花を愛でること(2017.3.12)

「花を持ってる人、見ないね」

先日、そんな会話をしたことが印象的だった。

確かに、街を歩いていても、花を持っている人を見ない。花屋に行けば、それなりに人は居るものの、若い人、特に男性は、見かけない。

誰かの自宅を訪問した時に、生花があると、「この人ちゃんとしてるな」って思う。ちゃんとしてる、という言葉の使い方は少し語弊があるのだが、生花を愛でる心の余裕があるというか、生活にそういう隙間があって、それを大切にしている人なんだろうな、という印象を受ける。

そんな自分はどうかというと、数年前までは生花とは無縁だった。あっても多肉と、少しのグリーン。朝から晩まで働いていた20代は、生花を買う心の余裕なんてなかった。だから、当時お付き合いしていた方からお花をいただいた時に、困ったのだ。「あ、花瓶ない」と。

その瞬間から、花に対する意識が変わった。というか、思い出したのだ。

私はその昔、花屋さんになるのが夢だった。小学校の時の「なりたいもの」に、女の子なら花屋さんというのが鉄板だったが、私は割となりたいなと真剣に思っていたのだ。いつしかそんな夢を忘れ、でも大学生の時に思い出し、花屋のバイトを探したこともあった。(結局見つからなかったのだけど)

花を活ける、花を愛でる。意識するようになったのは、そう、花をいただいたあの時からだ。

花屋さんに入った時にワクワクする。いろんな花がある。自宅にあるフラワーベースを頭に浮かべながら、どんな風に活けようか妄想する。でも考えきれなくなって、お店の人に相談する。お店の人のセンスがわかる。そして購入して、実際に活けてみる。あれ、こんな風になるのね。この枝、もっとこっちに向かないかな。

この行為では、たくさんの「自分」に気づく。こんなことに拘るんだ、とか、こんな色が好きなんだな私、とか。いつも頭の中で自分と対話してしまうので、花を通して自分と対話ができるこの時間が、楽しい。

仕事が忙しくなったり、気持ちが塞ぎ込んだとき、自分と向き合えるツールとしての、花。いつの間にか、彼らにたくさん救われていたりする。

季節は春。色鮮やかな花たちが、今日も花屋を賑わせていた。

Show your support

Clapping shows how much you appreciated eco’s story.