ありがとう、 Joe

Erlang/OTP の作者の一人である Joe Armstrong が亡くなられた。まだ 68 歳であまりにも早すぎた。

残念ながら自分は彼にお会いする機会はなかったが、彼からはとてもたくさんのものをもらった。自分と Erlang の話でも雑に書いてみようと思う。


Erlang に出会ったのは R12B が出る前、R11 の頃だったと思う。2007 年くらいだろうか。

それまで自分は Python と Django ばかりやっていて、 C/C++ は全然だし PHP もかけない。Rails もまったくダメ。

ただのプログラムが好きな人だったのだが、転職をきっかけにミドルウェアの開発に携わることになった。

今まで使ってきた Python ではミドルウェアを作るのは厳しい、だからといって自分のスキルでは C/C++ でマルチスレッドプログラミングは無理がある。

ただ、仕事はしないといけないということで、能力の低い自分でもミドルウェアがかける言語はないだろうか、というかなり残念な思考でいろいろ調べてたところ、 Erlang という言語に出会った。 ちょうど彼が書いた Programing Erlang が出る前だった。

どうも Erlang の考えが自分にはあっていたのか、Programing Erlang が出た半年後にオーム社からでた翻訳本が良かったのかわからないが、R12B が出る頃には Erlang で既存の C++ で書かれていたミドルウェアを置き換えられるよう所まで来ていた。

そもそも既存の製品にはいくつか課題があり、置き換える新製品をと経営層に言われていたので、土日を使って Erlang で書いていたのを覚えている。これ今、考えると色々アウトだ。


そんな中、一人で書いてるのには限界があり、いろいろな話を聞いてみたいと思っていたときに、mixi で Erlang のイベントがあったので参加してみることにした。そこで Shunichi Shinoharalyokato と出会った。あの時、イベントに参加した自分を褒めてあげたい。

そこからあれよあれよと Erlang で書いた自社製品がリリースされ、売上も上がり、順調だったが、自分の作りたいものを作るために起業して今に至る。


今も相変わらず Erlang で自社製品を書いている。自分の能力の低さを補うための言語として選んだ Erlang だったが、今も変わらない。

Erlang は設計さえうまくやれば、そこそこの性能で動いてくれる。そしてマルチコアを自分のような能力の低い人間が書いても、うまいこと使ってくれる。

今は Erlang で書かれた自社製品だけで回っているし、自社製品が落ちたというお問い合わせは来ていない。Erlang さまさまだ。


Erlang に出会ったおかげで自分の人生はとても刺激的なものになった。これを彼に伝えられなかったのはとても残念だ。

ただただ、感謝している。Joe 、Erlang を作ってくれてありがとう。


こんにちは Mike 、
こんにちは Robert 、
さようなら Joe 。