キリスト教とユダヤ教の聖書を読んだ

先生のリストを消化していて、聖書にぶつかったので読むことにしました。やっと読み切った……長かったです…
せっかくインターン(全部不合格で)いけない暇人なので、本を消化するのにもってこい!(※読む理由の参考)
※注意
細心の注意をはらいましたが、失礼な言動が多いかもしれないので、見ないことを推奨します。
(本当に自分の思ったことを書いてますので[←戻る]推奨)
【読んだメンツ】
- 創世記
- ヨブ記
- 新約聖書 福音書
「聖書」というアプリを入れて読みました。あのアプリは読みやすくておすすめです。(アプリ名が直球)
宗教系は例によって例のごとく「ありえるのかわからない」面白さと、人間の脆さを垣間見えます。
ありえない!と思うと内容が頭に入ってこないので、物語だと思って読むことにしました。
ユダヤ教、キリスト教系聖書
創造神(唯一神)とは?
→世界を作った人、おそらく各宗教における道徳の軸的イメージ。結構簡単に自分が気に入らなければ地球をクリーンにするし、人間たちの言語統一を滅茶苦茶にするし、神なのに短気で人間らしい面がある点が(神という価値観を根底から覆すところが)面白い。結局は自分の軸から離れたら悪で、要は自分の道徳を正義だと思ってるから、結構この聖書における創造神はかなり人間的で視野が狭そうと思った。万能なんて有り得ないよ、相手が神といえど「他人に(自分の)夢を押し付けてはいけない」。神が万能ならヨブがあんなに不幸にならないで済んだよね。
ちなみに、聖母マリアに処女妊娠させた張本人らしい。もしかしたら、創造神って5次元くらいの世界に存在するこの世界のプログラムを作った理系プログラマなんじゃないかなぁという感想。(そうするとなんか自分より次元の低い女の子に処女妊娠させるのも納得)
キリストとは?
→2000年前にいたらしい逸話の残る創造神の息子。マリアが処女妊娠をして生まれた。「神託者」のようなポジションで、志は全人類を救い出そうだが、現実問題は神を信じないメンツは助けないのではないかと思われる。死んでから三日後に生き返ってるらしい話だし、リアリティは薄いが神の子っていうのだからそういうことなのかなぁとも。流石にユダのこと、2000年たった今も未だに恨んでいるわけではないと熱く信じている。(信者たちユダのこと嫌いすぎでしょ…)
聖母マリアとは?
→処女妊娠とかいうパワーワード製造機。うら若きときに、神に気に入られたのか処女妊娠した。創造神に見初められたのだろうか(?)なんかマリアの旦那が可哀想。親としては、子どもを宗教家という『ビジネス的には最強の職業』へ行かせた教育でも施したのだろうか?
ユダとは?
→教祖を売った人とされる。12番目の使徒にいたはずなのに、気づいたら1人自分のポジションを奪われた挙句、13番目の使徒として、不吉な人間になってた人。裏切ったあと、自分は汚いと思ったのか、イエスを訴えた懸賞金(?)も使わないで、すぐに自殺してる結構潔癖な部分がある。罪を許す的なノリの宗教な割に、ユダのことを2000年も許してないのが何とも言えない。
ノアとは?
旧約聖書の方に出てくるおっさん。寿命が中々に人間離れしている。すごく素直な人らしいけど、なんか色々とクレイジーに見える(私だけ?)
酒に酔って全裸で寝てた(※自分のせい)ところ、息子のカナンくんが全裸を見てしまい、それを言われた兄二人が見ないで布をかけた場面で「カナンよ、呪われろ!」は流石にひどい親すぎる。息子のことを愛して。兄二人は弟いじめをしてる感じではないのだろうか…
アダムとイヴとは?
→旧約聖書でりんごの実を食べて知恵がついてしまった方々。ヨブをいじめたあのサタンくんが、何も知らないアダムとイヴに「You!りんご食べちゃいなYo!(※言い方は違う)」と言ったからある意味素直なので食べた。彼らが食べなければ人間は死ぬことなかったのに!的なストーリー展開を生んでいる。多分彼らが、神の作り出した人間の処女作だから美男美女か不細工二人組のどちらかだと予想。
ヨブとは?
→神を恐れている人(神を信じている)。だからこそ、自分はいつも正直であろうとし続けている。それ故に悪魔に見つけられては、自分の財産なくすわ、自分の体が不自由になるわ、正直に生きてるのに散々な目に合う。それでも神にたてつく気はなく、正直に生きようとする。聖人すぎて頭が上がらない。
サタンとは?
→いじめっ子。ひねくれてる。アダムとイヴにりんごを食べさせて、神が彼らにキレて人間の寿命を作り上げたり、ヨブくんの財産と身体を奪ったり正直に言ってやべえ奴。イエス相手には「神の子なら石をパンにしろ!」とか「テメー人間じゃねえって名乗ってるんだし、ここ(めっちゃ高いところ)を飛び降りろよ」みたいなスタンス(まあでも気持ちはわかる)
結局何が言いたかったのか?
創世記の場合
- アダムとイヴとノアの方舟というにわかの知ってるワードの逸話
- 神を信じると何とかなる
- 割礼は痛い(させられるらしい?)
- イスラエルが出てくる(Sanctuary!)
- 当時は『世界のエジプト』だった様子が見える(文化的背景かな?)
- イスラエルくん、爆誕
- 処女は祝福される(素晴らしいもの)
- ストーリーが中々に理不尽(『神』がいなかったら投げ飛ばすレベル)
ヨブ記の場合
- ヨブは正しい人(主軸?)
- 神(≒道徳の軸)に逆らわないのは愚かなことをしていないということ
- 正しい人には自分を思ってくれる友人がいる
- 友人でも意見が合わないこともある
- 悩んでも道徳の軸は信じると良い
- めっちゃヨブは試されてるという話
福音書の場合
- 処女懐妊とか処女妊娠とかそういう世界観で滅茶苦茶パワーワード製造機
- 「知る」=「性交渉」
- ここに来てサタンは「試す者」というポジションだと気づいた
- 多分「憎しみは憎しみを生むからお前は我慢しろ」って教えかなぁ
- 愛が世界を平和にするという思考
- 過激な道徳書すぎてやばい
結構好きな言葉
まとめてみました。
考えてみよ、だれが罪のないのに、滅ぼされた者があるか。どこに正しい者で、断ち滅ぼされた者があるか。
ヨブ記 4:7
結構的を射てる気がする。なんだかんだ言って正しい人は滅びないんよなぁ。
正しい言葉はいかに力のあるものか。しかしあなたがたの戒めは何を戒めるのか。
ヨブ記 6:25
正しい言葉は力があるというのは古くから同じだったのだと思える文章。
「神は生きておられる。彼はわたしの義を奪い去られた。全能者はわたしの魂を悩まされた。
ヨブ記 27:2
「神も万能ではないよな…」というのが何となくわかる一説
人をさばくな。自分がさばかれないためである。
マタイによる福音書 7:1
これは割とあって、人に何か色々と言われたくなければ、自分は言うなということです。
だから、何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。これが律法であり預言者である。
マタイによる福音書 7:12
人にされたければまず自分からという精神でしょう。意識したほうが吉。
人の子は、滅びる者を救うためにきたのである。
マタイによる福音書 18:11
滅びるものというものは、多分愚か者のことを指していて、「誰か助けを求めている愚かな人を助けるためにきたのだろう」ということなのかしら?
第二もこれと同様である、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。
マタイによる福音書 22:39
愛は世界を救う(24時間テレビか?)
そこでイエスは答えて言われた、「人に惑わされないように気をつけなさい。 また、戦争と戦争のうわさとを聞くであろう。注意していなさい、あわててはいけない。それは起らねばならないが、まだ終りではない。
マタイによる福音書 24:4, 6
ここは唯一心から納得した。世界の終わりは何があるのかというくだり。人に惑わされないで真実を見て、本質に気づけないと終わるにも終われないよね。(キリストを名乗る人とかも現れそうだけどカット!)
感想
旧約聖書と新約聖書は割りと立派で、古代の人々が「素晴らしい!」と思うような当時の常識や当時の思考の仕方がわかるような気がしました。信者の方が未だにたくさんいるということは、それだけ人々を引き寄せてるものなのかもしれないです。
実は中学や高校時代に心が病んだ事件があり(それぞれ事件は別だけど)、その時に聖書自体は読んだ記憶があるのですが、今読んで考えると「回りくどいこと書いてるんだな」という印象です。
あんなに「なんか心が救われて素晴らしい」と当時は思っていたため本質や確信をつく話であるのかと思ったのですが、今の私には論語(や中国の古典たち)のほうが、もしかしたら心を救ってくれるかもしれないです。(古代中国は大体現在とか現世を重んずる思考)
ただ、やはり今の時代まで残ってるだけあり、面白い言葉は多いです。また、とても素敵な内容だからこそ今まですごい数の人に見られているともいえます。
神を信じれば天国に行ける点では、後世で出てきたコーランに通ずるところがあり、ユダヤ教もイスラム教もキリスト教も似ているのだと思いました。
信じてる神はみんな同じであると考えると、似ていて当たり前なんですけどね。何故それなのに、みんなが仲良くできないのか悲しくなります。それは仕方がないことなのかもしれないですが。
宗教を学べば学ぶほど、あの世などなく、死んだら無なのだなと思いました。(それが仏陀のいう悟りなのだろうか…まだ読んでないけど)
次はようやく仏教に入ります。宗教系を読むと精神的に病むので、そろそろ宗教の本は読み終えたいです。死ぬことを直視する行為だと思えて、今はかなり怖い…
