2012年に発表された「Shut down or restart? The way forward for computing in UK schools 」は、イングランドでコンピュータサイエンス教育が2014年から必修化される一つの大きな原動力になったことで良く知られています。そしてついに今日、必修化後の3年間を総括した、Royal Societyによる5年ぶりの最新レポートが発表されました。

11/24にロンドンでこのレポートに関する討論会が開かれ(レポートの発行が遅れ、本当は先週のものがリスケされました)るのですが、それまでの間に少しずつ、このレポートから日本の「プログラミング教育」とやらは何を学べるのか、考えていきたいと思います。

本当は、オンラインメディアに寄稿する連載の最初の2話が既に書き上がっていて、そこでイングランドのコンピューティング教育の仕組みをご説明してある予定だったのですが、まだ公開されていない…ので、補足を付けながらになりますが、詳しくはここ数日で上がってくるはずの連載をお待ち下さいw

追記 — 以下になります。

いきなり補足ですが、ざくっとイングランドのコンピューティング教育の仕組みを説明すると、2014年9月からナショナルカリキュラムの一部として教科Computingが導入され、5–14歳においては必修(週に1時間程度)、その後に関しては選択必修の様な形(センター試験で必要な人だけ勉強するイメージ)になっています。GCSEやA-levelという単語が以下出てきますが、GCSEは16歳で受けるセンター試験のようなもの、A-levelは18歳のもの、と思って頂ければだいたいのイメージはあっています。

イングランドのコンピューティング教育の現状の概要

However, our evidence shows that computing education across the UK is patchy and fragile. (Royal Society, 2017)

UKのコンピューティング教育は、ツギハギで脆弱だ。Exective Summaryにかかれているこの言葉が、今の状況を端的に表していると思います。まず今回の記事では、いくつか挙げられている問題の概要を先に簡単に説明させていただき、次回以降の記事(もしかすると先述の連載の一部にするかも)で具体的に何が問題になっているのか、詳しく深掘りできればと思います。

  1. 選択科目としてのコンピューティングの不人気

GCSEの全受験者のうち、11%しかGCSEコンピューティングを受験していません。これはつまり、14歳まではコンピューティングが完全に必修化されているので、全員がコンピュータサイエンスを学んでいるのに、14歳以降コンピュータサイエンスを勉強する人がぐっと減っていることを意味しています。とはいえ、まだ必修化されて3年、それまで存在していたOfficeアプリケーションを中心に教える教科ICT(日本もどこかで聞いたことがありますね)が、まだGCSEの科目として残っている移行期間である(多くの学生は、ICTのほうがComputingよりも長い時間履修している)ことは、割り引いて考える必要があるとはあるとはいえ、あまりも少ない数字です。

なぜ、GCSEでコンピューティングを選ばなかったのかという下のグラフを見ると、「興味がなかったから」が女子で55%、男子で38%を占めています。必修化して、興味を持ってもらおうと思ったのにこの結果はつらい… 日本は、こうならないように気をつけたいですね。

なぜコンピュータサイエンスをGCSEで選択しなかったのか (Royal Society, 2017, p.40)

2. 教員へのサポート不足

イングランドでも、急に教科ICTを廃止してコンピューティングを実施をしてしまったため、きちんとしたクオリティを持つ教員の欠如が大きな問題になっています。まぁ、これは教員の側に問題がある、というよりはパイプラインを作る前に走り出してしまった側に問題があるわけで、きちんとしたサポートを提供することが望まれてきました。

このレポートでは、(サーベイの対象者は限られているものの)コンピューティングを教えている現役教員の多くが教えていることに自信がないことを明らかにしています。(とはいえ、連載で詳しくは説明しますが、GCSEやA-levelコンピューティングは本当にレベルが高い、教えるのが難しい科目です。)

一方で、新しくコンピューティングの教員を育成する取り組みも、うまくいっているとは言えません。レポートでは、イングランドではコンピューティングの教員を養成するプログラムの枠に対して、68%しか埋められていないことが明らかになっています。

3. 性別や、住む地域による格差

GSCEにおける、コンピューティングその他STEM科目の男女比 (Royal Society, 2017, p.39)

ジェンダーバランス(男女の性別比)も大きな問題です。先に記した、全体の11%のGCSEコンピューティング受験者のうち、なんと80%が男性で、女性は20%しかいません。これは、他の科目と比べても、ICTとくらべても非常に偏っています。

また、住む地域によってGSCEコンピューティングが授業として存在する確率に大きな差があることもわかってきました。上記、「なぜコンピュータサイエンスをGCSEで選択しなかったのか」では約35%の生徒がGCSEが授業になかったから、にチェックを付けていますが、住む地域やそれに紐付けられる学校の大きさが、GCSEを選択できるか出来ないかに大きく関わっています。

日本では、地域によって学校のリソースにイングランド程の差はないとは思いますが、それでもコンピューティングに対する偏見や、地域人材の欠如は地方に行くほど問題になるのではないかと思います。

4. K-12にフォーカスした、Computer Science Education研究の欠如

世界的にみても、これまでのComputer Science Educationの研究分野の成果は、K-12よりも明らかに大学やその他の専門教育に偏っています。これは、実験をする環境が用意しやすいなど多くの理由がありますが、他の教科と同じように研究とその理論に裏付けられた教え方、カリキュラム、評価の仕方がK-12においても必要です。I think I’m at the right place at the right time!

この他、レポート(とそれに付随する添付資料)には膨大なデータと、学びが詰まっています。英語が読める方は、是非原文を呼んでみてください。

--

--

Yu Ukai

MicrosoftでPMしてOffice LensとかMinecraft Educationとか開発してました/未踏スーパークリエータ/未踏ジュニア統括 製品開発や教育について書きますが、所属組織の意見ではありません。