初等中等教育におけるコンピュータサイエンス教育の目的 — エンジニアの視点から

Yu Ukai
7 min readOct 17, 2016

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文科省によると、今年度中に2020年度から順次実施される新学習指導要領の改訂が行われるようで、それにあわせて情報教育において公教育の枠組みの中で、プログラミングやコンピュータサイエンスをどのように扱うべきなのか議論されています。(以下、中央教育審議会初等中等教育分科会の「教育の強靭化に向けて」より引用)

子供たちに、情報化やグローバル化など急激な社会的変化の中でも、未来の創り手となるために必要な知識や力を確実に備えることのできる学校教育を実現します。

私は、この大きな方向性には賛成で、「未来の創り手となるために必要な知識」の中心としてプログラミングやコンピュータサイエンスは初等中等教育においてもっと大きな地位を占めるようになるべきだと思っています。

一方で、「必要な知識や力を備える」だけで、「未来の創り手になる、なりたいというモチベーションを育む」ことができるのかは大変疑問です。せっかく未来の作り手を育てようと思ったのに、知識や力だけをもってモチベーションがない人を作ってしまっている、ということになりかねません。

そもそも、初等中等教育におけるコンピュータサイエンス教育はどこをゴールにするべきか

情報系学部およびその先のエンジニアという進路を選ぶ・選ばないを自分で選択するチャンスを与える

事をゴールにすべきだと考えています。ちょっと、あまりにもエンジニア視点によりすぎでは?と思う方もいるかもしれませんが、以下に示す高等学校における教育の目標と照らし合わせると、そこまでおかしなゴールではないのではないでしょうか?

社会において果たさなければならない使命の自覚に基づき、個性に応じて将来の進路を決定させ、一般的な教養を高め、専門的な知識、技術及び技能を習得させること。(学校教育法第51条より引用)

もちろん、誰もがエンジニアになるべきとは一切思っていません。それぞれ個性や興味関心がありますので、各自が自分の意思で進路を選択するべきです。

ではどんな体験を授業を通してさせるべきだと考えているか?

人間、知らないものには興味を持ちようがないのですから、まずはやってみる、体験をさせることが大事です。具体的には、プロジェクト型で問題の発見から、実際にソフトウェア開発を通しての問題解決までのサイクルを、体験させるべき、というかカリキュラムの中心に据えるべきです。なぜなら、この体験を通して「楽しい、面白い、もっとやりたい」と思った人こそが、エンジニアの才能があり、未来の創り手になりえるとからです。

プログラミングは、問題を解くツールです。コンピュータサイエンスの知識は、プログラミングでモノづくりをする際に、先人の肩の上に乗ることを可能にします。これらは、エンジニアとして生きる上で間違いなく大変重要な知識・スキルです。

一方で、プログラミング、コンピューターサイエンスを学んで、教科書や誰かに与えられた問題をひたすらプログラムで解くだけで本当に良いのでしょうか?(以下、大学院時代の同級生、落合くんがプログラミング教育について語っている記事から引用)

落合: プログラミングができるだけでは、やはり大したアドバンテージにはなりません。それよりも、何をやりたいかを考えることのほうが大事だと思います。

落合: 人間にしかできないことは、そういうことです。コンピュータに代替されて、人間のやることがどんどん少なくなっていきますが、それがどこまで進んでも、コンピュータには「モチベーション」がないんです。「何を作りたい」「こんな社会を実現したい」というモチベーションこそ、人間にしか持ちえないものですね。

私はこの意見に大賛成で、何がやりたいのか考える、どんな問題を解決してどんな人を幸せにしたいのかを考える力を育むことのほうが、重要だと思っています。

だからこそ、初等中等教育においては、プログラミングやコンピュータサイエンスを学ぶだけではなく、実際に自分で作りたいモノ、解きたい問題を考えて実際に開発する、という時間を持つべきです。ゲームでもアプリでも絵本でもなんでも良いと思います。その中で、実際に自分で使う、もしくは他人に使ってもらうことで、ソフトウェアがいかに人類を幸せにできるのか身をもって知り、より多くの知識を吸収したいというモチベーションを、ひいては未来の創り手になりたいというモチベーションを育むことができるのではないでしょうか。

実際に、「情報Ⅱ(仮称)」のカリキュラム案では、課題研究という形で実際に問題の発見、解決に取り組むという提案がなされているようです。ただ、情報Ⅱは「発展的な内容の選択科目」という形になっており、現状の「情報の科学」と同じくどこまでの学校が選択科目として提供をするのかは不明です。できれば、小学校の段階から段々と大きな問題を解く事ができるように、段階を追ってプロジェクト型の授業ができると良いですね。

情報科新科目のイメージ(案)より

「どう作るかではなく何を作るか」

今年の夏から、未踏プロジェクトのOBが運営している社団法人未踏を運営母体として、未踏ジュニアという小中高生向けのミニ未踏プロジェクトを始動しています。これは、民間の塾等でプログラミングを学んで「どうやって作るのか」を知る小中高生が増える中で、「何を作るのか」に対してアドバイスを得る場所がないことに危機感を持ったからです。

「どうやって作るのか」を教えるのは簡単ですが、「何を作るのか」を「教える」ことは不可能です。それぞれの人のそれまでの歩み、学びがモチベーションになるので、正解はありません。一方で、「何を作るのか」を考えるときに、人は「今持っている知識をベースとして何が作れるのか」と考えてしまいがちです。未踏ジュニアは今年が1回目の取り組みで、まだまだ始まったばかりですが、「どんな問題を解決したいのか」をしっかり聞いた上で、どんな方法が考えられて、それぞれどんなアドバンテージ・ディスアドバンテージがあるのかを一緒に検討し、何を作るとその問題が一番効率よく、インパクトのある方法で解決できるのか、小中高生の皆さんと議論できる場所になれば良いと思っています。今年、第1回目の成果報告会、11/23に都内のどこかでやる予定です。4組の中高生が6月から取り組んできたプロジェクトが、どんな形になったのか、興味がある方は連絡ください。

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Yu Ukai

MicrosoftでPMしてOffice LensとかMinecraft Educationとか開発してました/未踏スーパークリエータ/未踏ジュニア統括 製品開発や教育について書きますが、所属組織の意見ではありません。