上海篇1 : ある朝、公安が家に来た。

朝。いつもの様にそろそろ出勤だと思って、コーヒーを飲んでいたらそいつはやって来た。

ブー。ブー。とブザー。すぐに激しくドアを叩く音。香港で知り合った台湾人が投資用に買ったマンション2DK。

上海市浦西地区の中央部にある30階建のマンションの26階。

中心と言っても繁華街でもなく、閑静な住宅街でもない。いくつかの国営企業の工場がある辺鄙な場所だったけどそれなりに安かったのとタクシーに乗ってしまえば何処に行くのも楽だったのでまあいいかなと思って住んでた。

床、壁、キッチンは何だか立て付けが悪くお風呂の水周りも心細かったけど家具はそこそこいいものを入れてくれたいたし、多少ワイルドな方が面白いと思ったし。そもそも駐在員に人気のあるマンションは予算に合わなかった。

製造局路。素敵な地名でしょ。

ここに引っ越す前はシェラトンホテルを長期契約。夜のビュッフェとクリーニングはタダ。カフェもあるし夜にはフィリピンバンドの演奏。きれいなおねーさんも集まるクラブもあり売店では日本の新聞や1週以上遅れの週刊誌も変えた。

ビュッフェやカフェの店員は英語も話すし、毎日掃除してくれるし、とても文化的だったんだけどやっぱり予算的に最初の半年が限界だった。残念。

その辺鄙なマンションの近くには質素な市場があった。何か買えるかなと思って何回か覗いたけれどあの頃の上海はまだまだ勃興期で品数も少なければ品質も良くない。

水も貼っていないタライの中の川魚は、思い出したように時折尾びれをばたんと弱々しく動かし、ネットに入っているのはやせ蛙、吊り下げられているのはどす黒くなった牛や豚の肉だった。

マンションの入り口には夜になるとほっぺたをあかぎれさせた四川省出身の少女がワンタンの屋台を出していて、時たま寄らせてもらった。あの時は美味しいかなと思ったけどそう思い込んでいただけかもしれない。そう言えば水は何処から組んできていたのだろうか。

一杯1元50毛。当時のレートで20円。お腹一杯のワンタンを食べて2元でお釣りはあげていた。ある時、上海の友人と一緒に食べに行っていつものようにお釣りを上げたら、そういうことをしちゃいけないと怒られた。

上海人は他所の省から来た人に冷たい。でもこの時はどちらかと言うと彼らなりにコードのようなものがあって勝手にそんなにたくさんあげちゃいけないよって事だったのかもしれない。面白いね。その彼なんて何度も何千円もかかる日本料理屋で奢ってあげてるのに。

という事でそれなりに牧歌的であった上海の暮らしを楽しみつつあった。段々、仕事ももらえるようになって、先輩、後輩、友達も増えた。

そんなある日の朝だった。

訪問者なんてある訳ないのでこいつは悪い知らせに決まってる。こわごわ、半ば観念してドアを開けた。

開口一番。日本語だった。「わたしはぁ、おまわりさんですぅ。」

へ????と聞くと吉本の芸人のような顔、よれよれのポロシャツに何年も洗ってないようなパンツの男は北京語でまくしたてた。

要はお前はここに住むのに居住許可を取ってないだろ。外国人が許可を取らずに一般のマンションに住むのは法律違反だから警察に来い、という事だった。

うーむ。そう確かに許可は取ってないけどこのマンションは平気だと聞いていたので、ふーん、それって誰から聞いてわかったの?としれっと聞いたら、そんなことお前に言う必要ない、おまわりさんだからわかります、と日本語混じりで言われた。そうだよな。

(当時は外国人は国際的なホテルや一部のマンションであれば居住許可なども不要で簡単に暮らすことができた。裏返せそういう場所では簡単に管理ができるということ。)

今すぐ出頭できるか?

とうとう中国で公安のお世話になるのか、こえー(笑)と思いつつ、ここは適当な態度に出てみる。え、これから会社なんで無理だけど。明日でもいいか?と聞いてみる。なんとオッケー。じゃ、ここに電話してくれと携帯の電話番号を書いた紙切れをくれてそいつは帰って行った。

面倒くさいな、いやだな、怖いなと思いつつ出勤して早速、上海人のアシスタントの女の子に顛末を話す。そいつに電話してもらうと翌日の朝、出頭することになった。

面倒なことになるかな?と聞くと、うーん、そうかもと答える。あの・・お願いします・・・。

翌日訪れてみると公安のある場所はマンションから歩いて5分ほどのところだった。4階建の建物には特に公安とは書いていないがアシスタントは住所から見てここだという。

建物の入り口には鍵がかかっていて中には人の気配がない。裏に回ってみたけれど入れそうにない。2人途方に暮れていたらそいつがぶらぶらと歩いてやって来た。

おはよございますと日本語で言うと口笛を吹きながらドアを開けて僕らを中へ促した。長いテーブルがあって自分は奥に回り、手前側の席に僕らを座らせた。

にやっと笑って、上海語でアシスタントに何か言う。アシスタントがこっちを向いて、とにかく違法だから罰金を払えって、と説明する。

お茶は出ない、当たり前だ。というより僕ら以外に誰もいない。そいつはおもむろに内ポケットからくしゃくしゃの紙を出して広げて声に出して読み始めた。既に調書は出来上がっていた。

彼は読み終わるとアシスタントにその紙を渡して2人で確認して間違いがなければ右、相違ありませんと書いて署名捺印してくれと言った。

自分で何とか読んでみてもアシスタントに聞いてみても、内容としては”正規の登録なしに一般のマンションに住んだ。そしてそれは違法であると認める”ということ以外に特別な事は書かれてないようだった。

署名捺印した。指紋を取られたのはちょっと決心がいったけど。そいつは満足そうにその書類を適当に折りたたんでまたポケットにしまった。

そいつ: にこにこ。僕ら: ・・・・・。

そいつ「罰金800元です。」にこにこ。(当時、1元=14円くらい)

僕(!。思ったより安い)

とっさに思いついてアシスタントに頼んでみた。額が大きくて会社に怒られるから負けてくれとお願いしてみて。アシスタントはかなり一生懸命にかけあってくれた。値切るという行為が好きなんだろうなと思った。

そいつ「うむ、じゃあ、600元でいい。」

僕(!罰金って値切れるんだ!)

罰金は値切れる。なんだかやっぱりそうなんだろうなという気になった。財布から600元を出して彼に渡した。

そいつ「うん。もう帰っていいよ。」

あの。罰金を払った証明書とかないんだろうか?

そいつ「どうしても必要か?」

会社に提出しなけりゃならないし、今後のためにも必要に決まっている。

そいつ「じゃ、これでどうだ」

彼は、机の上にあったメモ用紙に”外国人居住に関する違法行為につき600元を徴収した”とサラサラと書いて投げてよこした。僕とアシスタントは顔を見合わせて、帰ろうと言って建物を後にした。

— — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — —

読んでおわかりのとおりで、彼は私服を肥やしただけだった。面白い事にちょっとはびくびくしていたのに、その後も何の手続きも取らずに住み続けていたけれど、彼は二度と現れなかったし、何も起こらなかった。

中国で面倒な手続きをするよりも、600元くらいで済んだと考えるとなんだかそっちの方が得だったと考えられるかもしれない。

あいつはあの後、何人くらいの日本人にわたしはぁおまわりさんです、とやってたんだろう。

#デザイン #仕事 #海外 #起業 #移住 #マーケティング #コミュニケーション #広告 #アジア #働く #香港 #上海

Show your support

Clapping shows how much you appreciated Ueki Nobuhiko’s story.