田村友一郎「叫び声/Hell Scream」展

いささか旧聞に属する話ですが、7月21日から8月19日の日程で京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAで開催されていた田村友一郎「叫び声/Hell Scream」展は、既存のイメージやサイトスペシフィックな資料/史料をふんだんに用いた作品を日本や海外で多く手がけていることで知られている現代美術家の田村友一郎(1977〜)氏の、関西では初となる個展でした。今回は「京都市立芸術大学芸術資料館収蔵品活用展」と銘打たれていることもあり、同資料館が所蔵している様々な史料/資料を「活用」した作品が出展されており、関西ではあまり見ない作家の展覧会だけあって、興味深く拝見した次第。

展覧会の様子はこちら→ https://tmblr.co/Zq0wpx2bV1eDI

さておき、今回俎上に乗せられているのは、京都市立芸大の前身となる京都府画学校の創始者である田能村直入(1814〜1907)。直入は江戸期の南画家として知られる田能村竹田の養子であり、維新後京都府に掛け合ったり資金調達に奔走したりして1880年に京都府画学校を設立して学長になるも、前近代から持ち越された諸流派(四条派、土佐派、南画etc)の抗争に嫌気して数年でその職を投げ、その後は南画仲間の富岡鉄斎(1836〜1924)と交流しながら余生を送ったという──「叫び声」展は以上のような(現在ではほぼ完全に忘れ去られた)直入の生涯を、資料/史料を用いて改めて浮かび上がらせるものとなっていると、さしあたってはまとめることができますが、しかし実際に展示空間に身を置いてみると、かようなまとめで済ませることのできない様々な位相が圧縮され、独特のやり方で関係づけられ畳み込まれていることに気づかされることになる。

この「叫び声」展が単に田能村の生涯にかかわる資料/史料を並べただけの展覧会ではないことは、@KCUAに入ってすぐのロビーに置かれたモニターを見るとさっそくわかります──そこには20年ほど前の阪神vs中日戦の映像が流れており、当時阪神のピッチャーとして活躍していた田村勤選手の登板シーンがループ再生されている。そんな映像がここで流れていることに「???」となりながら会場に入ると、直入が旧蔵していた様々な資料(京都府に提出された画学校の建白書や普段使っていたとおぼしき小物など)を用いたインスタレーションがあり、やはり直入旧蔵な清代の南画に接しながら中国語+日本語字幕のナレーションを聴くことになるのですが、このナレーションというのがなかなかクセ者だったわけで。

その内容にざっと触れておくと、直入の雅号が「小虎」だったことから、彼の生涯と虎とを絡めたストーリーが中国語で淡々と読み上げられていくというものでしたが、明らかに中島敦「山月記」の一節を敷衍した箇所があったり、途中で件の田村投手の話や(高級和菓子店の)とらやの話に脱線したりと、なかなかはっちゃけたものとなっていました。もちろんそれは単に奇をてらうことだけが目的というわけではなく、直入が属していた南画的な世界観と明治維新後の近代との間の開き・齟齬というものが、このナレーションにおいては問題となっている。全編中国語というのは、かかる齟齬を現代の日本人にも分かりやすくさせるために選択されたと見るべきでしょう。で、それは、直入=「虎」に対して、同時代の東京美術学校におけるフェノロサや岡倉天心、横山大観といった面々が「竜」になぞらえられ、彼ら=近代によって南画(的世界観)が全否定されたと指摘されることで、さらに強調されていく。展示冒頭における阪神vs中日の映像は、かような「虎」vs「竜」のメタファーだったわけですね。

「叫び声」展は二つの展示室にまたがっており、一階の第一展示室は以上のような按配だったわけですが、「地獄変/Hell Screen」と名づけられた二階の第二展示室は全く異なった相貌を見せている。ここでは、平安初期の貴族小野篁(802〜53)が昼間は朝廷に夜は井戸から地下に降りていって閻魔大王に仕えていたという民間伝承をベースに、芥川龍之介の小説「地獄変」や、直入が長逝したときに鉄斎が彼は地獄でも絵を描いて見せてるだろうと言ったというエピソードがリミックスされて提示され、そこに新平誠洙(1988〜)氏の新作絵画が置かれています。新平氏というと、人やものごとの時間的な経過を分解写真のように描いた絵画作品などで近年とみに注目を集めている様子ですが、今回の出展作は田能村と鉄斎の肖像が互いにモーフィングしていくかのように描かれた屏風絵といったもので、いかにも新平氏らしい作風ながら、単なる時間的経過のみならず似たヴィジュアルの存在同士の〈似ていること〉を抽出して見せているところに氏の新たな側面が現われており、この方向性は良いなぁと個人的には思うところ。

──以上、やや詳しめに出展作について触れてきましたが、上述したように「叫び声」展のキモはこれらの資料/史料やエピソードたちの関係づけられ方にあることは、ここで振り返っておく必要があるでしょう。一見すると全く関係ないエピソード群と資料/史料が乱雑に転がっているだけのように見えるこの展覧会ですが、実際に接してみるとそこにはやはり関係性が見出され、しかしそれはモノやコト相互間の(限定された)時間や空間の内部における直接的な因果関係とは異なった位相において成立している。ではどのような位相において関係性が成立しているのか──アーティストの名前である「田村」の、そしてその「田村」という記号の横ズレによって仮設された位相において、である。

それは会場や周辺のギャラリーに撒かれている本展のフライヤーに如実に現われています。フライヤーの表には展覧会名と必要最低限の情報が書かれていますが、よく見てみると「田村友一郎」のところが「田能村直入」と特殊なインクで修正されている(角度を変えると見ることができる)。つまり「田村」と「田能村」がここで重ねられているわけですね。で、それに加えて「田村」は「田村友一郎」と「田村勤」に二重化され、さらには二階の展示室においてフィーチャーされている「小野篁[おのの たかむら]」もたむら/たのむら/たかむらという音韻的な横ズレによって重ねられる。こうして田村友一郎と田能村直入と小野篁が、さらに直入の雅号が「小虎」であることが阪神タイガースを介して田村勤と繋がり、もって田村ワールドが形成される。同じことが「叫び声Hell Scream」と「地獄変Hell Screen」の「scream」と「screen」によってとか、阪神タイガースvs中日ドラゴンズが竜vs虎という対立軸によって東京vs京都という対立軸に重ねられて、とか……

「日本画家の田能村直入の足跡を辿りながら、新たな物語を紡ぎ出すことにより本学芸術資料館収蔵品の「演出」を試みます」──その「演出」は以上のような視覚にとどまらない多種多様なモンタージュという形でなされている。あるいはかかる一見即解のレベルにとどまらないところでさらに細かくモンタージュが行なわれているかもしれません(当方、アーティストトークには接してないのでアレですが)が、いずれにしましても自身の存在を記号化し、その記号の運動によって時間と空間を、それらが任意に限定された内部における因果関係とは異なったレベルにおいてつなぎ直してみせているわけでして、そう来たか〜&こんなんズルい(←褒め言葉)わ〜感がかなりのレベルで際立っていたのでした。

当方、田村氏の作品には、2012年から翌年にかけて東京都現代美術館で開催された「MOTアニュアル 風が吹けば桶屋が儲かる」展( https://tmblr.co/Zq0wpxdG7Gl_ )で一度接したことがありますが、ナレーション+資料/史料/作品+インスタレーションという構成は今回の「叫び声」展と重なるところもあるものの、全体的にはサイトスペシフィックに生真面目な整理に留まっていたのもまた、事実といえば事実だったわけでして。しかし今回の場合、繰り返しになりますが、時間と空間を限定された内部における因果関係とは異なったレベルにおいてつなぎ直すという手つきのスキルが飛躍的に向上した形でなされており、しかもそれをドライブさせているのが(記号化された)自分自身を記号的に操作することであるというのは、いささか手詰まり感すらあるこの手の資料/史料系の作品を更新する上で重要な一手となっていると言わなければならないでしょう。複数の歴史を、固有名という一回性のもとに再び串刺しにするための「演出」。