FoundX: エビデンスを活用したスタートアップ支援プログラム

Taka Umada
Feb 27, 2019 · 14 min read

東京大学の卒業生・研究者・現役生向けのスタートアップ支援プログラム(インセプションプログラム)である FoundX では、エビデンスを用いたプログラム設計をしていきたいと考えています。

従来のプログラムの状況

これまでの国内外のアクセラレータプログラムの評判や内容などを聞いていると、その内容は主催者による勘と経験と根性の、いわば「3K」的な構成になっているようです。具体的に言えば、基本的には Y Combinator の形式を模倣しながら、優れたプログラムオーナーが自らの直観に従ってプログラムの構成を決めていく、という形のようです。

しかし Y Combinator の Paul Graham が「スタートアップは極めて反直観的だ」と言うように、直観的に良いと思われるスタートアップ支援の方法が本当に良いかどうかは分かりません。

たとえば最近の研究でも、コミュニケーションを促進するためにオープンオフィスにしたのに、実はオープンオフィスは口頭でのコミュニケーション量を減らす、といった結果が出てきています。直観的に「オフィスをオープンにすれば人同士は喋るだろう」という安直な考えはどうやらうまくいかないようです。

(※オープンオフィスは否定的な研究結果が多く、こうした面を鑑みて、FoundX ではスタートアップに「個室」を無償で提供しています

このように、直観的に正しいと思われるやり方が実はよくない、ということは複雑な課題であればあるほど起こりうるように思います。そしてスタートアップ支援というのは、ある意味複雑で厄介な課題の一つです。

「エビデンスに基づく」領域の拡大

スタートアップ以外の領域を見てみると、近年、エビデンスに基づく医療、エビデンスに基づく政策形成、エビデンスに基づく教育、エビデンスに基づく寄付など、エビデンスを活用した試みがされているように思います。エビデンスに基づく施策を行うことで、限られたリソースを使ってより効果的な支援に振り分けることができるという期待が寄せられています。

そうした背景を踏まえ、FoundX ではエビデンスを活用した効果的なプログラムを設計したいと考えています。

とはいえ、現状では FoundX のかなりの部分がエビデンスのないやり方や、質の低いエビデンスを基にした施策になってしまうでしょう。なので「エビデンスに基づく」と言い切ることまでは難しいと考えています。まだまだ多くの施策は担当者個人の判断によって行われることになると思うので、せいぜい「エビデンスを活用する」程度のものになる想定です。

しかしほんな僅かな部分から始めるとはいえ、様々な研究成果やエビデンスを活用しながらプログラムを設計する、という態度でいることは大事だと考えています。

エビデンスを何故用いるのか

エビデンスを用いることを重要視するのは効果があるから、という理由だけではありません。もう一つの理由は、それが意思決定の透明性を維持することにつながるからです。

エビデンスを用いるという態度は、組織の意思決定を常に反証に開いておくことができる状態を作ることにつながると考えています。それは組織のガバナンスや組織の在り方を左右します。

たとえば弱いエビデンスしかない施策であっても、意思決定のプロセスやその結果を透明化して記録しておき、仮説検証のプロセスを明確化しておくことで、その結果を持って私たちは反省をしてより良い仮説に辿り着くことができます。またこうしたプロセスを経ることで、施策に関する説明責任が果たせます。

一方、エビデンスを用いることには課題もあります。たとえば、エビデンスを無闇に振りかざす危険性や、エビデンスの質に関する疑問、エビデンスの適用範囲の検証、「政策にあったエビデンス」を作る圧力がかかってしまうような傾向など、様々な課題を乗り越えていかなければなりません。しかしこうしたエビデンスをどう使ったか、透明性のある状態できちんと記録することができれば、間違いを犯してしまった時も、反省をすることができます。

エビデンスの蓄積を行いながら、そして時には過去のエビデンスが否定されながらも漸進的に効果的な方法を探すことで、私たちの様々な活動の継続的な改善を可能にし、効果的な活動を実施できると信じています。そしてそのエビデンスに基づくという態度は、今現状の私たちのフェアな説明せ金を果たすだけではなく、将来 FoundX へ関わってくれる人たちへのオープンさへと繋がり、今の私たちの説明責任を最大限に果たすことになってくれるはずです。

つまり、エビデンスに基づこうという態度は、まず組織の透明性と記録がベースとして求められます。そしてその態度は、現在と未来に対しての説明責任を果たすという組織のガバナンスを向上させると考えています。もちろん効果という面でも、将来の間違いに対して開かれつつ反省可能にすることで、再現可能なプログラム設計や、民主的に改善可能なプログラム設計へと繋がっていくはずです。

できることであれば、そうした取り組みや態度をエンジニアリング(主にコンピュータエンジニアリング)を用いて、スケールしていければと思っています。

起業家向けプログラムに関する研究

では実際に、起業家の分野でどのようなエビデンスが生まれてきているのでしょうか。

たとえば、一般的に質の高いエビデンスが提供されるとされる RCT の手法を使った研究成果を紹介してみます。この116のスタートアップを対象に行われたイタリアの実験では、ビジネスモデルキャンバスや顧客インタビュー、MVPやコンシェルジュプロトタイプなどの様々なツールを学んだコントロール群と、さらにそれらに加えて「科学的な仮説検証の手法を身に着けるための科学実験」を行ったトリートメント群を比較しました。

その結果、科学者のように考える手法を身に着けたトリートメント群のほうが、数か月後の事業進捗が良いことが分かりました。つまり単にビジネスモデルキャンバスなどを教えるだけではなく、科学的な仮説検証の方法や思考方法を身に着けてもらうことが大事だ、ということを示唆しているように思います。

また教育の分野でのエビデンスも活用できるような下地が出来上がってきています。例えば私が関わって構成等のアウトラインも描かせていただいた2018年度の東京大学アントレプレナー道場では、メタ分析を使ったジョン・ハッティらの研究成果や、東京大学 Future Faculty Program の内容などを参考にして、教授手法などを選択しました。

ジョン・ハッティの研究だと、たとえばジグソー法やコンセプトマップなどが非常に効果が高いと言われています。他の手法も決して効果がないわけではないのですが、学生の皆さんが同じ時間を使うのなら、より多くのことが学べるような手法を選択したつもりです。

こうした知見をスタートアップ支援のプログラムにも持ち込むことで、より効果的なスタートアップ支援ができるのではないかと思っています。

メンタリングプログラムは効果がない?

メンタリングプログラムやトレーニングは多くのアクセラレーターで、中心的なプログラムとして用意されていますが、「メンタリングプログラムには効果が見られない」といった話も出てきています。この一因として、週に3時間以上使っているようなメンターはわずかだったりする点があるのでしょう。

FoundX では、こうした知見を活かしてメンタリングプログラムにはあまり力を入れない予定です。代わりにサポータープログラムとピアメンタリングに力を入れたいと思っています。

サポータープログラムでは「自分はスタートアップをしないけれど…」という東大卒業生の皆さんに協力いただき、以下のような形でサポートしてもらおうと考えています。

なぜメンターではなくサポーターかというと、潜在顧客のほうがメンターとして良いという報告があるほか、キャリアに関する研究になりますが、キャリアの支援においては「相談のみのメンタリングには効果がなく、むしろ直接的にキャリアを引き上げてくれるような、サポートを提供しているメンターのほうが効果的だった」という報告を踏まえたうえでの判断です。

また今回サポーターは東大卒業生を中心に集めたいと思っています。背景には同じ大学出身の人からの依頼は特に受け入れられやすいという研究もあり、特に私たちFoundXの取り組みと親和性が高く効果的だと考えています。またピアメンタリングの効果についてはこちらの論文ピアコーチングの効果などを参照して判断しました。

また、アクセラレーターは卒業後のサポートが足りないという点も指摘もあるため、プログラム卒業後も支援していけるような仕組みについても実施したいと考えています。

エビデンスを活用する FoundX に向けて

上記に挙げた FoundX の「エビデンスを活用した支援策」はほんの一部です。しかしこうした根拠に基づいて、私たちは戦略を考えていきたいと思っています。実際、私たちのリソースの振り分け方で戦略キャンバスを描いてみると、従来のアクセラレータプログラムとは全く異なるキャンバスが描けるはずです。(たとえばピッチイベント等には消極的です)

スタートアップに関する研究や調査はまだこれからの部分も多く、既にある研究もそのまま私たちの状況に当てはまるとは限りません。私たちが文献を調査し、考えたうえで採用した手法が必ずしも効果的だ、とは言えないと思いますし、私たちの多くの仮説は否定されるかもしれません。しかし仮説が反駁されることで仮説の限界が分かり、また新しい仮説を組むことで、私たちも徐々により良い仮説に辿り着くはずです。

もちろん Y Combinator の手法を模倣したり、スタートアップ向けのツールやデザイン思考の方法論などを活用することが有効な場面もあるでしょう。しかし流行りの方法論やツール、ベストプラクティスと呼ばれる手法を単に模倣するだけでは容易にカーゴカルト的になります(これは自省も込めてですが)。

デザイン思考がカーゴカルトになってしまうという批判があるように、「藁で飛行機の実物大模型を作り、新しい軍用滑走路もどきを作ることで、空から神の恵み(積み荷)が降ってくる」と信じていた人たちがいたように、「デザイン思考やスタートアップの思考ツールを使っていれば、自社の新規事業やスタートアップもうまく行くはずだ」と信じきってしまうのは、決して科学的な態度だとは言えないはずです。

一方、こうした過去の文献を調査しながら、批判的検討を加えていき、意思決定やそのプロセスをきちんと記録していくことは、スピードを是とするスタートアップの支援をする人たちにとってみると、とても面倒に映るかもしれません。しかし難しく面倒な仕事だからこそスタートアップをやる価値があると言われるように、これはチャンスでもあり、大学の周辺で本活動を行う私たちだからこそできることだと思っています。そしてその態度が、ひらかれた社会に必要だとも考えています。

ぜひそうした部分に共感いただける方(複数の領域の論文や文献を読むことを苦にしない方)はスタッフ募集のページなどをご覧ください。

社会科学の知見を活かす、面倒で難しい仕事をしたい人の募集

ここに挙げたような社会科学の知見はアクセラレータを運営していくうえで有効だと信じています。心理学の再現性の問題が取り上げられる中、研究の応用には細心の注意は必要だと思いますが、そうした分野を活用して成果を出すことには、もう一つ目的があります。

それは社会科学系の分野への注目が集まり、いわゆる文系と呼ばれている分野に支援や資金をさらに集めたい、という目的です。

というのも、スタートアップが製品やアイデアを社会実装をしていくうえで、社会の現状を理解するうえで社会科学は重要です。ときには法制度や規範などを含む社会を変えることが、スタートアップに大切になってきます。その時の基盤となるのは、社会に関する知見の積み重ねです。個人的にも、ミッションやビジョンを定めるときに、人文系の蓄積や社会科学の知見にはずいぶんお世話になりました。

人文社会系分野の予算が削られそうになっている今の日本だからこそ、これらの分野の有効性や発展可能性を、スタートアップという産学が交わるフィールドで示せればと思っています(もちろん、有効性だけで人文系や社会科学を測るべきではないとは思います)。

さらにこうした知見を活用ながら、私たち自身がスタートアップの支援の取り組みを研究していくことで、エビデンスを生み出し、学術的なコミュニティに貢献していければと思います。

ですので、一緒にスタートアップのことを研究したい、という方は、私たち FoundX にコンタクトいただければ、もしかすると共同研究などもできるかもしれません。特に東京大学の研究者の皆さんや、東京大学の博士課程の皆さん、東京大学出身の研究者の皆さん、ぜひコンタクトをお待ちしています。特に以下のような領域などを想定します(もっと他の分野の知見が活きるのであれば是非教えてください!)。

できれば現象の研究だけではなく、介入まで興味を持っていただけると大変嬉しいです。

またこれらを実装していくうえで、エンジニアリングをきちんとしていきたいと思っていますので、コンピュータエンジニアリング系の方もご興味あれば是非お話しさせてください。

FoundX のミッションには「By enabling and spreading innovation」という言葉を、ビジョンには「Factory of Innovation」という言葉を用いています。これを実現するために、私たちは上記のように方法論にもこだわりながら、新たな取り組みをしていきたいと考えています。

ミッションビジョン、そして今回の記事に書いたような方法論に共感いただける方は、スタッフの募集をしていることもありますので、ぜひ FoundX のページをご覧ください。少人数しか採用ができないので、ご希望に添えない場合は申し訳ありません。

またサポーターとなって下さる皆さんも、FoundX Supporters Program へ是非ご協力をお願い致します(後日募集開始します)。

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