかもしれませんが)。

そんなちょっとした興味関心を見つけるための探索の戦略や方法については、新刊の『成功する起業家は居場所を選ぶ』にも書いています。「探索と深化」「バーベル戦略」「秘書問題」など様々なやり方があるかと思います。

エフェクチュエーションのように、許容可能な損失の幅を決めておいて、その範囲で試してみることも一つの手かもしれません。WOOP 等を用いて細かな行動計画を決め、それに取り組んでみる(週に1回は新しいことをしてみる、等)ことなどをやってみても良いでしょう。一度すべて書き出してみることも、しばしばお勧めされる方法です。

そして何か好奇心が持てるものを見つけたら、最初から自分のすべてを賭けて取り組むのではなく、最初は今の日銭を稼ぐ職業を持ちながらサイドプロジェクトとしてやってみることをお勧めします。起業家に関する研究でこのようなものがあります。日銭を稼ぐ仕事をつづけながら、ステージがある程度越えたらフルコミットするようなステージプロセスを経た起業家のほうが、33.3% も失敗しづらくなるという結果も出ています。

人々は起業家が背水の陣で事業機会に飛び込むような物語を好みますが(投資家もそれを望むでしょうが)、実はリスクマネジメントをしている起業家のほうが成功していることは、Adam Grant の『Originals』でも語られる通りです。

それでも興味関心を探せない、という人にとっては、自分が貢献できるところから情熱を育み始めてみると良いかもしれません。

ベストセラーである『HARD THINGS』の著者であり Andreessen Horowitz の共同創業者である Ben Horowitz は、コーネル大学の2015年の卒業スピーチで「情熱に従うな (don’t follow your passion)」という卒業スピーチを行いました(『HARD THINGS』編集者の日経 BP 中川ヒロミさんの解説)。

https://a16z.com/2015/05/28/some-career-advice-for-all-you-recent-graduates/

彼は情熱に従うのではなく、自分が最も貢献できることに従うべきだ (follow your contribution) と述べています。そのために、自分の得意なことに集中したほうが良いというのが彼の弁です。

そして Follow your passion というアドバイスはあまりに自分中心的過ぎることについて警告しています。むしろ、他人を助け、貢献することに目を向けるべきだと言います。私たちは、自分自身の Passion ではなく、他人への Compassion (思いやり) から始めると良いと言えるかもしれません。

実際、研究によれば、task significance(他人の生活にどれだけ影響が与えられるかといった仕事の重要性)は仕事のやりがいにつながり、それが仕事の成果へと繋がっていると示されています (Humphrey, et.al., 2007)。

もし興味関心が見つからないのなら、何か他人に貢献できることから取り組み始めてみることは確かに一つの選択としてありそうです。

パッションクラフティング

ジョブクラフティングという概念が紹介されて長い時間が経ちました。マインクラフトなどでも用いられる「クラフト」とは、職人が手作業で精巧に時間をかけて作り上げることを意味しています。そしてジョブクラフティングとは、主体的に自ら仕事をリデザインし、また仕事場でのインタラクションや関係性といった社会的環境をも自ら主体的に形作ることで、仕事の中にやりがいや意味を見つけ出していく行為だとされています。

このジョブクラフティングから、最近はキャリアクラフティングという言葉も見かけるようになりました。同様に私たちは、自分自身の情熱をクラフトしていく、いわば「パッションクラフティング」が必要なのかもしれません。そして情熱というものが私たち自身の構成要素の重要な一部なのであれば、私たち自身を丁寧にクラフトしていく必要があるのではないでしょうか。

周りのソフトウェアエンジニアの皆さんなどの話を聞いても、最初はゲームやアニメでプログラミングにちょっと興味を持ち、そこからプログラミングを始めて仕事として取り組むうちに天職だと思えるに至った人などの話を聞きます。中にはキーボードに情熱を燃やす人になって、キーボードを自作している人もいます。起業家もまた同様で「ちょっと起業に興味があった」という程度から始めて、徐々に自社のビジョンを固めていったような人たちも大勢います。私自身、現在のスタートアップ支援は、仕事として与えられてから再開したものであっても、それなりに情熱をもって続けているつもりです。

だから学生から「やりたいことが見つからないのは、どうしたらいいのでしょうか?」と質問されたときには、「それはそうしたものだから安心してください」と答えつつ、「少しでも興味関心を持てることや、他人に貢献できることに取り組んで、その中から少しずつ自分の情熱を育てていきましょう。そしてもし私たちの道が交差するようであれば、あなたの情熱を育てることに一緒に取り組ませてください」という風に答えることが、「情熱を探そう」に代わる、今の自分ができる最大限のアドバイスのように思えます。

【5/5 追記】

続編の記事を書きました。

【5/6 追記】

3つめの記事を書きました。

Taka Umada

Written by

The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein