演出の言葉

Ryuki Ueno
Nov 8 · 7 min read

※これは2019/11/02(sat)~04(mon)に公演されたMr.daydreamer#4『サロメ』の当日パンフレット用に書かれた文章です。

本日はご来場いただき、誠にありがとうございます。
この「演出の言葉」を読んで頂いている皆さんの多くは、「劇場にはやく着いてしまって、暇だなぁ」と思っているんじゃないかと推測いたします。ですので、ちょっと長めの文章を書いております。開演までのお供になれば幸いです。


『サロメ』を上演することにした。

オスカー・ワイルドの『サロメ』という作品を、皆さんはご存じだったでしょうか?まずは、『サロメ』が生まれてきた時代背景を探ってみましょう。

『サロメ』の話の原典は、聖書にあります。その話の主役は洗礼者ヨセフ(ヨカナーン)でした。そして、この物語の中では「サロメ」という名前は一切出てこず、ヨセフに結婚を反対されて怒ったヘロディア(ヘロデ王の後妻)の娘として登場しています。ヘロディアに命じられるがままにヘロデ王へ踊りを披露し、その褒美として、ヘロディアの助言通りにヨセフの首を求めた少女は、その自我が一切出てこない少女でした。

そんな少女に退廃的なエロスの要素を重ねた時代が、19世紀末だったといいます。サロメがヨセフの首を求めるところに、女性の悪魔的な魅力や、女性の溢れる性欲といったものを見出しました。それは、19世紀がキリスト教的な道徳が崩壊した時代だったことと関連しています。

日本に生まれた私たちには分からないことかもしれませんが、キリスト教が国教となっているような地域では、キリスト教の教えというのは絶対的なものでした。キリスト教が生まれてからの長い歴史の中で、彼らの信仰はもはや当たり前のものであって、それが社会の規範となっているわけですから、キリスト教の教えに背くというのは社会からの疎外と同じなのです。ガリレオがキリスト教義に背いて、科学的に地動説を唱えて処刑されたことも、その根拠として挙げられるでしょう。

そういう前提が崩れ始めたのが、近代という時代です。

産業革命以来、科学が急速に発達し、神様だけを見ていた人々は、人間そのもの(個人)へとその視点が変化していきました。自分自身が何をどう選択するか、職業はどうするべきか、誰と結婚するか、様々なことが「自由」になりつつありました。

そうして徐々に、表現に関しても自由になっていきます。その流れのなかで、「退廃的(反道徳的)」と形容される芸術も登場しました。退廃的な作品は「デカダンス」と呼ばれています。そういった作品は、官能的な表現を多く用いていることが多かったといいます。キリスト教的な道徳観のもとでは、禁欲が美徳とされていましたので、当時はとても衝撃をもって世間に受け入れられました。

そんなデカダンスを創作していた作家の中でもひときわ有名なのが、オスカー・ワイルドという人です。

彼は学生の頃からその文才を発揮し、『幸福な王子』という童話作品で人気作家の仲間入りを果たしました。彼は劇作も始め、上流階級を風刺するような喜劇で、更に人気が伸びていったと言います。彼は全ての事象に優先されるものとして「芸術」を置いた、芸術至上主義の作家でもあります。同時代の哲学者ニーチェもまた、似たような思想を持っていたので、この時代はそういった思想が流行していたのかもしれません。

ワイルドは、徐々に「サロメ」という女性像に惹かれていきます。

それは、この時代に様々な人がサロメを題材とした作品を描いたとと関係があります。「サロメ」を好んで描いた有名な近代芸術家として、ギュスターヴ・モローという印象派の画家がいます。今日で多くの人がイメージするサロメ像を確立したのは、彼だとも言われています(※現在、福岡市美術館で『ギュスターヴ・モロー展 サロメと宿命の女たち』が行われています。素敵な作品ばかりなので、ぜひ足を運ばれてみてください)。モローの描いた「意志を持った女性」としてのサロメ像は、同時代の多くの芸術家にも少なからず影響を与えたことでしょう。そういった近代美術史の大きなうねりの中で、ワイルドもまた自分自身の思い描く「サロメ像」を悲劇として描いたのでした。

しかし、彼の創作した『サロメ』は、フランスで行われた初演から、わずか一週間で上演中止となりました。そのうえ、彼の母国であるイギリスでは上演前から上演禁止の処分を下されました。

彼の描いたサロメ像は、あまりにも退廃的で、キリスト教的な道徳観に真っ向から対立するものでした。また、実はイギリスでは「聖書の人物を、作品に登場させてはならない」という法律がありました。イギリスでは法的に上演を禁止されたのです。ワイルドはその法律を知っていたからこそ、母国語である英語ではなくフランス語で戯曲を書き、フランスで初演を行うことに決めたのだと考えられます。それは、芸術至上主義を貫ぬく彼が行った、世間への挑戦だったのかもしれません。
彼は同性愛者であるということで、裁判を起こされ投獄されることになりました。このスキャンダルによって、時代の寵児であった彼は地位も名誉も失うことになり、彼が愛した男からも捨てられていきました。その姿はどこか、彼の残した数々の登場人物たちの姿にも重なって見えたと言います。もしかしたら彼は、自分自身に降りかかる悲劇をどこかで予感していたのかもしれません。

当時は上演すら許されなかった作品『サロメ』。その戯曲に描かれた「退廃的な美」は多くの人に衝撃を与え、世界中で読み継がれ、何度も上演される人気作となりました。日本では森鴎外がその戯曲を紹介し、当時の日本でも幾度も上演されたほか、後の世で三島由紀夫が『サロメ』という戯曲に衝撃を受け、彼の独自の文学へと発展し、谷崎潤一郎もまたワイルドの作品に影響を受けたと言われています。日本の文学界にも、ワイルドの影はしっかりと残っているのです。

伝説的な作品である『サロメ』を、私たちは女性だけで描いてみようと試みました。それは、ワイルド自身も気づかなったかもしれない、サロメのエロスの先に隠されたものを表現しようと考えたからです。これから約75分、存分にワイルドの世界を味わっていただけたらと思います。

※写真はMr.daydreamer#4にて撮影されたものを使用しています。

    Ryuki Ueno

    Written by

    福岡在住。演出家・脚本家・俳優。Mr.daydreamer・演劇ユニットそめごころ所属。/西南学院大学国際文化学部。/【卒論テーマ】ニーチェ美学から考察する舞台芸術の現在地 / 【次回作】『サロメ』(オスカーワイルド 原作/ 上野隆樹 演出)

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