この記事は、ユーザーインターフェイス・デザインについて、私たちの「文化」がどのように関わっているのかということを考察してみるというものです。具体的な“アプリケーションのUIデザイン”に踏み込む前にまずは日本語の使われ方を観察し、そして海外の文化との比較を簡単に行ってみたいと思います。
はじめに
今までにも私はユーザーインターフェイスにおける左右について考察したことがありました。Mac OSのウインドウについているクローズボタンはなぜ左配置であるのか。デスクトップアイコンはなぜ右配置であるのか。デスクトップの方については若干疑問が残る形となってしまいましたが、メニューバーが左寄せであることと狭い画面サイズが関係していそうであるというところまでは辿り着けたかなと思います。
今回は、私たちが使う言語や文化がユーザーインターフェイスにどのような影響を与えているのかという考察をしてみたいと思います。
例えば、次のような思考判断はユーザーインターフェイスのレイアウトを考える上では短絡的だと私は考えます。
『世の中には右利きの人が多いから、右手の親指が届く範囲にボタンを配置しよう。その方がみんな操作しやすいはずだ。』
右利き人口が多いのは事実だし、大多数を取るのであればその判断でも通用するのかもしれません。しかしこのような判断だけで設計を進めてしまうと、ユーザーインターフェイスの本質を見誤ります。左利きを見捨てるべきではないとかそういう話ではありません。
ユーザーインターフェイスの設計では、そこで扱う要素を上下左右のいずれに配置するべきなのかということを検討する必要があります。これにはまず、私たちの文化背景から考えなければなりません。
書字方向
私たちが日常最もよく使う道具の一つが言語です。言語のルールがユーザーインターフェイスにどのような影響を与えているのかを考えてみます。
言語には書字方向という大原則があります。文を記述する方向のことで、これは言語ごとに定まっています。英語をはじめとした西洋の言語は横書きで、文字を左から右に向かって連ねます。改行が起これば一段下げて左端に戻るので、全体としては左上から右下に向かうことになります。このような、左を頭とする横書きの言語を左横書きと呼びます。
縦横が混在する日本語
現代の日本語も英語と同じ左横書きが主流ですが、一方で、伝統的に右を頭とする右縦書き(右上から左下に向かって文字を連ねる)の文化があります。左横書きは近代にかけて日本人が西洋文明と触れて以来徐々に浸透していったものですが、初めのうちは横書きの左右は統一されておらず混乱が見られました。それまで横書きにする習慣がなかったためで、戦中にようやく左横書きに統一されたそうです。
実は日本語の横書き文章は左から右方向で始まっていたのです。
一方で、それに立ちふさがるのは、明治時代以前から看板などで使われていた右書き文字です。店の看板の他、新聞の見出し文字、雑誌の題字なども主にこの形式が取られていました。また、紙幣や硬貨、郵便切手など国が発行する券面の表記も右書きでした。
書籍「日本語大博物館 悪魔の文字と闘った人々」によると、その他にも「鉄道の場合は切符が左横書き、出札口の表示が右、食堂車や寝台車は左、大阪行急行は右という具合で(後略)」、つまり横書き表示の書き順は統一されていなかったのです。
(中略)
横書きが増大していく中、国もこのよろしくない状況に懸念していました。太平洋戦争開戦翌年である1942年(昭和17年)に、文部省(現・文部科学省)主導で左書きへの統一の動きが打ち出されます。
ついこの前の出来事ですね。
なぜ日本語は伝統的に右縦書きなのかというところでは、漢字のルーツである古代中国において、人々は木簡に文字を書いていたことがその理由であるとの説があります。人類の多数は右利きであり右手で筆を持つ、木簡は縦長であり左手に持つ、その結果として書字方向は右縦書きになる。人類の右利き有利と、文字を記述する媒体が縦長であったことの影響だそう。
http://www.osaka-ue.ac.jp/zemi/nishiyama/gihyo/column6.pdf
横書きが主流となった現代においても、縦書きが廃れたわけではありません。読み物としての性質が強い書物、書道や御朱印帖など伝統的なもの、文字が書かれる媒体が縦長で縦書きの方が収まりが良い場合など、横書きが主流だとはいえ日本語ではまだまだ縦書きが用いられます。本の背表紙をわざわざ読みづらい横書きにはしません。街を歩けば縦書きをよく見かけます。ビルの看板や電柱の案内板なども縦書きが多いです。新聞や漫画、小説、雑誌は縦書きです。
一つの言語にこのような縦横混在が可能であるのは、日本が漢字文化圏に属しており元々縦書き文化であったこと、日本語の文字が正方形のマスに収まるようにデザインされているので縦横どちらに並べても機能すること、横書きが入ってきてからも縦組みと横組みを同時に扱うルールをきちんと制定したことなどがその理由として挙げられるのかもしれません。
歴史的な建造物などで見かける右横書きは、一行一文字の右縦書きと解釈するそうです。ただし、約物は方向に合わせて傾けたり反転したりすることもあります。右横書きだと思っていたあれは縦書きだったのですね。
その他、文字が用いられる状況次第ではあえて左右を反転する例も見られます。進行方向から後方に向かって表記する船舶名や自動車での文字表記があります。
このように、日頃見かけるさまざまなUIが日本語のルールのもと成り立っていることが改めて理解できました。
外国語の事情
アラビア語やヘブライ語などでは書字方向が右横書きで、英語とは左右が反転しています。モンゴル文字は元々は右横書きでしたが、漢字の影響を受けて左縦書きが行われるようになったそうです。
アラビア語では「?」も左右反転します。
هل تتكلم اللغة الإنجليزية /العربية؟
(あなたは 英語/アラビア語 を話しますか?)
地球ことば村 — 書字方向― 縦書き・横書き からの引用:
モンゴル文字で表記されるモンゴル語は,左から右へと行を進める左縦書きを使用する。これは,モンゴル文字がソグド文字系統のウイグル文字から派生したことに由来する。これらの文字は,もともと右横書きされていたが,漢字の書記体系に影響をうけ,反時計回りに 90 度回転した形の左縦書きとなった。
東アジアの縦書き事情
韓国では縦書きを使うことがほとんど無いそうです。朝鮮半島も伝統的に漢字文化圏で縦書きで書くはずですが、漢字を利用しなくなっていることが縦書き廃れの原因なのかもしれません。その一方で、ロゴや出版物の表紙などに左縦書きを用いることがあるそうです。左横書きの文脈で縦書きしているということなのでしょうか。
現在の日常生活で韓国語の縦書きを見る機会はほとんどありませんが、最近、少し変わった韓国語の縦書きが目に入るようになってきました。
例えばTwitterのこのツイートでは、韓国語に翻訳されて出版されたライトノベルの背表紙の写真をアップしています。手前に見えているライトノベルの日本語での原題は『境界線上のホライゾン』、韓国語のタイトルは『경계선상의 호라이즌』。
お気づきですか?
そう、縦書きの方向が左から右に進んでいるのです。
日本では小説やラノベ、漫画は縦書きしますから、フォーマットそのままで海外に持っていくとこのような現象が起こるのですね。
漢字の国・中国でも現代は横書きが主流となっているようです。新聞も小説も基本的には横書きなのだとか。どうやら文化大革命で縦書きが一掃されてしまったらしい。
中国の縦書き、横書き事情 からの引用:
「国語の教科書は縦書き?」
「横書きです」
「新聞は?」
「横書きです。見出しなどに少しだけ縦書きがあるけど、日常的に見る縦書きはこれくらい」
「小説なんかの本は?」
「もちろん横書きです」
「でも書道の時は縦書きやんなぁ」
「そう、書道の時くらいです。昔の漢詩は縦書きです」
「じゃぁ国語の教科書なんかで漢詩が紹介されたりする時は縦書き?」
「いえ横書きです」
もう一つの漢字の国である台湾は、中国本土とは異なる伝統的な繁体字を使っています。こちらでは現代も縦書きがよく使われているようです。香港は英国植民地であった歴史的な経緯から横書き主流となっているという話も聞きますが、今でも縦書きは健在なようです。
縦書きは、いまではもう中国本土にはない、台湾独自の文化です。中国ではかつて「文化大革命」がありましたよね。それ以後、中国語簡体字の書籍は、ほぼ全部が横書きです。また香港も中国語繁体字を使っていますが、イギリスの植民地だったこともあり、やはりほとんどの書籍が横書きです。台湾は中国語圏のなかで、縦書きを維持している、最後の場所になります。
あまり詳しく調べられたわけではありませんが、日本、台湾、香港の漫画は縦書き、中国本土、韓国の漫画は横書きという違いがあるということを少し知ることができました。