堂々と「別のやり方」でやる
「すみませんが…自分計算苦手なので電卓使わせてもらっていいですか?」
先日タクシーで支払いをしているとき,運転手さんから不意にそんなことを言われた.その場はとりあえず「どうぞどうぞ」と応じて支払いを済ませた.自分も暗算は不得意なので,電卓の画面をこちらに見せながら釣銭計算をしてくれるスタイルはなかなか好印象だった.
思い返してみると,今まで自分が乗ったタクシーの運転手さんは暗算でお釣りの計算をしていたように思う.暗算の苦手な運転手さんがいるかも,とは思ってもみなかった.
「タクシー 暗算」で検索してみると,暗算が不得意だがタクシードライバーになれるか?とか,お釣りはパターンがあるのでいくつか暗記すれば大丈夫とか,暗算が遅くて乗客から怒られたとか,数は多くないものの,タクシーと暗算にまつわる話題はある程度あるようだ.
暗算は人間の能力なので特に秀でていれば特技と言えるだろう.ボール投げが上手いとか,走るのが速いとかそういった類のことと同様だ.
とはいえ,今や電卓は100円ショップでもコンビニでも手軽に安価に手に入る.スマホにも電卓アプリが入っているので,電卓を持ち歩いてない人の方が少ないくらいかもしれない.もっとも身近で頻繁に使われる電化製品のひとつだろう.暗算に頼らなくても簡単に正確に計算ができる.
では,いったいなぜ冒頭の運転手さんは電卓を使うにあたって,乗客である筆者に「すみません」と頭を下げ,わざわざ使用許可を求めたのだろう?
もし,
「多くの運転手が暗算しているのに自分だけが電卓を使うのはおかしい」
「お釣りの計算くらい暗算ですぐできるべきだ」
といった価値観がそうさせているなら,少し息苦しい感じがしてくる.
支援技術を専門としている筆者は,目で教科書を読んだり,鉛筆で文字を書いたり,計算したりが苦手な子どもたちと出会うことがある.
- 目で読むのが苦手なら,耳で読む方法もあるよ
- 鉛筆で書くのが苦手なら,キーボードや声で書く方法もあるよ
- 計算が苦手なら,電卓もあるよ
小学校や中学校で子どもたちにそんなことを提案する.
2016年の障害者差別解消法の施行以降,こうした別のやり方は学校でも認められるようになってきた.まだ不完全ではあるものの価値観が変わりつつあるのを日々感じている.
新しい価値観の下で育っている子ども達が社会人になる頃,釣銭計算に電卓を使うくらいで運転手さんが頭を下げてしまうこの息苦しさを僕らはどうにかできているだろうか,タクシーを降りて歩きながら思った.