WWDC16で見えてきたもの

今年のWWDCは率直に言って、Appleはプラットフォームの強化を図ってきたんだなあという印象です。各所で期待された新ハードウェアの発表が無いのは予想通りで、よほど “開発” に関係がない限りはWWDCではソフトウェアやサービスにフォーカスするのが恒例です。しかしながら今回発表されたメッセージを読み解くと、プラットフォームの未来の姿を予想できるヒントが見えてきました。

ようやく4つのOSが並んだ

OS X(オーエス・テン)と呼ばれたOSが今回“macOS”(マックオーエス)に改められ、表記上 *OS に統一されました。iOSがバージョン10に到達して“ten”の発音が多すぎるというブランドの問題だけではなく、macOSを特別扱いするのではなくこの4つを同等に扱っていくぞ、更にはこの4つを軸にしてユーザーの生活の中に“Apple”という統一された体験を提供していくんだ、というメッセージだと解釈しました。

OSの前につくハード名が小文字であるところも考えてみると、Macではなくmac、Watchではなくwatch、これはすなわち、WebやInternetという言葉がweb, internetと一般名詞化するのと同じように、Macで動くシステムはそれ単体が特別というわけではなくMacに溶け込むような自然体であり、ユーザーにその存在を意識させないプロダクトなんだ、というメッセージなのかもしれません。元々Macintoshはハードウェアとソフトウェアが一体であることに大きな意味がありました。そのシステムは当初はただ“System”としか名乗っていなく、一部はROMに書き込まれていました。その後Mac OSと名乗り始めますがそれは当時Mac互換機戦略をとっていた影響でよりOSを意識させる必要があったと考えられます。Mac OS Xという名称はMac OS 9のレガシーを捨て去った革新性というところを強調したものでしたが、今回のmacOSへの名称変更は、もはや革新的なバージョン10を推す意味が無くなったこともあるでしょうが、改めてハードウェアとソフトウェアを一体にした製品づくり、『Apple』プラットフォームを構築していく、ということの表れではないかと考えた次第です。

それぞれのデバイスの特性

Mac, iPhone, iPad, Apple Watch, Apple TV...さまざまなデバイスが乱立してOSも増えてきましたが、Appleのデバイス/OSはAndroidやWindowsとは違ってユーザーの使用場面に合わせてデザインされているのが特徴です。しかしながらデバイスは結局ユーザーとの接点となるインターフェースであるだけで、それらを通して提供する価値・体験は同じものなのです。WatchはAppleデバイスの中ではユーザーに最も近いデバイスです。ハードウェアとしては既存の腕時計と同じインターフェース(竜頭、ベルト、盤面)だし、スマートウォッチとしては通知やSiri、Taptic Engineを使ったインターフェースを取り入れています。よりまるみを帯びているのも注目すべきところでしょう。ただ腕にはめる小さなスマートフォンではダメなんですね。ユーザーに最も近いからこそスマートフォンではできなかったことが実現できます。身体情報を収集してヘルスケアに生かすことや、生体認証を利用したサービスも提供できます。今回発表された車椅子のトラッキングだとかMacBookの蓋を開けるだけでロック解除されるAuto UnlockもWatchならではの機能と言えるでしょう。

一方でApple TVはユーザーから最も遠いデバイスです。テレビが基本固定されているということ、使う場面が限られること、コンテンツに対して受動的になること。MacやiPhoneと比べるとまた異なった体験になります。遠いからWatchとは逆に角ばっているのも特徴ですね。

テレビではユーザーとデバイスの接し方がスマートフォンなどとは異なるので、そこにスマートフォンアプリの感覚で画面をデザインしてもただ使いづらいだけのものになってしまいます。テレビのUIとしてiOSのツールバーやmacOSのDockのようなランチャーを取り入れるのが不適切なのは明確でしょう。入力手段としてテレビ自体を巨大なタッチパネルにするのも良いデザインとは思えません。テレビに関しては私たちが何十年も前から使い続けて慣れている形、リモコンを使ったフォーカス型UIが(現時点では)最もユーザーにとっては自然で受け入れられやすいユーザーインターフェースです。もちろんSiriを使ったインターフェースも備えられています。テレビをただの大きなディスプレイを持ったスマートデバイスだと定義するのではなく、今までのテレビの使い方そのものは否定せずにコンテンツを映すというところにフォーカスしているのがApple TV/tvOSで、これはtvOSのヒューマンインターフェースやアプリ、他のデバイスとの関わり方を考えるヒントになるかと思います。

iCloudをハブとしたコンティニュイティ

Appleはかつて「デジタル・ハブ構想」を提唱していました。これは、Mac(iTunes)を中心に様々なデバイスとサービスがつながり、そこでは最高のデジタル体験が得られる、というものでした。iPhoneも当初はiPodの延長でiTunesとの同期が前提のデバイスの一つでしたが、iOS 5になってMacなしでも独立して運用できるようになりました。それと同時にデジタル・ハブ構想も見直されたように伺えました。この背景にはiCloudの存在があります。iOS 5と同時に発表されたiCloudは新しいデジタル・ハブの中心になり得るもので、かつてMacが担っていた役割を現在ではiCloudが担っています。iCloudとインターネットさえあればワイヤレスでどこでも全てのデバイスを同期できるという全く新しい体験です。アプリを開くとか終了するとか、データを保存するとかコピーするとか、そういったシステムの都合によって発生する本質ではない作業(無駄)を極力無くしてユーザーの本来の作業を中断させないようにするというものです。

昨今言われている『コンティニュイティ』はそれを更に加速させる手段です。今回フィーチャーされたAuto UnlockやiCloud Drive、ユニバーサルクリップボードもそうですし、HandoffやAir Dropも含め、とにかくデバイス間の壁を取っ払ってデータをシームレスにつなぐサービス=プラットフォームを構築しようとしていることがコンティニュイティから伺えます。逆に言うと、Macを使っているのに携帯電話はAndroidだとか、Windows PCを使っているけどiPhoneとAndroid Wearの組み合わせだとか、(選択の自由はあるにせよ)そのようなユーザーの前には様々な『壁』が生じるし、デバイスの連携一つとっても同期やら何やらの無駄な作業が発生するから、本来のAppleプラットフォームの最高の体験は得られないということにもなりますね。Handoff, Air Dropまじ便利ですよ。たまにバグるけど。

角R

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今回iOS 10を眺めると、角Rの半径が大きくなった印象を受けました。全体的にまるくなっています。iMessageなんて特にまるいです。なんであんなにまるいのかよくわかっていないのですが、iMessageはもしかしたらバルーンの感覚をより強調しているのかなあなんて。iOS 10がまるいのは、次のiPhoneがまるくなる予兆なのでしょうか。iPhone 6sとデザインはほとんど変わらないという噂もありますがなんとも言えません。(8月現在、まだ2016年モデルの発表はされていない)

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先ほども述べましたが、人間に近いデバイスほどまるく、遠いほど鋭いというデザインの特徴があります。iOSでは7から9の間にもボタンの角Rなどがよりまるくなってきています。もしかしたら『人間とデバイスの距離感』の調整を行っているのかもしれません。iPhoneはより人間に近いデバイスになっているということでしょうか。

Quick Actions

ホームの Quick Actions のインタラクションを観察すると、アイコンからメニューが広がっていく演出になっていて、メニューの角R=アイコンの角Rだということがわかります。ウィジェットもこのRを意識しているのかもしれません。

Siri

日本人としてはSiriには全く期待していないというか、英語ならもっと自然な体験になっているかもしれませんがとにかく現時点において日本語でSiriを使おうとは個人的に全く思いません。ただそういった技術的制約や意識の隔たりが将来解消されるという前提で見ると、Siriの可能性はとても大きなものだと思います。両手が使えない状況でもデバイスを操作できるとしたら、それは画面ベースではない全く新しいUIだということになります。いわゆる“NoUI”というやつですね。自動車の運転中に画面操作しないと使えないデバイスはおそらく不適切です。両手でハンドルを握っていても操作できるのが正しい姿でしょう。自動車のインターフェースと一体化しても良いし、音声で操作できても良いです。Siriは音声によるインターフェースを実現するための技術ですね。サードパーティにSiriKitを開放したのはそのような可能性を大きく広げる可能性があります。

通知とウィジェット

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iOS 10の最大の特徴は通知とウィジェットだろうと思います。なんかもう変わりすぎて戸惑いを覚えるくらいに変わっています。かつて常駐ウィジェットを否定していたAppleとは思えないぐらいの手のひら返しっぷりです。もはや通知センターとかロック画面とかホーム画面とか、そういった概念すらも曖昧になってしまっています。iOS 10のロック画面には特許まで取った“slide to unlock”が無くなってしまいました。それどころか通知センターっぽい画面がロック画面と一体化していて、これは通知ベースの体験に切り替わっていくのかなと考えました。通知自体もバナーよりもリッチになって、ウィジェットと一体化しているように見えます。3D TouchのQuick Actionsが単なるポップアップメニューからウィジェットになっている点も注目すべきところでしょう。手のひら返しと言いましたけれども、Appleのウィジェットに対する答えが常駐型ではなくコレだったということですね。

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バナーの通知は引っ張ると画像のように Peek 状態になってそのままアプリとして使えてしまいます。アプリを起動しなくてもアプリを利用できるのです。これってもうアプリとは何か、というところから考え直さなければならない変化です。

デバイス/OSだけでなく、アプリの境界も曖昧になってきています。アイコンが並んだホーム画面の存在感はかつてよりも低くなっていると感じられます。iOS 10以降の世界では『ホームからアプリを起動して使う/ホームに戻る』という体験から、『iPhoneそのものを使う』という、より本質的に人間に近いUXに変わっていくのだと思います。iOS 10対応アプリでは間違いなくウィジェットを使ったアプリをデザインするべきでしょう。 アプリはもはや単体で成り立つものではなく、iPhone/iPadのデバイス体験に組み込まれなければならないものです。

ユニバーサルデザイン

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Appleのデザインはとても中性的です。性別・文化・年齢・障害の有無にかかわらず誰でも使えるプロダクトをデザインしています。今回注目したいのはiOS 9/macOS 10.12ではアラビア語のような右から左に読む言語向けの『左右反転UI』が実装されている点です。iOS ヒューマンインターフェースの原則 という記事でも書いたのですが、英語や日本語では情報は左から右に流れていて、これは横書き文の読む方向に基づいている原則です。ということは、アラビア語ではこれが反転することになります。情報は右から左に流れるので、UIも左右反転しなければなりません。日本人の我々にとっては鏡のような世界に見えますけど、彼らにとってはそれが自然なのです。右利きの人が多いからボタンは右に置いた方が良い、という発想は短絡的です。デザインの際には情報の流れを追わなくてはならなくて、この左右反転UIは文化とUIデザインの関係を考える上で良い教材だと思います。そしてアプリはそのようにデザインしていかなければならないということでもあります。

Swift Playgrounds

Swift Playgrounds はプログラミング教育を大きく変える可能性を秘めています。iPad さえあればゲーム感覚で Swift とプログラミングの概念を勉強できてしまうものです。しかもその UI が本当によくできているのです。

まずあの Swift 専用キーボードは UI 談義をしたいレベルに完成度の高いデザインだと思えました。ターゲットがあくまで子供だということも意識していて、とりあえず触れたらなんかできる、というのをよく考えられて設計されています。テンキーを使えば直接入力ができるね、ならば円形スライダーに触れたら数値が増減するのかな、試しに触ってみようか。という具合に、感覚的に操作方法と理屈を理解できるようになっているのです。

数値入力のためのテンキー

また Swift では当然さまざまな記号を入力しなければなりませんが、Swift 専用キーボード QuickType では各キーのシフトに当たるところに配置されている文字の入力方法がタッチパネルならではデザインになっています。キー内左上の文字なら、キーをタッチしてそのまま右下に引っ張れば良いのです。右上なら左下に引っ張ります。とても直感的で、とてもスマートです。子供に対して『シフトキーを押しながらhキーを押してね』なんて大人の都合を説明するよりも『hキーを右下に引っ張ってね』の方が圧倒的に伝わりやすいはずです。なんだったら子供は一人でそのやり方を見つけるかもしれません。とにかく、IDE としてまともに機能することと、子供がプログラミングすることがうまく両立てきていると思えるデザインで、これにはとても衝撃を受けました。

QuickType はキーを直接下・左下・右下に引っ張ればその文字を入力できる

Apple からしてみたらこれで Apple プラットフォームのエコシステムを支える将来のデベロッパー人材を教育しているようなものです。いやー上手いこと考えるなあと思いますよ。

Apple File System

30年続いた HFS ファイルシステムを廃止すると言ってきました。より堅牢で、大文字小文字区別で、Time Machine 機能にも対応するそうです。現在の HFS+ では大文字小文字区別を有効にできなくなっていて(かつてオプションでできた)、有効にしたところで Adobe がまともに動かなくなったりします。それだけレガシーなファイルシステムだったわけですが、いよいよテコ入れするようですね。まあ Adobe がすぐに対応できるのかはわかりませんけど。しかも iPhone も含め Apple デバイス全体で APFS を採用するというから、これはコンティニュイティのさらなる進歩を期待できそうです。Mac で編集中のデータがリアルタイムに iPhone に反映されていくとか、iPad で編集したデータが変換や転送を気にせずそのまま Mac で編集できるとか、UI とシステムは違えどデータと体験の本質は同じ、みたいなそういう方向になる気がします。