にゃんにゃん

もうかれこれ20年ぐらい前の話。

私が小学3年生ぐらいだったかな?その頃は、街に不審者が出たり虐殺事件があったりと現代では当たり前のように報道されているような凶悪なニュースはほとんどなく(もしかしたら知らなかったのかも)、子供たちだけで遊んでも少しの心配もいらなかった。

その日はあまり暑くない9月だったのは覚えている。近所の友達数人と近くの公園で遊んでいて、家に帰る途中だった。帰るといっても、その距離は公園からほんの1分で着く道のりだった。その道のりなんだが家に帰るには必ず狭い私道を通らないと帰れない。その私道には今では珍しいトタン屋根の家や長屋が所狭しと並んでおり、最奥には秘密の花園と勝手に呼んでいたその場には不釣り合いなほど大きなお屋敷が佇んでいた。暗くなっても街灯は無く、ビビリの私はいつも50m程の私道を走って駆け抜けていた。そのお屋敷やトタン屋根の家の脇には木々が欝蒼と生えていて余計に恐怖心を煽られていたのは今でも忘れない。そして、もちろん私の家もボロボロの平屋の借家で、門扉は小さなモチモチの木とドクダミで溢れかえっていた。

話が少し逸れましたが、家に帰る途中に一匹の猫を見かけた。よくいる野良猫。本当に普通の野良猫。ただ、見かけた事がない野良猫。小さな小さな町だったので見かけた事がないのは間違いない。それでもただの野良猫。しかしその時何を思ったのか、私はしゃがみこんでその野良猫を懐柔しようとした。猫を呼ぶように「チッチッチッチ」と舌で鳴らしたり、手をそっと近づけたり、じっと猫と見つめ合ったり。そうするうちに野良猫はアクビしたり、顔を舐めたりとまるで私が居ないかの様な素振りを見せる。そして私は立て膝のままジリジリと近づいて、最後は半ば無理矢理に抱え込んだ。最初は暴れていたが、直ぐに大人しくなった。怒ってもいないし嫌な感じもしなかった。

今書いていて思ったけど、多分野良猫を捕まえたと自慢したかったのかもしれません(笑)

捕まえたのはいいけれど、実は家に帰ればチャッピーとキキという2匹の猫と、ランという一匹のヨークシャテリアが居て、もう一匹増えるというのはあまり現実的ではなかった。捕まえた後、家に帰らず公園に戻り、どうしようか一人で考えていた。ちょうどその時兄貴が公園を通り、直ぐに猫の事について聞かれた。兄貴も一緒に考えてくれたが小学5年生ぐらいの頭じゃ良い解決策も親を説得する方法も思い浮かばず、結局はまた野良猫に戻すという答えしか出なかった。兄貴と考えている間、拾った猫はなぜか一瞬で懐いてしまい、2人の足に顔や体を交互に擦りつけて全く離れようとしなかった。まるで飼い猫のように甘えてきた。それがまた可愛らしかった。と、その時私は天気予報を思い出した。次の日は、台風が福岡に向かってきていたのを思い出し、これを口実に家に連れて帰ろうと考えたのだ。

家に連れて帰り、母親に事情を話して何とか一晩だけ家に入れていい事になった。もうその頃には2人とも猫のことが大好きだったし、猫も同じ気持ちのように思えた。一緒にお風呂に入って、ご飯をあげたり、チャッピー達と仲良くさせようとしたりして遊んだ。寝る時は勝手に布団の中に入ってきた。チャッピーとキキは気が向いた時にしか布団には入ってこなかったので尚更愛着が湧いてきた。この時2人は「もしかするとこのままずっと家で飼うことになるのかも」と有頂天になっており、この後に起こることなど何も考えてはいなかった。その夜は猛烈な風が吹く台風で、次の日の学校が休みになるぐらいの強さだった。明くる日、そんな2人の気持ちは簡単に打ち砕かれ「さあ約束よ。」 の母親の一言で現実を突きつけられた。私たち2人は諦め、泣く泣くまた野良猫に戻した。

しかし野良猫は一向に離れない。そんなに懐きが早い野良猫なんて今にも昔にも見たことがない。餌付けしたならまだしも、半ば無理矢理に抱え込んだにも関わらず2人から離れようとしない。むしろ後を付けてくる。私たちが親猫と刷り込まれたようにまとわりつく。仕方がないので家に逃げ込んだ。すると、猫は家の玄関の前で鳴き続けている。お座りをして、家の中を向き、子猫を産むときのように、激しく、止めどなく鳴き続けていた。それを聞いていた母親が「もう一晩だけ入れてあげなさい」と言ってくれた。私たち2人はとても喜んだ。ついでと言っては何だが、母親に飼っていいか勢いで聞いてみた。しかし答えはNO。2日も一緒にいたのに駄目だと言われたら諦めるしかなかった。そして、その日の晩ご飯を食べている最中にショックな一言を言われた。「明日お父さんに遠い所まで連れていってもらうから。」時が止まった。次の日は学校があるから阻止どころか抗議も出来なかった。2人は完全に諦め、その夜、猫と一杯遊んだ。どっちが一緒に寝るかケンカにもなった。結局私の布団に入ってきて若干の優越感に浸った。

次の日、朝起きた時には猫は父親と共に居なくなってしまっていた。不幸中の幸いといえば名前をつけていなかったこと。名前をつけていようものなら号泣していたかもしれない。姿を少しでも見たら抱き抱えて離さなかったかもしれない。けれど子供の気持ちは呆気ないもので、1週間もすれば気にしなくなっていた。

ところがある日、私は目を疑った。学校から家に帰るとあの猫が玄関でお座りをし、家の中に向かって鳴き続けている。信じられなかった。家の近所だったら分かるけれど、どこに連れて行かれたかも知らなかったし、分からない程遠い所に連れて行かれたのだと思っていた。今では猫にも200km近く離れた所から帰ってきた話などネットを探せばいくらでも見つかるかもしれないが、この頃は猫に帰巣本能があるなんて思いもしなかった。私を見つけた猫は、鳴きながら私の足に駆け足で擦り寄ってきて、目を細めてゴロゴロとお腹を鳴らしていた。後で聞いた話だが、久留米市の筑後川に放してきたと教えてもらった。距離は直線で約30km。福岡市に来るには国道を通らないといけない。その頃は行ったことがない場所だったので、物凄く遠い所から帰ってきたんだと驚いていたし、その反面とても嬉しかった。どんな道を通ったのかとか、危ない目には合わなかったのかとか、そんなに私の事を好きになってくれたのか等色々考えた。もちろん父親も母親も驚いていた。

しかし、それでも両親の考えは変わらず、その日の内に「次はばぁちゃん家の近くに連れて行く」と言われた。隣の大分県日田市だ。もう無理だろうと悟った。いくら何でも遠すぎる。とても可哀想なことをしてしまったと罪悪感に駆られた。安易な気持ちで抱いてしまったがために猫は見知らぬ遠い所に連れて行かれてしまうのだから。父親は次の日も仕事があるのでその日の夜には猫と共に家を出た。不思議と涙は出なかった。でも代わりに友情みたいなものを感じた。また帰ってくるんじゃないかと心の中で思っていた。

そんな訳もなく、またいつもの日常が戻ってきた、と思っていたある日。いつもの帰り道でまた見かけない野良猫を見かけた。

あっ、もしかしたら。

少し似ているけど違う猫だろうか。そんな事を考えていたら、その猫は私に一瞥をくれ、ニャーと一言だけ挨拶をして軽やかに去って行った。

One clap, two clap, three clap, forty?

By clapping more or less, you can signal to us which stories really stand out.