メディアはもっと仮想的であれ

組織がパブリッシュするものより、個人。

ソーシャルメディア勃興、ハフポはじめ個人の書き手の集合体メディアが力を持って、そんな風に言われるようになって久しい。

NewsPicksで書いた「インフォグラフィックでたどるメディアの潮流」から抜粋すると、

1999年、Bloggerがサービス開始。
2003年、WordPressリリース。
2004年、Facebook開始。
2005年、ハフィントン・ポスト開始。

いま全盛のモデルでさえ、10年経っている。

個人の書き手が寄稿者となり、「場所」で束ねていくスタイルが記事本数のあるデジタルメディアでは定石になった。

PVモデルに支えられ、ヒットを出せる人は固定化してきて、どのメディアでも同じような顔ぶれ、そんな状況にも陥った。

幸いにもPVモデルが崩壊し、コンテンツの「質」に目が向くようになった。同じようなものは、いらない。そこにしかないものを持つ「場所」が魅力的なメディアになる。

サブスクリプションやブランド広告にマネタイズの柱が向かう中、魅力的かどうか、メディアのブランド力が試される。

WIRED、VOGUE、GQ、The New Yorkerなど有するコンデナスト・グループ、新興勢力では、Re/Code、THE VERGE、VOXなど有するVox Mediaグループなど、ブランドを軸に置こうとするメディアグループにとって面白い風向きとなるだろう。

彼らのようにブランド力のある複数メディアの束が作れないそれ以外のメディアはどう魅力を出すのか。

これは人をキーにするしかない。インタビューや対談に登場する人、というのもあるが、それ以上に「編集者」や「書き手」が重要度を増す。むしろそちらでしか違いの出しようがない。

それで思うのは、もう「寄稿する/原稿料もらう」の関係では、人の魅力をすべて出しきれないし、メディアのブランドにはつながらないんじゃないかなってこと。従来と同じやり方で、ここにしかないものは生まれない。

それよりは、ひとつのメディアの中でミニ・コンデナストを形成することを考えるといいのかもしれない。

それぞれの「書き手」「編集者」は「編集長」のようにふるまい、取り憑かれたように専門分野を展開し、メディアはマガジン群を集約したような場所になる。

ひとつの場所に、WIRED的なものがあり、VOGUE的なもの、GQ的なものが集まる。そこでしか見れない個々の強さを掛け算にし、場所で束ねる。

VRの世界を知るにつれ、メディアももっと仮想的でいいのかもしれない、と思うようになった。

バーチャル・メディア。

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